こういうのなんて言うんだっけ。

@musa9

第1話

妻とは大学生の時に友人の紹介でなんとなく付き合いはじめ、なんとなく結婚して20年、子供には恵まれなかった。


適当に就職した会社、特に夢も希望もなく、なんとなく日々を過ごしていた。会社帰りに毎晩飲み歩き、休みの日は昼まで寝て起きたら夜までテレビを見て過ごす。そんな体たらくでだらしのない私に妻は文句など一言も言わずそれどころか妻はいつも私に微笑みかけてくれていた。私は妻に甘えていた。


私はいつものように会社へ向かう、この電車を逃すと遅刻してしまう。もっと早起きすれば良いと思われるかもしれない、

だが私は朝が苦手なのだ、何度も遅刻して上司に怒られている、でもそんなことはもう慣れてしまっていた。


ある日いつもの電車で自意識過剰な女に出会った。電車を降りた時、急にその女は私にこう言った。


あなたいつもワタシの後を付けてますよね?

毎日同じ車両に乗って来て、いつもワタシの後ろにいる。ストーカーですか?もう辞めてください!


私は驚いて暫く声が出てこなかった。

私にはその女が誰かと勘違いしているのかもしれない、感情的にならずこの場を収めようと考えた。


私はあなたのことを知りませんし、今日はじめてお見かけましたよ。と落ち着いた口調で言った。


その女はさらに怒りをあらわにした。


次見かけたら警察行きますから!と言い放ちそそくさと走り去っていった。


朝から不愉快な気分になった。

しばらくしてイライラも収まり、明日から一本早い電車にしようと決めた。


次の日の朝、


あらアナタ今朝は早いのね


眠い目を擦りながら

うん、今日から一本早い電車にするよ。


妻は、そうっといいながらなんだか嬉しそうにしていた。


ある日の休日タバコを吸いに近所のコンビニの喫煙所にきた。妻は喘息で家では吸えない、最近喫煙所が減り肩身の狭い思いをしている。


そこに赤ん坊を連れた女性が目の前を通り過ぎた。その女性は振り返るとわざわざ戻ってきて私を睨み付けてこう言い放った。


受動喫煙って知ってますか?あなたいつもここでタバコ吸ってますよね?罪悪感はないの?


喫煙所でタバコ吸って何が悪いんだと思いつつも私は無言でその場を去った。ああいう人には何を言っても駄目だ、喫煙者と非喫煙者のディスカッションでは勝てる気がしない。帰って野球観て寝よう。もうタバコ辞めようかな。


なんか最近良いことないなぁ。

というか悪いことが多い。

なんとなく生きてきたツケが回ってきたのかな。妻の好きなシュークリームを買って帰るか。たまにはいいことをしよう。


家に帰ると妻が犬を抱いていた。

あなたおかえりなさい。

どうしたのその犬

この子お隣の息子さん夫婦が保健所に行ってこの子が殺処分されるって言うから引き取ってきたらしいんだけど、先住のねこちゃんとオリが合わないらしくて困ってるって言うからもらってきたの。


へーそうなんだ、

はい、これシュークリーム。

お土産を買ってくるなんて珍しいわね。


と言いながら妻は幸せそうにシュークリームを頬張っていた。


それから数日後、妻が入院した。


階段から足を滑らし骨折したらしい。

命に関わることではなかったのでとりあえずは安心したものの。家事はどうしよう。私は料理などしたことがない、ゴミを何曜日に出せばいいのかすら知らなかった。

私は妻に依存していたのだ。


会社帰りいつものように同僚と飲んでいた。

俺、そろそろ帰るよ。

先輩、今日は早いんですね。

妻が入院してるから家のことやらないといけないんだ。

大変っすね、おつかれっすー。


真っ暗な窓、ただいまの声がしない家、洗濯機の回る音が寂しさを助長する。


妻の見舞いにきた。


妻はいつものように笑顔だが、どことなく申し訳なさそうにしている。


足の調子はどう?

お医者さまが言うには順調だって、でもまだズキズキ痛むのよね。お薬効いてないみたい。


そうか、あとで俺の方からも聞いてみるよ。

ありがとう、お願いね。


そう言えばなんでこんな遠くの病院で入院してるの?骨折くらいなら家の近くの病院だって治せるよね?


空いてなかったのよ。病室が


そうなんだ。


それよりも家の方はどお?家事とか大変じゃない?ちゃんとあの子、散歩に連れて行ってくれてる?


なんとかやっていってるよ、心配はいらないよ。あの子もキミに会いたがってるから早く良くなってね。


そう、それならいいんだけど。


妻は心配そうにそう言った。


酒もタバコの量も減り最近身体の調子が良い。犬の散歩も相まってメタボだったこの身体もなんだかスリムになってきた。

仕事にもやる気が湧いて責任あるプロジェクトなんかも任されるようになった。


妻もそろそろ退院だ、料理の腕も上達したことだし、妻の好物のチンジャオロースを作ってやろう。


妻の退院する日、私は医者から信じられないことを言われた。


ご主人ちょっといいですか?

はい、妻は今日退院できるんですよね?


骨折の方は問題ありません。

大変申し上げにくいのですが奥さまは膵臓がんです。


そんな、その事、妻は、


ご病気のことは奥さまはご存じです。

ご主人にはご自身で伝えるとおっしゃっていましたが、、


治るんですよね?


既に外科手術では完治できない状態なので抗がん剤で転移を遅らせる治療となります。


私は妻の病室に行き問いただした。


なんで病気のこと言わなかったんだよ!


妻は一瞬驚いた表情をし、少し笑みを浮かべてこう言った。


気づいた時にはもう手遅れだったし、私が居なくなったあとのアナタが心配で言えなかったの。だってアナタ家のこと何もできないじゃない?だから言えなかったの。


だからって、そんなのあんまりだよ!


何かできることあったはずだ、こんなことになるんだったら会社だって辞めてもっと一緒に


だからよ。だから言わなかったの。


子供のように泣きわめく私に妻は、

あなたはもう大丈夫よ、と優しく頭を撫でていた。


3ヶ月後妻は亡くなった。


私が病院の椅子でうなだれていると見覚えのある女性がそこに立っていた。


1人は赤ん坊を抱いた女性、コンビニで私を蔑んだ人だ。もう1人は看護師さん?どこかで見覚えが、そうだ電車であった自意識過剰女、私をストーカー呼ばわりした女。

この人ここの看護師さんだったんだ。


何か御用ですか?


すると2人は申し訳なさそうに言った


先日は申し訳ございませんでした。


聞くところによると2人は妻の知り合いで妻に頼まれてしたことだったらしい。


奥さまはご主人のことをとても心配されていました。私達にできることがあるなら協力したいとあのようなことをしました。

自分で足を折るだなんて止めたんですが聞かなくて。


なんと階段から落ちて折ったということまで自演だとは、そこまでした妻の気が知れない。


その後、私はなんとなくの生活を改めて妻の分まで精一杯生きていこうと誓った。

一通りの家事もできるようになり、この犬も私が寂しさを紛らす為にもらってきてくれたんだと思う。


今度、昇進が決まったよ。

全部キミのおかげだよ、


こういうのなんて言うんだっけ

そうだ、あげまんだ。


おしまい。

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