金の切れ目が家族の切れ目

有栖悠姫

私の家族の話




端的に言うと私の家族は歪み切っている。


昨今様々な家族の問題が取りだたされている。虐待、モラハラ、DV、浮気、ネグレクト、挙げればキリがない。


もしかしたら私の近所にもそう言った問題に悩み苦しんでいる人がいるかもしれない。そういった人たちからすれば、私の話なんて「そんなこと」「その程度の事で」と思われるかもしれない。中には「私の家の問題より酷い、もっと大変な人がいるんだから自分はマシな環境にいるって思わないと」と無理やり言い聞かせる人もいるかもしれない。私がそうだった。


しかし、私は考え直した。家庭の問題に限らず個人の抱えている問題にどっちがマシとか、酷いとか優劣を付ける必要はないことに。他人からしたら些細な、取るに足らない問題でもその人にとっては、今もに全身が引き裂かれそうなほどの苦しみの中で藻掻き苦しむ重大なことであると。


これは他人にとっては些細な、私にとっては重大な家族の話である。



私は20数年前、とある地方都市にて生を受けた。一人っ子で両親、父方の祖父母と一軒家で暮らしていた。


物心ついてからも暫くの間は家族仲は良好だと思っていたが、その認識が間違っていることに気づき始めたのは小学生の頃。


その日、母と祖母が言い争っていた。何でも父の姉、私にとっての伯母が祖母にウォーターサービスを買うように勧め、両親に何の断りもなく買ったのだ。伯母の旦那がウォーターサーバーの販売員をしておりノルマのために売らなければいけなかったらしい。だが、見ず知らずの相手にそれなりに高価なウォーターサーバーを買ってもらうと言うのは簡単ではない。だが、そんな大変な手段を選ぶ必要はない。配偶者の身内、親戚に売りつければいいのだ。勧められる方も身内の頼みとあれば断りづらい。


祖母は唯一の娘だった伯母を溺愛しており、そんな伯母の頼みだからと二つ返事でウォーターサーバーを購入した。それに異を唱えたのが母だ。


そもそも家族全員水を大量に飲む方ではないし、基本ペットボトルの水を購入していたためウォーターサーバーなんてあっても邪魔なだけであった。しかも祖母は年金暮らしで、息子である父から毎月金を貰っていた。つまりウォーターサーバーの金は父の金である。


父から貰っている金を無駄使いするな、こっちに断りもせず買うなんて、と母は祖母に文句を言った。それを受けて祖母は


「返せばいいんだろ、娘が困っているのに助けないなんて、何て冷たい情のない女だ」


と母を詰った。それ以来母は祖母を嫌っている。いや、元々母は祖母を嫌っている。母は几帳面で綺麗好き、祖母は面倒くさがり屋で何をするにも中途半端。性格からして合うわけがないのである。それ以前に仲のいい嫁姑のほうが珍しい。


母は私の他にもう一人子供が欲しかったらしいが、母方の祖母は私が生まれてすぐ亡くなり、祖母もこんな性格だ。共働きで育児で頼れる人間がいなかったため諦めたらしい。



仲が良いとは言えない嫁姑関係ではあったが、表面上は「仲のいい家族」として振舞うことは出来ていた。その虚構の家族関係すらも維持することが困難になる出来事が起こるのは私は高校生の時。

最初に言ってしまうが金の問題である。金の切れ目が縁の切れ目とはよく言ったもので、どれだけ仲が良くてもどれだけ信用していても、金が絡めばその関係は忽ち崩壊する。それが仲の悪い嫁姑ならば、結果は火を見るよりも明らかである。



当時私は高校三年、受験を控えた暑い夏の日だった。突然母が神妙な顔で私を呼び止めた。


「あんたももう大人だから話しておこうと思って」


母から聞かされた話は想像を絶するものだった。



何でも祖父が義理伯父の借金の連帯保証人なっているというのだ。これも伯母に泣きつかれた祖父が良く考えもせず、書類にサインした。金額は数百万。普通なら年金や貯えなどで払えない金額ではない。しかし、祖父は貯金が全くなかった。若い頃も、結婚してからも酒に女と金を使いまくり貯金の二文字が頭から抜け落ちているような擁護できないようなクズであった。


しかし貯金がないからと言い、ハイ分かりましたで済むわけがない。誰かが数百万払わなければならない。連帯保証人はそういう制度だ。


結局父が代わりに数百万払った。現在も少しずつ返済している。この話はここで終わると思っていたがそうではない。本番はここからだ。



普通自分の子供に、自分の不甲斐なさのせいで借金を肩代わりさせることになったらどうするだろう。まともな感性ならば謝罪をしたうえで感謝の言葉を伝えるだろう。そして恩義を感じ、態度でそれを示すであろう。



この祖父母はそのどちらもなかった。ありがとう、も、世話をかけて申し訳ない、の一言もない。祖父母は自分達の子供を自分たちの所有物で、親の尻ぬぐいを子供がするのは当然のことだと思っている。以前酒に酔った父が言っていたことがある。


「あの人(祖母)は俺たちを自分の奴隷だと思っている。怒鳴れば何でも言うこと聞かせられる存在だと認識している」



祖父母は父にとっては毒親と言って差し支えない存在だろう。しかし子供の頃からそんな両親の元で育った父にとっては、その祖父母からぞんざいに扱われる今の状況は普通なのだ。異常だとは気づけない。借金を肩代わりしても、同居して金を渡していても礼の一つも言ってもらえない。祖母が可愛がるのは伯母だけ。そんな搾取しかされない父は、もう既に諦めており文句も何も言わない。


しかし、母は黙っていなかった。息子に借金を肩代わりさせて礼も言わず、ヘラヘラとしている祖父母を見て日々苛立ちを募らせていた。それが爆発したのは些細なことがきっかけだった。



その日祖母が母を呼び止めた。伯母の息子、つまり私の従兄弟が彼女を連れて挨拶に来るというのだ。ちなみに伯母と義伯父はこの借金問題から間を置かずに離婚した。何でも別のところから数千万借りていたことが発覚し、そんな大金返すことも出来ず、伯母は自己破産したらしい。



母は祖母の無神経さに怒りを爆発させた。


「あいつ(義伯父)のせいでどんだけ私たちが迷惑被ったか分かってないの!それなのにその息子を家に呼ぶとか正気とは思えない。無神経にもほどがある!」


母は怒りのままに叫んだ。祖母は借金問題については自分は何も悪くない、祖父が勝手にやったことであいつが馬鹿なせいだ、自分は悪くないの一点張りだった。


祖母は祖母で短気な上頭に血が上りやすく、そうなると自分を制御することが出来なくなる。母に怒鳴られ黙っていなかった。


「娘の旦那を助けないわけいかないだろ!あのまま見捨ててたらどうなっていたか分からないのに、あんたは本当に情のない女だ、血が通っていなんじゃないのか。早くに母親が死んでいるから、心が欠けているんだろ可哀そうに」


祖母は息継ぎも忘れ一気に捲し立てるように母を罵倒した。その後収集が付かなくなり、父が何とかその場を収めた。母の怒りは一週間持続したのに、祖母は次の日には前日の事なんてなかったかのように話しかけた。それもまた母の神経を逆なでた。



母はこのことを今でも恨んでおり、自分から祖母に話しかけることは一切しない。廊下で見かけるたびに不快感を露わにし、話し声や生活音が聞こえれば「早く死ねばいいのに」と猛毒を吐く。母は祖父母が死んだらこの家を壊し、更地にしてマンションを買う計画を立てている。


私も両親に散々な仕打ちをし、今でも迷惑をかけている祖父母のことがはっきり言って嫌いである。両親には散々別居するべきと進言したが、答えはノーだった。


理由は色々あるが、祖父母共に80代半ばと高齢なため、高齢者だけ暮らさせるというのは世間体が悪いから、らしい。また父は小指の先ほどではあるが親子としての情が残っているため、他に頼る人間もいない二人を見捨てることが出来ないそうだ。誰かに引き取ってもらうことも考えたらしいが、父方の伯父は音信不通、伯母は前述の通り自己破産しており頼りにならない。結局父が面倒を見るしかないのだ。


母はもっと早く、私が小学生の頃なら別居出来たかもしれないと今になって後悔している。当時は祖父母がその性悪な本性をまだ隠していたため、そういう決断も出来なかったと今でも愚痴っている。


今現在、私の家では祖父母と直接コンタクトを取るのは父だけで私と母は、用があるときはキッチンのテーブルにメモを置いて要件を伝えるようにしている。会話は勿論、顔を見るのも苦痛なのである。父は母と両親に板挟みで大変そうだ、と毎日思っている。


他人事な私だが、昔は母と祖父母の仲の修復を試みたことがあった。しかし、大学生の頃通っていた病院のカウンセラーにこう言われた。


「Aさん(私)が生まれる前から仲が悪いのなら、Aさんが気負う必要はない。抱え込みすぎるとAさんが潰れる」


それ以来昔のように家族仲良くできる、等と希望を抱くのは辞めた。今しているのは出来るだけストレスの元になる存在との接触を出来るだけ控えることである。父には申し訳ないが、私の心の平穏を保つためなので許してほしい。


全く関係ないことであるが、仮に私がいつか結婚することになった場合、絶対に相手の両親との同居なんて出来なさそうだな、と思った。

また、結婚相手の身内に金にだらしない奴がいないかも調べておかなければいけない。金の切れ目が縁の切れ目なのだから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

金の切れ目が家族の切れ目 有栖悠姫 @alice-alice

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ