第11話⁂大蔵の妻!⁂


 一九七八年六月ジュンブライドに籍を入れた雅彦とリンダ。


 ジュンブライドとは、古くからヨーロッパで「六月に結婚する花嫁は幸せになれる」とされる言い伝えがある*。✿


 ギリシャ神話に登場する神主ゼウスの妃で、結婚や出産を司る女神「Juno(ジュノ)」がお守り下さる月が六月(June)であることから、この月に結婚をすると生涯幸せに暮らせると言われている*。✶・*✰


 また、かつてヨーロッパでは、農作業の妨げとなることから三月~五月の結婚が禁じられていた。そのため、結婚が解禁となる六月に結婚式を挙げるカップルが多く、祝福ムードいっぱいだった。

 ****************



 雅彦とリンダは、ボロアパートだが、狭いながらも毎日充実した生活を送っている。

 特にリンダは、教養があり超難関国家試験を突破した雅彦が何より自慢なのだ。


 それは雅彦とて同じ事。

 歌唱力とダンスが抜群な複合施設を有する、日本でも有名な『ホテルパシフィックOCEAN』の専属歌手にしてCMに出演した事のある女性。


 リンダは仕事を辞めて、又何が起こるか分からないので、まだ貧乏ではあるが専業主婦に徹している。


 一方の大蔵も、あのリンダの事を思うと胸が締め付けられる思いなのだが、時間の経過とともに徐々に忘れ去られていった。


 そんな折、旅行好きの大蔵は旅行と言っては、はばかれるが、妻の誕生日に息子の雅彦もいない今、二人だけで『ホテルパシフィックOCEAN』支店の『ホテルパシフィックOCEAN・内海』に出掛けたのだ。


 それは、本店『ホテルパシフィックOCEAN・湘南』での熱い思い出が忘れられない大蔵が、ほんの一瞬でもリンダの幻想に浸りたい。

 そんな思いを胸に、妻の誕生日を口実に妻登紀子を誘い出掛けたのだ。


 時間の経過とともに徐々に忘れていったと言いながら、未だあのリンダが、熱く脳裏に焼き付き、大蔵の心の中の大半を占めている。


 天白区梅が丘の自宅から車を飛ばして、一時間くらいの『ホテルパシフィックOCEAN・内海』に到着した二人は、場内を散策したり温泉に浸かったりと、有意義な時間を楽しんでいる。


 大蔵は、一人で男湯に行く途中の一階の宴会ホールに、琥珀と書かれた重厚な看板が掲げてあるのを発見。


 そ~っとホールに入ってみると、公演の出演者と曲目が書かれたパンフレットが、ガラスケ-スに入っていた。


 {きっと今日もショ―があるのだな~?}

 その時大蔵は、リンダの華やかで迫力のあるステ―ジが、ふっと頭をよぎった。


 胸を躍らせて、その場を去ろうとすると「エエエエエエ―――ッ!これはもしかしてリンダ?」

 壁際に出演者の写真が張り出されている中に、あれだけ思い焦がれた、今尚忘れられないリンダらしき出演者を発見。


 よく見ると半年前の写真で「一九七七年十二月某日」と書いてあるではないか、大蔵は早速近くにいたホテルのボーイに「この女性は本店『ホテルパシフィックOCEAN・湘南』でステ-ジに立っていたリンダじゃないですか?………今日はこの女性は出演しないのですか?」


「あああ!半年前に辞めました。あの時は必死に止めたのですが、結婚したい男性が現れ、結婚するからと言って辞めたのです。アッでも?確か愛知県に住んでいると思いますよ?」


 大蔵は、ショックを通り越して目の前が真っ暗になった。

 そこでもっと詳しく聞こうと受付に行き「僕はこの『ホテルパシフィックOCEAN』の会員で頻繫に家族で使わせて貰っている佐々木ですが……ここのショ―に出演していたリンダとも、イベントで頻繫に会っていたのだが、今はどこに住んでいるのですか?」


「お客様に個人情報は教え兼ねます」


「君いい加減にしたまえ!俺はこのホテル会員で、会社の慰安旅行にもチョクチョク使わせて貰っていると言うのに、その態度はなんだね?………支配人を呼べ!支配人を!」


「ああ!チョッチョットお待ちください」


 暫くすると支配人が愛想を振りまいて「アアアアアア!佐々木様ですね、いつもいつも御贔屓にして頂きありがとうございます。ああ~?リンダですね!リンダは、ええっと~?ああ~?佐々木と言う男性と結婚して名古屋に住んでいます………誠に恐れ入りますが?守秘義務の観点から……もうこれ以上の事は言えません」


 {エエエエエエ―――ッ!佐々木だと~?まさかとは思うが、雅彦と結婚したって事はないだろうな~?}


 まさかとは思うが?疑心暗鬼と共に、仮にも血を分けた我が息子にも関わらず、そんな可愛い息子にまで、嫉妬の炎を燃やす父大蔵。


 ひょっとしたら雅彦と結婚しているかも知れない?一体どうなっているのか?息子を思う気持ちと、愛する女が自分の手から離れてしまったむなしさで、興信所を使って徹底的に調べ上げたのだ。


 すると一週間位して結果が届いた。

 封書を開けて見ると、やはり一番有って欲しくない結果が目に飛び込んで来た。

やはり雅彦とリンダは、すでに名古屋市中区のコ-ポ笠岡というアパ-トで新婚生活を送っている事が判明。


 そして早速妻に話した。

「息子が俺達にも知らせずに勝手に、リンダという娘と結婚しているが、お前はどう思う?」


「エエエエエエ―――ッ?何故そんな大切な事を、親にもに話さず勝手に結婚しちゃうの?可笑しい?怒れちゃうわ………!一度会って話し合いましょうよ?」


「ああ~?チョット待ってくれ!俺があの二人を知っているから俺が、先ずは話してくる!」



 だが、登紀子は『ホテルパシフィックOCEAN・内海』でリンダという女性の事で必死になって嗅ぎまわって、その挙句にベルマンを怒鳴り散らしている大蔵の姿を、しっかり目撃していたのだ。



 妻の登紀子は、{折角、珍しく私の誕生日だと言って連れ出してくれたのに、リンダという女性と何か有ったのかしら……?あんなに血相を変えて怒るって事は何か怪しい……?結局私を出しに使って、そのリンダという女性を調べたかっただけなのね!私が見ていないと思って何やっているの?}




 そして今、大蔵が必死になって嗅ぎまわっていた女性が、息子のお嫁さんリンダだという事が分かって、尚且つ息子の雅彦が、親に内緒でリンダと結婚したという事は………。


 {要するに大蔵とリンダの間に、何かとんでもない問題が起こり、結婚した事を大蔵に知られたくないから、極秘に結婚してしまったのではないだろうか……?それから、あのリンダって娘とは、大蔵と雅彦はどこで会ってどんな関係なの……?まさか、雅彦のお嫁さんに大蔵が手を出したって事は無いわよね?}


 疑心暗鬼な登紀子なのだ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 大蔵が、親にも内緒で結婚した雅彦とリンダへの不信感で話し合いの為に、夕方五時に家を出た。

 {まだこんな早い時間に雅彦が居る筈が無いのに、二人切りで会うなんて怪しい?}

 不審に思った登紀子は、こっそりタクシ―で大蔵の車を付けた。


 すると三○分くらいで、名古屋市中区のコ-ポ笠岡に到着。


 トントンと大蔵がノックすると、まるでフランス人形のような、美しくコケティッシュな、今迄見た事も無いほどの美しい女性が、玄関前に現れた。


 驚いたリンダは、顔を強張らせドアを強引に閉めようとするが、大蔵がそれを押しのけて一瞬で部屋に入り込んだ。


 {これはただ事ではない!}

 音を立てないように、慌てて二階に駆け上がる登紀子。


 するとその時バタンと大きな音が………?

 一体何が起こったのか?




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