第6話


「それにしてあもさぁ、初対面の時のさかもっちゃんすごい嫌なヤツだったよね!」

と言った。


さかもっちゃんは嫌な顔もせず、少し笑った。

「だね。仕事場で友達増やそうとか思ってないしな。俺、仕事出来ないヤツキライだし。でもお前出来るから」


なるほど。

あのお客様が大きな声で笑った時に私は「仕事が出来る」とみなされたらしい。

それは何よりだ。


しかし初対面の時さかもっちゃんが私に適当に会釈でもしていたら、今私達は並んで塩辛を食べていなかったかも知れないから人の縁は不思議だ。

無視をされたからこそ、会話をしてくれるのが嬉しくてわざわざ毎回さかもっちゃんを探してお客様の引き継ぎを口実に話し掛けていたし、きっとさかもっちゃんも「またあの使えないヤツ、俺に迷惑掛けに来そうだな」と思ってこちらを気にしていたからあの日お客様が大笑いした時にビックリしたのだろう。


私達は小一時間、他愛もない話をした。

さかもっちゃんは私のひとつ年上だった。


切りの良い所で下戸のさかもっちゃんは「美味かった、ありがとう!」と言って帰って行った。


水で居座るにはどう考えても居心地の悪い店なのに小一時間も付き合ってくれて、本当にイイヤツだなぁ、楽しかったなぁという思いのまま、私はいつも通り常連さんだらけに戻った摩火鮮菜でさかもっちゃんの塩辛を食べながら、ベロベロになるまで飲んだ。


翌週末も、その翌週末も、私達は店舗で顔を合わせてそれまでと変わりなく働いた。

変わった事と言えば連絡先を交換して「プライベートでの交流」という新たな扉が開いたので、メールを活用して時々休憩所から冗談を言い合ったり、仕事終わりに「今日2階のフロアでこんな事があったらしいよ」などと話したりすることもあった。


電話で話すことは滅多になかったのだけどある日の平日の昼間、突然さかもっちゃんから電話がかかって来た。


「珍しいね、どうしたの」


「別に大した事じゃないんだけど、ちょっと相談したい事があって」


話を聞くと、さかもっちゃんには3年以上お付き合いしている彼女がいると。

その彼女が本当に好きで、大切に想っているんだけど、どうしたらもっと相手を大切に出来るだろう。という摩訶不思議な相談だった。


「え?どういう話?もう長く付き合ってて、お互い好きで大切なのは伝わってるんじゃないの?」


「いや、うん、まぁ」


「彼女が最近不満そうとか、そういうのあるの?」


「いや、全然ない。すごく優しい子で、すごいいい子だから、もっと大事にしたいっていうか」


ハテ。解せぬ。何の相談なんだろうか。

私が万が一にも勘違いしないように、彼女の存在を私に知らせる為の電話?この電話こそが彼女を大切にしているという事か?と思いながら何度も


「何?どういう悩み?」

と聞いていたらそのうちに

「うん、まぁ、いいや!」

とはぐらかされてしまった。


話題は自然と、さかもっちゃんが音楽をやっていて子供達にもそういう事を教える為に毎週小学校へ顔を出しているとか、その様な話をして電話は終わった。


よく分からなかったけど新しい女友達に彼女がいる事をわざわざ電話を掛けてまで知らせたんだとしたら、さかもっちゃんてやっぱり変わってるけど何処か物凄く少年のように素直で真っ直ぐでイイヤツなんだよなぁ~と思った。


そうこうしている内に、新宿の家電量販店に派遣されてから3か月が経った。

当初の約束通り、私は店舗が移動になった。

ようやく慣れた店舗から移動になるのは寂しいけれど、そういう仕事だから仕方がない。

さかもっちゃんとも連絡先は交換済でいつでも会えるし、さほど感傷的にもならず私は新宿の店舗を去った。


最初の方はポツリポツリとメールなどでさかもっちゃんとも話をしていたけれど、彼女がいる人にあまり連絡するのも申し訳ないという気持ちもあり段々と回数も減って来た。


私は秋葉原や大手町などいろいろな店舗に週代わりで配属され、覚えることも多く忙しい毎日を送りながら、時々居心地の良かった新宿の店舗を恋しく思っていた。


新宿の店舗を離れて3か月が経った頃マネージャーから待ちに待ったメールが届いた。


「今週は新宿店でお願いします」


やった!さかもっちゃんにメールしようか。

いや、やっぱり突然行って驚かそう。


私はワクワクしながら週末を待ち、勝手知ったる新宿店の関係者入り口で名前を書いて小走りに3階へ向かった。

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