第5話

「池袋、着いたんだけど」


来た!

本当に来た!!

「あ、今迎えに行くから東口の、ユニクロの方向かって歩いて来てて!」

私は大将に「友達来たわ!迎えに行ってくる!」と言って荷物も置きっぱなしで急いで駅方面へ向かった。


人世横丁のアーチを抜けて、煌びやかなサンシャイン通りへと、昭和から平成への時空トンネルを駆け抜ける。更に進んでユニクロの前辺りに、さかもっちゃんらしき人が歩いているのが見えた。

うわぁ、本当にいるなぁ…!

店外で初めて見るさかもっちゃんである。

メーカーのTシャツを着ていない、私服のさかもっちゃん。でも私服も全体的に黒っぽくて大して印象は変わらない。


「さかもっちゃーん!」

私が大通りを挟んだまま大声で呼び掛けると、パッとこちらを向いて「おう」と言うように右手をあげて、さかもっちゃんは大通りを渡ってこちらに歩いて来た。

さかもっちゃんは照れてはない。はしゃいでもない。普通だ。

私は何だか浮足立っていて、気恥ずかしいし道を先導しなければならないのでさかもっちゃんの少し前を歩いて時々振り返りながら

「よく来たね、あのさ、居酒屋って言ったけどさ、本当に汚いからびっくりしないでね。不潔とかの汚さじゃなくて年季が入っててさ。すごく狭くて汚いんだけど、すごく美味しいんだけど、本当に小屋みたいな店だから」

と取り留めなく店まで喋り続けた。


先ほど駆け抜けた時空トンネルを、さかもっちゃんと歩いて逆行する。


「なんかすげぇな…」

人世横丁のアーチをくぐりながらさかもっちゃんがボヤく。

確かに。見知らぬ人に連れて来られたら走って逃げた方が賢明なほどに狭くて暗いこの路地までよく付いて来てくれたなと思った。


店のドアを開けると、さっき説明したのにカウンターに並んだ常連さん達が

「あこが男連れて来た」

というようにニヤニヤとこちらを見ていた。

予想していた通りの反応だったので「はいはい、さっき言ったでしょ」とおじさん達を宥めながら絡まれるのを阻止する為にさかもっちゃんを常連さん達から一番遠い端の席に座らせて、常連さんとさかもっちゃんの間に私が座った。


「あ、大将、この人に白いご飯と塩辛貰っていい?」

私が言うと準備していたのか、すぐにご飯と塩辛と水を出してくれた。


「あのね、塩辛すごくしょっぱいから。とりあえず一本だけ乗せて、お米たくさんで食べてみ?」

と言うとさかもっちゃんが「うん」と言って人生初の塩辛を一本ご飯に乗せて、食べた。

「うお!!うめぇ!」

さかもっちゃんが大きな声で言って、大将が嬉しそうに「そりゃ良かった!」と笑った。

うめぇ、うめぇ、とさかもっちゃんは塩辛3本くらいでご飯を平らげてしまい、大将が「もっとご飯食べる?」と聞くと「はい!マジうまいっす!」と元気に返事をしてそのお代わりも塩辛2本で平らげてしまった。


私は不思議だった。

うめぇ、というわりには塩辛が進まないのである。

もしかしたら本当は塩辛があまり口に合わなくて、私とお店に気を遣って一所懸命お米で誤魔化しながらなんとか5本食べたのかな?だけど、顔は本当に嬉しそうだし美味しそうなんだけどなぁ~と思いながら、さかもっちゃんに

「塩辛残っても私がこれからゆっくり飲みながら食べるから。お腹いっぱいになっちゃったでしょ」

と言うと、

「うん、ありがとう!ほんと美味かった!」

と言って塩辛の小鉢を私の方へ差し出した。


私は小鉢を受け取りながらさかもっちゃんもここまで来てくれたし、この際だから言ってみようと思い

「それにしてもさぁ、初対面の時のさかもっちゃんすごい嫌なヤツだったよね!」

と言った。

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