第7話


 死神——。


 その言葉を実際に声に出したのか、それとも頭の中で繰り返しただけだったのかはわからなかった。ただ、唐突に銀色の何かがギラッと瞳を刺すように輝いて、咄嗟に啓介はぎゅうっと目を閉じた。


 本当に、ぎゅうっと肩を縮め、首を体にめり込ませるようにぎゅうっとこわばらせて、奥歯をギシギシと軋ませるように食いしばった。そのあとにほとんど吸い込まなかった空気のせいで苦しくなり、水の中から顔を出したみたいに口を開けて喉を広げた。耳のそばで、その音がわかるほど。



 啓介が怖々と目を開けると、目の前をオニヤンマが素早い動きで横切っていった。そして高く上がると、太陽と重なってあっという間に見えなくなった。


 額に噴き出した汗を手のひらで拭う——ああ、そっか、あのオニヤンマに夢中になって追いかけてこんなところまで来ちゃったんだ——啓介はそばに停めてあった自転車のハンドルに手をかけて、スタンドを足で払うと、ぐいっと持ち上げて方向転換した。


 さっき下りてきたあの坂を、今度は上がらなければいけない。勢いよく自転車を滑らせた時は気持ちよかったけれど、上がるとなったらそうはいかないだろう。


 少し気を重くして、自転車と一緒に一歩を踏み出した。


 こんなに汗をかいてジリジリと太陽に焼かれているというのに、なぜか不思議と喉は乾いていなかった。田んぼの真ん中を通るアスファルトの道は、向こうの方で陽炎が揺れるほど暑いのに、そしてそれをずっと下ってここまで来たはずなのに、ちょっと休憩した後みたいに、まだ元気が残っている。


 本当ならくたくたで帽子を被ってこなかったことを後悔しているはずだ。それに自転車にカゴがあるのに水筒を持っていないことも——なのに、そんな後悔どころか、なんだか心がすっとしていた。


 なんだっけ?


 啓介はギラギラと照りつける太陽を無視して立ち止まり、振り返った。どうしてそうしたかはわからなかったけれど、何か引っかかるものがあったような気がした。


 でもそれは気のせいで、そこには緑緑しく茂る稲穂があるだけだった。陽射しはこんなにも熱くて痛いのに、目に映る穏やかで優しい緑を美しく輝かせている。



 なんだっけ?


 啓介は繰り返して首を傾げた。いつまでもそうして動かない啓介の後頭部を太陽が焼いている。微かな風が稲穂を優しく撫でながら、向こうがわへと通り過ぎていった——啓介はその風に背中を押されたように、自転車に跨った。




[ Garden 完 ]

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Garden あん彩句 @xSaku_Ax

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