第十八章 異世界転生の行く末


「フリーツ様……? これはどういう事ですか……?」


 彼女――私の元メイドであり、現セーントリッヒの人間であるグラスリーが何故かこの国に来ていた。目の前の現実を受け入れられないというような絶望の眼差しで。

 彼女が何故今この国にいるのかは分からないけれど――それよりも何か勘違いされていないかしら?


「グラスリー! 違うんだ!」


 お兄様は必死な形相でグラスリーに近付き、身振り手振りを交えて熱弁している。


「これは、フローリアが勝手に俺の部屋へ入って来ただけだ! 何も無い!」


――何を当たり前の事を。


 まさか、お兄様と私が親密な仲だとでも? 勘違いも甚だしいわ。


「だったら、何故ここにフローリア様がいらっしゃるのです? 納得のいく説明をして頂かなければ私は――」

「俺が愛しているのはグラスリーだけだ!」


 私は目を見開きながらその光景を見ていた――まさか、二人が抱き合うなんて。

 そして、正真正銘実の兄妹だと発覚した今でも愛し合っていると?

 半年前、私を追放する時に関係を終わらせるとお兄様は宣言なされた筈――何か心境の変化でもあったということ?

 とにかく目の前で起こっている状況が理解出来無い。


「――何をしているのです?」


 思わず困惑が漏れる。


「うるさい! お前は今すぐ出て行け!」


 何故私が怒られるのか分からないのだけれど。

 でも、今がチャンスだわ。激昂している今なら、判断力も鈍る筈。いいタイミングで来てくれたわ、グラスリー。


「まさか、血の繋がった同士で未だに親密な仲なのですか?」

「だったら何だ!? そんな事お前には関係無いだろう!」

「関係ありますわ。ヴィシュバルド国としても、由々しき事態ですもの。時期公爵であるお兄様が他国に嫁いだ妹にご執心だなんて――ヴィシュバルド国の人間として、公爵の娘として見過ごせませんわ」

「そうだ! お前の言う通り、時期公爵は僕だ! この国の実権はいづれ僕が握る事になる! だから、僕が誰を妻に選ぼうが勝手だ! グラスリーは必ず僕の妻にする! 何故なら愛し合っているからだ!! お前が口出しするな!!」


 私は、フリーズした――この人は何を言っているの?

 捲し立てながら吐き捨てられた言葉は私の理解を超えていた。


 待って、もしかして――これが理由?


「まさか、公爵に『アヘン』を勧めたのは、早めに公爵を失脚させ、その地位を手に入れるため?」


 そこで、お兄様の顔があからさまに引きつった――図星だわ。


――つまり、動機はグラスリーとの結婚。


 彼女と結婚する為に、現公爵をその座から引き下ろす――『アヘン』を服用している事を暴露すれば簡単に失脚させる事が出来るわ。その上で、自らが公爵となり、その立場を利用し、法を変え、近親者同士での結婚を許可する制度を作り、グラスリーと結婚しようと考えている……?


「――正気ですの?」


 百歩譲ってグラスリーがまだ未婚であれば、この国の中だけに納まる話だけれど、彼女は友好関係を結ぶ為に他国へ嫁いだのよ? グラスリーをお兄様の妻とするのならば、もちろんその友好国から連れ戻す事になる。


――じゃあ、セーントリッヒとの友好関係は?


「時期公爵のなさる事ではありませんわ……」


 その身勝手さに、私は心底軽蔑した表情で二人を見据えた。


「――そんなに悪い事ですか?」


 口を開いたのは、お兄様――ではなく、グラスリー。

 一歩前に出て、お兄様の前に立つ。


「愛し合う二人が結ばれる事は、素晴らしい事でしょう!?」

「本来はそうかもしれないけれど、貴方達に限っては当てはまらないわ」


 グラスリーが言葉に詰まると、またお兄様がその前に立つ。


「うるさい! お前に何が分かる!? いいから出て行け! お前に用は無い!!」

「お兄様に用がなくても、私にはあります」

「聞くつもりはない!!」


 お兄様はズカズカと品の無い足取りで扉へと向かって行く。護衛を呼んで来て、私を追い出そうと考えているのだわ。


「その扉――開けない事をお勧めしますが」

「黙れ!!」


 お兄様の怒号と共に開け放たれた先にいたのは――


「お父様……?」

「先程の言葉は本当なのか? フリーツ」


 あれだけ大きな声で叫んでいたのだもの。外へも聞こえているでしょうね。


「ど、どうしてここに?」


 お兄様の顔が見る見るうちに真っ青になっていく。


「フローリアの様子を見に来たんだ」


 その言葉にぐりんと首を回して私に焦点を合わせ、睨んでくる。

 まぁ、怖い。私はただ、護衛と少し話しただけですのに。


「お前――」

「フリーツ」

「は、はい!」


 名を呼ばれ、お兄様は慌てて公爵へ向き直る。


「話がある」

「はい……」


 お兄様は観念したようにその場に立ち尽くしていた。


「グラスリー」

「はい……」

「どうして帰って来た」

「お兄様からお手紙を頂いて……」


 もしかして、あの時の――?


 セーントリッヒにいた時に私が受け取った手紙。グラスリー宛だったからだと思っていたけれど、お兄様が出した手紙だったからヴィシュバルド語で書かれていたのね。住所はセーントリッヒ語、名前はヴィシュバルド語になっていたけれど、中身は全てヴィシュバルド語でしょうね。やっぱり確認しておくべきだったわ。


「それでも帰って来るべきでは無かったな。お前はもうこの国の人間では無いのだから」

「…………」


 グラスリーはドレスを掴みながら、下唇を噛み、俯いている。


――本当に面白い子。


 やっぱり、私には貴女が必要だわ。だって虐めがいがあるのは、貴女だけだもの。私の中で、貴女の苦悶した表情を見た時だけが至福なの。もっと悔しがって、もっと泣いて、私の目の前で跪いて――


「どうして、こんなに上手くいかないの……?」


 彼女は膝から折れた。


「グラスリー!」


 お兄様が駆けよって、その肩を抱く。けれど、グラスリーはその手を振り払った。


――パンッ!


 乾いた音が響き渡る。

 誰もが驚きの表情――私でさえ驚いたわ。

 私の手を振り払うならまだしも、愛し合っている筈のお兄様の手を振り払うなんて。


「フローリア様には虐められ、フリーツ様とは結ばれず――」


 グラスリーはその場で両手をついた。その拳は徐々に強く握られていく。


「嫁いだ先でも碌な扱いを受けない――」


 その手には、床には、ぽたぽたと彼女の涙が零れ落ちていた。


「私は、ゲームの主人公に転生した筈なのに――」


――ゲーム?


 それは、まるで私と同じ境遇のように感じる言葉で――疑問が生まれた。

 まさか、グラスリーにも前世があるの? ――一体誰?


「今度こそ、幸せな人生を送る筈だったのに――!!」


 嗚咽の混じった声に、お兄様が手を差し伸べようとする。


「グラスリー……」


 自分の不甲斐なさを感じているのでしょうね。


 その時、彼女が顔を上げた。衝撃の事実を口にしながら――




「私の名前はグラスリーじゃない!! 花園ひまりよ!!!」





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