特売と恋、それから先は

小道けいな

特売と恋、そこから先は

 僕は、二十六歳、独身、独り暮らし。

 正社員で会社勤めをしている。

 昨今の流れでテレワークもしている。多くても会社に行くのは2度。

 人間関係はどっちもいいけど、どっちもよくない。


 とはいえ、全体的には問題はない日々を送る。

 ありがたいが……やはり、人と話すことがないのも寂しい。

 さらに言えば、出会いが減る気がした。

 SNSを使えば会話もできるし、探せば出会いもある。

 僕の性格上、難しい行動でもあった。


 会社に行くというのは、満員電車はストレスだとしても、誰かに会うという行動でもあったのかもしれない。

 いや、別に、出会いがあるとか、付き合いが生まれるわけではないけど。


 ああ、何を言っているかわからない。

 こう考えるの面倒くさいやつだよな!

 でも……とりあえず、考えるのはやめよう。


 仕事だ、仕事だ。

 昼ごはんどうしようかな。

 ……カップ麺もいいな。

 そうだ、赤いきつね。


 夕食の買い物ついでにスーパーで見てみよう。

 野菜でも買ってくるついでだな。

 コンビニでもいいけど……スーパーでなかったらコンビニだ。

 たぶん、コンビニの方があるような。

 ……そうなんだよ、あるカップ麺、スーパーでなくて。

 似たようなのはあるのに、腹立ったことあるんだよな。でも、店にあたるのはおかしいから、こう、もやもやとしたものを飲み込んだことはある。


 昼休み、自宅を出て近所のスーパーへ。

 籠を持ち、カップ麺コーナーに行く。

 特売!?

 え、赤いキツネと緑のタヌキが?

 やった!

 こういうの運がいいよな。


 ワゴンを見る。

 特売だとこのワゴンに出るのがこの店流。

 あれ?

 ラスト一個?

 急いで取らないとな。いや出てくるかも?

 でも、休み時間って制約あるし。


 手を伸ばすけれども、一瞬早く、女が手に取った。

 僕と年齢が近そう……この人も昼食か?

 なんで、手に取ってから悩むんだ!

 緑のたぬきはまだある。

 そっちもラスイチ!?


 急いで取ろうとしたが、なんということか!

 この女、もう一個手にした!

 そして、悩むのか!?


 本棚の本を手にする際、最後の一冊を手に取ろうとして、手が当たり、恋が生まれるとかいうのを何かで見たけど。

 そんなことはなく、僕は最後の一つを取られたのを恨みがましく見るのみ。

 いや、どっちか、返してくれ!

 こうなったら、たぬきでもいい!


 それより、品出しが遅いのか、品薄なのか?

 店員よ!

 と思うと店員もいない。


 あの女は近寄ってきた男に声をかけていた。

「あ、タッくん、どっちがいい。同じのあるか聞いたほうがいいかな?」

 恋人か同居人か知らないけど、仲睦まじいカップルにしか見えねぇ!

 昼休みのあくせく買い物ではなく、カップルののんびり買い物かっ!


 僕の苦悩をよそに、カップルの会話は進んでいた。

「同じのじゃなくてもよかね? 二人で半分にすればどっちも食べられる」

「確かに!」

 女は籠に赤いきつねと緑のたぬき、どちらも最後の一つを入れた。


 僕は、年の近いカップルを呪いのこもった目で思わず見る。

 腹は減った。

 なんか、無駄にエネルギーを使った気がする。

 他のカップ麺にするかなぁ……でも、せっかくなら食べたいし。


 現実を考えて店員に声をかける。怒りは抑え、できるだけ丁寧に。

 声を掛けられた店員は忙しそうだった。

「え? あ、ごめんなさい! 今出します、何個いります!?」

 すぐにワゴンの近くから箱を取り出して、バリバリと力強く開けてくれる。

 食の女神は素早く力強かった。

「一個で……あ、いや、せっかくなんで、きつねとたぬき、一個ずつもらっていいですか?」

「どうぞ、ありがとうございます。今後、品出し、気を付けます」

「はい、今後よろしくお願いします」

 店員の顔なんて全く見ていない。

 ただ、声はきれいでさわやかで、僕の苛立ちもきれいに流してくれる感じはした。


 僕はどっと疲れたのは間違いない。

 カップ麺は購入できた。帰宅して湯を沸かし、食べた味は……いつもの赤いきつね。

 でも、どこか、のどに、胃袋にしみわたるぬくもりがあった。


 ああ、こうして食べられるって幸せだわー。

 そして、揚げの熱さに「ぎゃ」というのもいつも通りだった。

 しみわたる幸せ……なのかもしれなかった。

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特売と恋、それから先は 小道けいな @konokomichi

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