其の十三

 海保からのFAXの内容は沿岸での海底火山の噴火を伝えるものだった。以下全文。

 「本日の大規模な海溝型地震によって第六十三小規模海底火山帯(正式名称未定)の第八海底火山が噴火しましたのを海保の海底観測所が観測しました。現在のところ火山灰等の被害は確認されないものの、海底にマグマが噴出した事案については確認しました。これによる海水温の異常上昇に伴う船舶への影響を鑑みて、付近の洋上での一切の船舶航行を禁止し、また当該海域に進出した船舶については海上保安庁法及び該当法令によって処罰されます。」

 「つまりは海上封鎖ってことか。」横から陸奥さんが首を突っ込む。「どうしよう。これじゃあLCAC使えなえじゃねえか。物質どうするんだ?」「はて、困りましたね。」と文先輩も困り顔だ。「文先輩、町の外に通じる道路は?」と訊いたが、答えは芳しくなかった。「それが道路事務局からのFAXによると、二本ともがけ崩れやトンネル崩落、橋桁落下と、随分インフラ更新を後回ししたツケが回ってきたような有様のようです。」「じゃあ物資はどうなるのですか?」「ヘリポートもあのザマですし、当分無理なようです。」と両手を挙げた。流石の文先輩でもこればっかりはお手上げ状態のようだ。「まあ、取り敢えず市内の避難所の備蓄やスーパーにある缶詰などの量を調べましょう。話はそれからです。」そう言って朝礼台の上に立って隊員たちを整列させた。「現在我々は物資輸送手段の途絶という大変な危機に晒されている。その為、まず第一小隊は市内の備蓄食料等の残量を各避難所毎で調査すること、今後の対応の指標とする。無論、残りの隊は瓦礫の撤去や生存者の救助を命じる。津波警報解除後、この作業は直ちに開始すること。良いなッッ!」そう簡潔に命令を下した。そして総員出動準備をした。

 小隊長は幹部学校を出たばかりの若い士官だが、班分けは的確だった。だが、「國さんはここらを一人でで良いだろう。」とお一人だけ、お一人様コースにされてしまった。しかも調査場所は十三か所だが、少年が通っている小学校にアンの第三中学、マリーの第八小学校も含まれていた。(因みに少年とマリーの通う第八小学校は別だ。早い話、戦闘に参加して命を取るか取られるかの生活をしていた少年は臭い物に蓋をするかのごとく特殊学級に編入となったからだ。また、マリーを編入先の小学校でのいじめから守るためでもあった。そんな心配は要らなさそうだが。)

 深夜の警報解除後、まず少年は小学校に行った。「あっ、國さんだっ!」そう級友達が叫びながら出迎えてくれた。深夜なのに申し訳がない。「おう、お前ら全員無事だったか?」「うん。」「良かった。」「そういえばタイヤキ、お前は備蓄庁の官房にいただろ。この学校にはどんだけ備蓄が有ったか、それを聞きたい。」すると「何で、」と如何にもいぶかしげな顔を向けてきた。「備蓄量は公表されているだろ。」「第十管区GF。」そう公安調査庁で掴んだ情報をちらつかせた。

 暫く沈黙の中で二人は互いの目を見ながら対峙した。存外タイヤキも骨がある男のようだ。普段は随分と大人しい級友の内側にこんな傑物としての才があるとは、そう直感した。「ったく、わかったよ。Give and takeだろ?じゃあ、何故こんな防諜規則破りなことを聞いているのか教えよう。」そう言って一息間を置いた。「ここが、陸の孤島になってしまったからだ。」皆が「何言ってんだ此奴?」と少年の方を見た。

 「先ず、この街に通じる道路が二本とも崩壊し使用不可、そして近くの海底火山が噴火してここらの海は制限海域になってしまった。おまけに基地のヘリポートも断層が走って使用不可能となった。つまり、物資を運び込めない。だから何日間持ちこたえられるのかを知るのが重要という訳だ。」皆は徐々に顔を青くして、少年の話を聞いた。

 「で、どうよ?ぶっちゃけ備蓄はどれほどか?」タイヤキは小さな声で「千人で一週間。」と呟くように白状した。

 「ハア〜⁉︎公表量の半分じゃねえか⁉︎何で隠してた?」「実は一週間前に備蓄量の半分が消費期限切れで廃棄処分してしまったんだ。本当なら今日の夜に発注した補充が届く予定だったんだ。」

 マジか、「それはそうと、非公表の倉庫には食糧が無いのか?そもそも何が入っているのだ?」そう問いただした。「其の内容はちょっと……」タイヤキがたじろいだ。「一体何を保管しているのか、それを訊きたい。」少年によってもたらされた断絶情報で十分青くなった顔が更に青くなった。いや、色が抜けて白くなったと言った方がいいのか。

 「実は、ゴムです…。」突然顔を真っ赤にして、如何にも恥ずかしい事を告白するようにタイヤキは言う。「なんでえ、たかがゴムじゃないか。もっとすんなり言ったら良かったのに。」それにしても何故こんなに恥ずかしそうに言うのか理解できなかった。ふと周りを見たら皆タイヤキと同じ様子でいる。

 「まさかとは思うが、ゴムゴムの実か?」埒が開かないと思って ONE PEACE のルフィーが食べた身体がゴム化する例の実を引き合いに現状打破を試みる。

 「そんなんじゃないわ!」とツッコんでくれる。「そんなもの実在しないしな。保管しているのは…」あと一息で答えを引き出せる。「タイヤか?風船か?」とじわじわ外堀を埋める。てか恥ずかしがるゴムって何だ、一体?


 また、暫し沈黙。


 ………気まずっ!


 「わかった。それなら応えなくていい。俺は行くぞ、まだ十か所ぐらい回らなくてはならないから。あと、他組の連中には俺が自衛官だとは言わないでくれ。後で面倒くさいから。じゃあ。」そう言って足早に小学校を去った。「然し、何のゴムだろうか?」と次の調査地点へ走りながら思った。

 勘のいい読者の皆様なら「ゴム」の正体はもう、お気付きだろう。だが、少年はそのゴムを正規でない方法で使ったことがある。そのゴムは、実は戦場に於いて極めて珍重されているものであり、米軍のネイビーシールズの隊員の装備品にもなっている。実際にはコップ代わりの容器としてや怪我の応急処置での止血に使用される。

 だが何故こんなにゴムがあったのか、それは謎である。

 公園や公民館、どこぞの小学校の体育館も回り(ついでに大量のクレーム処理をして)、マリーのいる第八小学校に着いたのは、調査開始から既に五時間も経っていた頃だった。つまり、早朝だ。だがぐっすり眠ったわけでないのは何処の避難所も同じだ。

 「あっ、お兄ちゃん!」とマリーは駆け寄ってきたが、彼女もまた、顔に疲れが出ているのがよく解る。目の下にクマが出来ていた。

 よっと手を挙げて挨拶する。「寝れたか?ってその様子じゃあ、あんまりだな。よし、お兄ちゃんがよしよししてあげよう。」そう言って頭を撫でだすと、マリーはエヘヘェと猫のように顔を緩ませた。「ああ~、いやされるぅ~。お兄ちゃん、もっとしてぇ~。」完全に微睡んでしまっているマリーは少年に甘える気満々だ。そういう少年もここ数年でシスコン兄貴と化したので、そういうマリーの姿で育ち盛りの体躯に毒な徹夜での精神の疲れが少し楽になった。

 少年が正座をしてマリーに膝枕をやってやりながら兄貴冥利に浸ること数分、思わず本来の目的も忘れかけた頃「お前、何してんだ。あのマリー様とベタベタしやがって。」と、随分生意気な声がした。

 顔を上げると如何にも「俺、一軍ですが何か、この底辺め。」とでも言わんばかりの目をした餓鬼がこっちを睨んでいた。まあ、実際学校じゃあ底辺だし。だが、そこまであからさまに敵意を剥き出しにされましても。ってことは、噂に聞いた「マリー親衛隊」か。まあ、こういう類が更にトチ狂ったのが俺の小学校の生徒会だが。

 なるべく鋭い目とドスの効いた低い声で「なんだ、俺の妹に何か用か?」と警告する様に言った。すると突然態度を豹変させて「いやはや、これは………お義兄様でしたか。失礼いたしました。」とペコペコしだした。ところで今の間は何だったのだろうか?

 さあ、仕事に戻ろう。「まあいい。ところで此の避難所の責任者は?」「せきにんしゃぁ?」駄目だコイツ、滅茶苦茶阿呆だ。「お前、何年生だ?」「小五です。」小五で「責任者」という単語を知らないのはマズイと思うが。「オラは馬鹿だから難しい話はよく分かりませぬが、お父ちゃんと話してくれたら何とかなるかもしれん。」なんだコイツ、最初は馬鹿馬鹿しい喋り方だったのに、突然真面目な声を出すとか。頭良いのか悪いのかよー分からん。

 「すみません、ウチの息子が………ってえぇぇぇぇッ⁉︎貴方はウチの娘を助けてくれたあの自衛官さん⁈」「どうも。」助けた相手にトコトン相手していたら碌なことにならない。俺の現状を見れば解る。学校に行けばウザがられ、家に帰るとアンに愚痴られまくれ(てか今日誰々に告られたけど振ったとか訳の分からんウザ絡みが多い。)、あとアンとマリーの生活費は全部少年持ちという羽目に遭う。だから助けた後は基本的に素っ気なくする。それに武士は己の手柄を自慢せず、だ。

 「えっ、此の人がツバメを助けたの、お父ちゃん?」「そうだぞ、本当に有難う御座いました!」と土下座してきた。「まあまあまあ、顔をお上げになって下さい。そんな大層な事はしておりません。これが我々の仕事です。」そう言っても此のお父さんは土下座をやめない所が「有難う御座います有難う御座います有難う御座います………」と大声で連呼している。

 そうしているうちに、周りの人達も「何の騒ぎだ?」眠りから醒めていく。こういう時こそ睡眠が大事だから何か物凄く申し訳ない。マリーも少年の膝の上で目を醒し、此の状況を飲み込めないでいる。「お兄ちゃん、何の騒ぎ?」「それがなあ。」説明しようとした時に「あっ、ツバメの王子様だぁ〜〜!」と小さな女の子が少年に凄い勢いで抱きついてきた。

 一瞬沈黙。

 「ツバメね、王子様のお嫁さんになる!」ナニコレ、タスケテ。「もぉ〜、忘れちゃったの?あの時、つぶれたお家から助けてもらったかわいいかわいいおんなのこだよ。」こういう系はマジで弱い。「マリー、すまないが後処理を頼んだ。」と避難所の事務スペースらしき所にダッシュした。「すみません、陸上自衛隊第三師団三等陸曹白沢國男です。」対応した自治体職員はニタニタしながら「災難でしたねぇ〜。」と揶揄ってくる。「それで何の御用で。」「備蓄食料の残量調査です。」すると少年の耳に顔を近づけ「やっぱり、道路断線や船舶進入禁止は本当なんですね。」「まあ、どれだけ避難所が持ち堪えられるかを先ず調査している所です。」「ヘリとか使えないのですか?」「実は、基地のヘリポートも使用不可なので、絶望的です。」其の職員はそう聞いて「やっぱり配給制限した方がいいのですかね。」と諦めに近い表情をした。「大丈夫です!俺たち自衛隊が何とかします!だから、数日持ち堪える事だけを今は考えて下さい!」諦めんなよ、というメッセージ気付いたのか直ぐに表情をキリッとさせて、「そうですね、まだ希望の為に闘っていられる方々が沢山いるのに、そんな事を考えたら失礼ですね。ありがとう。頑張ってください!」とこっちにもエールを送ってくれた。

 そして、最後の調査地点である第三中学校に足を向けた。

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