其の七

 「日本へ確かに移住するんだな。」勝呂三佐は念を入れるのかの様に聞いて来た。少年は「はい、移住します。」と答えた。「良し。だが、調べさせてもらったが日本にはお前の親戚は居ない。其の場合、施設に預けるなりするのが普通だが、白沢君の場合経歴が経歴なだけに、多分何処の施設も受け入れて呉れなさそうだし、もし入れたとしても馴染めなさそうで、これはこれで問題だ。そこでお前、自衛隊に入らないか?」「へ?」思わず間抜けな声を出した。「え⁉︎自衛隊は子供から入れるのですかあ?」思わず語尾を上げてしまった。「ちょっと地味にヤバい話かもしれないけど今の状況と俺の権限からしたら、此れがベストだ。因みに自衛隊は十八歳から入隊できる。」マジか。どえらい話になってしまった。別に軍隊式の生活がどうこうという話じゃ無い。問題は「日本の国内法的に大丈夫か、其れは?」自衛隊は遵法精神と規律では世界最強と言われている。前もとある自衛隊のPKO基地にオヤジさんとの行ったことがあるが、最初に驚いたのは鼻薬が効かないことだ。門番の兵士にオヤジさんが賄賂を渡して早く通してもらおうとしたが、一千ドルという大金でもうんともすんとも言わず突き返してくる。そして基地に入ると吃驚したのはテントが一ミリもズレずに建っていることだ。人間技じゃないと思った。そんな自衛隊がこんな国内法的にも子どもの権利条約的にも抵触しそうな大胆な提案をして来たのだ。「その代わり、生活に必要な資金や物資は我々が責任を持って供給する。」勝呂三佐は腹を決めたな。そう思った。「俺もその方が良いと思う。」スワンソン大尉もそう言った。「実際アメリカでも極秘の制度としてその様な事は存在する。」ええーッ⁉︎アメリカにもあるの?「尤も長期休暇中にボーイズスカウトのキャンプとして軍事訓練を受けさせるだけのものだが。でも勝呂少佐の提案は極めて野心的で先進的な試みだ。」もう此の二人は完全に腹を決めている。ここまで用意してもらっては断れない。然し「何でわざわざここまでしてくれるのですか?」という疑問が頭を掠めた。「さっきも言った通り自衛隊に入隊してもらうためだ。君は実戦経験が豊富だから其のスキルを眠らせるのは勿体ないと思う。」何かイラッと来た。「ところで、あなた方は実戦経験はお有りですか?」二人とも沈黙した。「失礼ですが、恐らく実戦経験は俺がこの中で一番積んでいると思います。戦闘に直に参加しなかった人は俺の事をこう言うでしょう、殺戮者と。実際俺は少なくとも百人以上は殺っています。この人数を街中で殺ったら恐らく死刑となったでしょう。確かに殺戮犯を社会に野放しにするといけないので自衛隊内部で完結させたいのは解ります。然も自衛官でない者ですから尚更ですよね。もう俺はここで気持ちの蓋をとります。今まで戦うために封印してきたこの気持ち。」そこ迄言って言葉に詰まった。手の甲が濡れているのに気が付いた。あれ、俺、今、泣いているのか。震え声になって言う。「もう、ひ、人が、し、し、死ぬのを、み、見るのは嫌、イヤ、なんです。ペクさんだって、ヤンカ兄ちゃんだって、ハッコレ先輩だって、も、もう生き返らないのです。」手で涙を拭いながら詰まり詰まり言う。「もう、殺し屋は、こ、こ、殺し屋でしかない。そんな俺をみんなは、う、受け入れてくれ、っ、くれ、っ、か、な。」

 暫く少年の嗚咽が部屋を満たした。少し落ち着き、そして涙を拭いながら「皆、平和を知らずに死んでしまったんだよ。他の平和な国みたいに自分達の考えを出しただけで殺されるような此のヤバい国を変える為に死んでいった。俺だって空爆で元の家族と離れて、友達=戦友で、そりゃ皆優しくしてくれたけど、どんどん死んでいくんだ。だから平和とは一体全体何物か。其れを俺は知りたい。そして死んでいった皆も其れを知る為に、日本に行かせてください!」少年は大きく息を吸った。「俺、アンさんとマリーさん、嗚呼さっき覗いていた二人の少女です。彼女らは俺の同世代のはじめての友達です。本音、彼女らに世の中の普通を教えて貰ったんです。実際、俺は今まで何度も友達が今にしてみれば欲しかったと思うので、居てた基地の周辺の民家の同世代の子供達の所によく行ってたんですよ。だけど俺の雰囲気が同世代の割には怖かったのか、よく逃げられて、そういう友達がいなかったんです。だけどアンさんやマリーさんは其の近所の子に接する様にしてくれて、普通を知ったのです。だから、日本に行ってもそういう普通で平和で普通な事をしたいのです。自衛隊に入れと言うなら入ります。だけど、せめて小学校は行かせてください。お願いします。

 勝呂三佐とスワンソン大尉は静かに少年の話を聞いてくれた。「分かった。」勝呂三佐はそう言った。「お前が望むのなら、なるべく希望を叶える様にしてやる。」「有難うございます。」「お前は昨夜徹夜で難民達を守る為にトラックの荷台の上で哨戒してたんだろ。」少し笑った口元で言ってきた。「其れを、何処で?」「スワンソン大尉から聞いた。」スワンソン大尉を見ると微かに唇が笑ってる。思い出し笑いだな。「まあ、まだ遅くは無いがお疲れだろうから寝ろ。」勝呂三佐は少年の肩をポンと叩いて笑った。「では、失礼します。」そう言ってドアを開けるとすごい膨れっ面をしたアンさんとマリーさんがいた。「遅い!」何故かプンプンと怒っていやがる。「すまん。」思わず、謝ってしまったー!畜生!何か癪に障る!「全く、アンタっていっつもいっつも何でこうも遅いのよ!」意地になった。「じゃあ何処が遅いんだ!」向こうも負けじと喰って掛かる。「此の軍人さんに話つける事、あそこで私達への武装解除、あとトラックの荷台上の例の件に謝る事!」「立ちション見たんだろ。」スワンソン大尉が爆弾をさりげなく入れてきた。アンさんは顔をカーッと紅くして「イヤぁー!変態ッ!」と叫びながら本日三度目のビンタを少年にかました。其の様子を見たマリーさんは自分の作戦が失敗したと思い、泣き出した。

 其れが面白かったのか勝呂三佐は少しおちょくる事にした。「お前ら、夫婦漫才みたいやな。」其の一言を聞いて「夫婦なんかじゃないよ!」と二人はハモって返してきた。其れにさらに味を占めたのか「うわ〜、ハモってるというのはお前ら息ピッタリじゃねえか。そういう夫婦は長持ちするんだよ。」「何でコイツ/アンタなんかと一緒になるわけ?」「なあ、マリーさんよ、お前は姉ちゃんと兄ちゃんに夫婦になって欲しいか。」そう勝呂三佐が言うとマリーさんがすぐに泣き止み、満面の笑みで「うん、なってほしい。」と返事した。其れを聞いて二人は慌てた。そして部屋を出ようとした。ところが、同時にドアを跨ごうとしたのとドアの幅が狭かったせいか、二人は詰まってしまい、出られなくなった。「ちょっと、何でアンタなんかとこういう事になっているワケよ!」「其れはこっちのセリフだ!お前動いて抜けろよ!」「アンタこそ動きなさいよ!」二人はプイッと顔を背けた。そうこうしているうちに、勝呂三佐は「お前ら三人とも日本行きにしてやろうか、そのドアからさっさと抜けなさい。」と怒鳴った。「何ですって!こんなアンタみたいな人と一緒に日本に行くなんて、死んでもゴメンよ!」「ごちゃごちゃうっせえわ。」そう言っている割には勝呂三佐の顔が笑っている。「よっと。」そう言って二人に足蹴りをかましてきた。二人はスポンと外れた。少年はアンさんが怪我しない様に咄嗟に抱き寄せた。衝撃で少年は頭を打った。ところが、結果はどうだ。二人は互いに目を見開いている。うまく喋れない。マリーさんは手で目を覆いながら指の隙間でこっちを見てくる。勝呂三佐は目を大きくした。スワンソン大尉が「ヒュー」と口笛を吹いた。そうだ。要は事故とはいえども、キスをしていた。何故か思考が硬直してしまっている。やっとのことでこの状態から脱出こそしたものの、互いに恥ずかしすぎて、何も喋れなかった。互いに水飲み場にダッシュして十回以上うがいをした。

 無い。無い!無ぁぁい‼︎空きテントが無い!折角落ち着いてきて、寝れそうな状態だというのに、テントが足りない。何処もかしこも人が入っている。流石にアンさんやマリーさんのとこへはさっきあんなことがあったから恥ずかしくていけない。今夜は野宿確定かあ。折角ある程度ちゃんとした設備で久々に寝れると思ったのになあ。そう一人でとぼとぼテント場の隅っこに行き、そこで寝袋に入った。砂漠地帯ではテントがあった方が過ごしやすいがこの際致し方ない。そう思って寝ようとした。ふとキスの時を思い出した。少し荒い鼻息。大きく見開かれた大きな目と碧い瞳。元々白く、紅潮して紅色が増した頬。さらりと少年の肩にかかる艶のある髪。唯、美しきこと限りなし…って何考えているんだ。また変な気分になった。息がしづらく、心臓の心拍数が上がり、目を閉じると美しいあの時のアンさんの顔が浮かぶ。気を紛らわそうとして、あのドローンの出所を考えようとしたが、アンさんのあの顔がしつこい斥候兵の様に少年の頭を離れなかった。

 そういう悶々とした気持ちを暫く抱えていた。

 そして、突然頬を叩かれた。本日三度目だ。「アンタ、そんなことしてたら冷えるよ。」アンさんだった。「何だお前か。何の用だ?」アンさんは目を背け乍ら「テントが空いていなかったら、私のテントに来ない?」「どうした、今更お情けか。」「違うわよ!ただ、マリーに言われて来ただけ。」

 結局入れてもらった。「ここ超えたら殴るわよ。」境界線を示された。そしてランプを消した。なんだか自分が情けなくなった。「ごめん、今日は色々と。」暗闇の中でつぶやいた。「もう、いいわよ。私こそごめん。色々張り合っちゃった。私ね、友達がいなかったんだ。」意外だった。「私ね、お父さんが熱心なイスラム教徒だったせいで外に出ることが殆どできなかったの。学校にすら行かせて貰えなかった。」小声で呟く様に言った。「だから初めての友達がアンタなのよ。盗み聞きしていた訳じゃないけど、アンタが私たちのことを友達と言ってくれた時、嬉しかった。」「そうか。」

 其れ以降、黙ったままだった。

 一睡すら少年は出来なかった。

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