<case : 37> self-deprecation - 雑談

 仁科の尋問を受けた後、ミコトはホームであるファントム本部に移送された。


 そして、捕らえた人工生命犯罪者を暫定的に収容する目的で地下に造られた牢屋に隔離されていた。他の職員たちは、自宅謹慎を命じられているらしく、本部の機能は全て調整局の監視下となっていた。


 ここに入れられて二日が過ぎた頃、ボロボロになった斎藤キオン分析官が連行されてきて、斜め向かいの房に放り込まれた。


「まさか……自分がこの檻にぶち込まれる日が来るなんて」


 しばらくして目を覚ましたキオンは、そう言って自分自身の境遇を自虐した。


 ミコトはベッドから起き上がると、キオンから得た情報とこれまでの自身の行動から得た情報を掛け合わせて、複合的に精査する。


 〈カオティック・コード〉は、アイザックの持つ超能力に由来する人格データの一部だった。不完全な〈カオティック・コード〉を移植されたマキナスは暴走して自死を引き起こし、人間は急速な人体変異によって怪物と化す。


 そして、その力を人類に転用することを夢見る者がいる。


 人間でありながら、自分自身の情報を記憶媒体に移し、自分の敵が滅ぶのを二百年待ち続けた者が。


 まだ終わらない……。マキナスと人間を暴走させてそれで終わりなら、こんなに時間をかける意味はないだろう。この事件にはまだ自分たちが触れられていない先がある。


 それがミコトの出した結論だった。


「こうなったら、ヴェルに賭けるしかありませんが、いくらアイツでも多勢に無勢です」

「ヴェル……無事だといいけれど」


 独居房室のドアが開く音がする。目を向けると、仁科と頭の傷のある大男が、職員を引き連れて入ってきた。廊下をゆっくり進みながら、ミコトの独房の前までやってくる。


「牢屋とは思えないほどきれいな場所だ」


 仁科は相変わらず切れ長の鋭い目でミコトを見ながら、不敵な笑みを浮かべて言った。


「要件は?」

「おやおや、雑談もなしとは……。冷たいですね」


「地下のデータベースを参照したなら、あなたはもうここに用はないはず」

「ああ。ここの地下と、あなたの家系が持つ独自のデータが欲しかった。無事に両方手に入った」


「後は、アイザックを呼びつけて、調整した〈カオティック・コード〉を受け取るのね。それを使って、何をするつもりなのかしら、仁科さん。いいえ……篠塚宗次郎さんと言った方がいいかしら?」


 ミコトがそう言うと、仁科の顔から笑みが消える。


「……外に出せ」


 仁科は部下に命令して、ミコトとキオンに手錠をかけて外に連れ出す。ミコトは、なお仁科の目から視線を外さない。


 間違いない。この男が、篠塚宗次郎だ。


////


 手錠をかけられ、布袋を被されて、両脇を職員に詰められながら本部の外に向かう。ミコトのすぐ後ろをキオンも歩いているのが、足音で分かる。


 エレベータに乗せられ、地上へ。エントランスを抜けて外へ出ると、車のドアが開く音がする。


 頭を抑えつけられて、車に強引に押し込まれる。排気ガス匂いが充満して顔をゆがめる。


 後方でもドアの開く音がする、どうやらキオンとは別車輛になるようだ。


「……どこに向かうの」


 仁科、いや篠塚宗次郎がそばにいるとは限らないが、口は塞がれなかったので質問する。


「お前は知らなくていい場所だ」


 運転席であろう前方から帰ってきたのは、ドスの効いた低い声。あの大男だった。


「あなた達が、雑談したいのかと思って」


 そう返すも、男から返事はない。


 エンジンがかかり、揺れながら車が発進する。その様子を、斜め向かいにあるビルの影から、暗視フィルターをかけたナタリが見ていた。

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