5話:「この世界は魔王に支配されている」



 リナ・シェーラ。彼女の口から出た名だ。



“いい名前だね”という言葉をかける前に、重要なことを思い出した大和。そう、彼女は服を着ていないのだ。



 どういういきさつでこうなってしまったのかは不明だが、このままの状態で話をするには目にやり場にも困るし、何よりも不謹慎だ。



「あっ! ごっ、ごめん。とりあえず服を着てくれないか? 着替えるまで外に出てるから」



 彼女の返事を待たずして、木製の扉を勢いよく開け放ち、大和は今まで寝泊まりをしていた部屋を出た。



「うっ、まぶしい!」



 今まで家の中にいたことで遮られていたであろう朝日が、燦燦と照り返し、大和の目は一時眩しさで見えなくなる。



 片目をつむり、もう片方の目は右手で庇いながらまぶしい朝日を凌ぐ。そして、ようやく見えるようになった目に飛び込んできた風景は、大和の想像していた場所ではなかった。



 そこは元居た【グレイベルク】の町ではなく、見たこともない町並みだった。様式としては、中世ヨーロッパあるいはロンドンの町とよく似た風景で、似たような家が立ち並んでいた。



 唯一特徴的だったのが、町の中央に存在する大きな神殿風の建物があり、この町の象徴となっているようだった。



 周りを見渡してみると、自分の家の前を箒で掃除する中年の女性や、何かの店だろうか、店の窓ガラス越しからせっせと動く人影が見て取れた。



 大和は起きたばかりの体をほぐすかのように「んー」という声と共に、体を伸ばしてストレッチのような動作をした。



「ふわ~あああああ」



 まだ寝足りないのか、体を伸ばしながら何とも間の抜けた声で、欠伸をしたちょうどその時――。



「くすくすくす」



 ちょうどそこに、三角頭巾を付けた二人組の若い女性が笑いながら大和の横を通り抜けていった。



 服装はやはりというべきかヨーロッパを思わせる感じの服装で、町娘という言葉が似合いの二人だった。



 間抜けな姿を見られてしまった羞恥心をごまかすように、左のこめかみを指でぽりぽり掻いていると、後ろの扉から女性の声が聞こえてきた。



「もう・・・いいですよ」



 その言葉を受けて。



「入っても大丈夫ですか?」



 という問いに対し。



「大丈夫です」



 という答えを聞いてゆっくりと扉を開ける。



 最初は気が付かなかったが、改めて部屋を見渡してみると、綺麗に整頓された本棚があり、そこには魔術に関する本……特に神官が使う魔術【光魔法】について書かれた本が多く見受けられた。



 他には、ごくごく一般的なテーブルと椅子があり、テーブルには花瓶に入った薄ピンク色の小さな可愛い花が活けられていた。毎日掃除をしているのだろう窓は、曇り一つなく光を反射し、ホコリなども一切ない。



 まだ彼女の人となりはわかり兼ねるが、部屋を見る限りは品性の良さと誠実さが伝わってくる。



 一通り部屋をぐるっと目で見た後、改めて目の前にいる少女を見る。その服装は、純白のドレスにも似たわずかな光沢を残しつつも、決して下品なものではない雰囲気を持った服で、【タワー・ファイナル】というゲームでは

、主に初級クラスの神官が着ているものだった。



 胸元には、卓球の球ほどの大きさのアミュレットと呼ばれる装飾品が施されていた。



「あの……」



 手をおなかの前でもじもじとさせながら、こちらをうるんだ瞳で見つめてくる少女。一瞬心を奪われそうになるのを必死で抑え込み、もう一度自己紹介をする。



 彼女の見た目的に年下と判断した大和は、妹に話しかけるような落ち着いた口調で話しかけた。



「改めて自己紹介するよ、俺は小橋大和だ。よろしく」



 それを受けて少女が答える。



「リナ、リナ・シェーラです。一応ですが、神官を務めさせていただいております」



 自己紹介を終えると、大和は早速本題に入った。



「色々聞きたいことがあるんだけど、ここはどこなの? さっき外を見たら【グレイベルク】の町じゃなかったし」



「えっと、ここは旧王都【フランプール】の南東にある町で【ジェスタ】という町です」



 返ってきた答えに思わず大和の目が見開かれる。



「えっ? ここって【タワー・ファイナル】の中だよね?」


「?? たわーふぁいなる? 何ですかそれ??」



 彼女の態度から冗談を言っている雰囲気はなかった。旧王都【フランプール】や【ジェスタ】という名の町は、聞いたことがなかった。



【タワー・ファイナル】が世に出てから約4年。その4年間ほぼ毎日プレイしていた大和が知らない町や都市などは無いため、ここがゲームの中であるのなら彼が知らないということはまずあり得ない。



 戸惑いながらもさらに詳しく話を聞いていくと、その内容は大和にとって信じがたいものだった。



 神官の務めを果たした帰り道、夜道の中とぼとぼと帰路についていると、神殿のそばにある林で突如閃光が発せられた。光った先に向かったリナは、そこに人が倒れているのを発見した。そして、光の中から現れたのが大和だったという話だ。



 いきなりのことで驚いたリナだったが、このまま放っておくわけにもいかず、仕方なく自宅に連れ帰ってきたそうだ。



「じゃあ、ここはタワー・ファイナルの世界じゃないんだな?」


「はい……そのような世界の名は聞いたことがありません」


「聞かせてくれないか? この世界のこと。今の俺がどんな状況に置かれているのか知りたい……」


「わかりました」



 リナは淡々とした口調で語り始めた。



 ここは【ラマル】という世界で、多種多様な種族がそれぞれの文明を築いて暮らしていたのだが、今から10年ほど前にどこからともなく【魔王】が現れ、魔族を引き連れてこの世界を破滅へと導こうとした。



 魔王に対抗すべく、この世界にいる全ての種族が団結し、魔王討伐の連合軍が結成され魔王軍と連合軍の戦争が始まった。



 7年にも及ぶ長き戦いの末、勝利を収めたのは魔王軍だった。敗北した連合軍は、解散し元の種族ごとに散り散りになり、魔族の支配下に入ることになった。



 その間魔族たちは、この世界でやりたい放題生き物を殺し、自然を奪いつくした。そして、今も魔王の支配は続いているらしい。そう話してくれたリナは、最後に俯きながらこう言葉を括った。



「魔王を倒さない限り、私たちに平和は来ないのです……」

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