4話:「出会い」

4「出会い」


 頭の中が真っ白という言葉が今の状況にぴったりだろう。目の前には、一糸纏わぬ絶世の美少女が自分と同じベッドで寝ているばかりか、あろうことかそんな彼女の胸を鷲掴みにしているのだ。



 思考が停止してもおかしくない状況なのは間違いないだろう、だがそうも言ってられない。


 自分の身に一体何が起きたのか現状を把握するためにも、停止しかけた頭を再起動させる。とりあえずやるべきことは一つだ。



「申し訳ありませんでしたああああああ!!」



 彼女の胸から手を放し、ベッドから飛び降りてくの字に体を折り曲げ深く謝罪する。



「…………」



 少女は………少女は何も答えない。



 頭を90度に近い状態で曲げているため、彼女がどういう感情を抱いているのか読み取れない。



 とにかく今の自分にできることは、先ほどの行為を言い訳することなく謝罪することだ。そう判断した大和は、自分に言い聞かせ再び謝罪の言葉を口にする。



「申し訳ありませんでした! 何が起きたのかわからない状態でしたので、わざとではありませんが、許される行為ではありません。ただ、今の俺には謝ることしかできませんので、深く謝罪します。本当に申し訳ございませんでした!!!」



 これ以上ない謝罪の言葉を口にする大和。サラリーマンで鍛えた対人スキルがここで役に立っていることに、会社に感謝しながらも彼女の反応を待っていると。



「………あのっ、いいですよ」


「えっ?」



 ここで普通なら軽蔑の眼差しや、馬頭雑言をぶつけられると思っていた彼にとって思いもよらない言葉が返ってきた。



「……」


「……」



 突然の事態に顔を上げ、彼女の顔を覗き見る。そして、お互いの視線が再び交差したとき彼女が言葉を続ける。



「あなた様のような素敵な男性に求められるのでしたら、その……むしろ望むところですっ」


「……はいぃ!?」



 予想していた事態とは大きくかけ離れた返答に、思わず変な声を出してしまう大和。



 聞き間違いではなかっただろうかと思い、今一度目の前の少女に問いかける。



「あの、今何と言ったんですか?」



 彼女をますっぐに見つめる大和。そして、彼女は再び先ほどと同じ言葉を繰り返す。



「あなた様のような素敵な男性に求められるのでしたら、むしろ望むところですと言ったんです」


「……」



 何を言っているのか、一瞬理解できなかった。確かに小橋大和こばしやまとという男は、決して不細工な男ではない。かといって、イケメンの部類には断じて入らない顔立ちなのだ。一方、目の前にいる少女はどうだろうか?



 客観的に見ても彼女の見た目は美しく、【女神】や【天女】という言葉が似合うほどの美少女である。そんな絶世の美少女である彼女が、どこにでもいるような平凡な見た目をした自分のことを【素敵な男性】と呼称することに対し、思わず眉を顰めてしまった。



 気分でも害したと勘違いしたのだろうか、彼女が言葉を続ける。



「私のような、どこにでもいる平凡な女にこんなことを言われるのは迷惑だとは承知しておりますが……もしあなた様がよろしければ、その……かっ、可愛がってくださいませんか?」


「!?」



 またしても頭が白くなってしまった。平凡な女? 可愛がる?? 彼女は何を言っているんだ???



 その言葉を理解するのに数秒の時間がかかってしまい、返答が遅れてしまった。



 よくよく彼女を見ると、その顔は熟れたリンゴのように真っ赤になり、穴があったら入りたいと言わんばかりに体をもじもじとさせ、うるんだ瞳でこちらをじっと見つめていた。



 先ほどの発言が冗談でもなければ、何かの意図があっての発言ではないことに大和は気付く。



 まだうら若き少女が、勇気を振り絞って発言した言葉なのだろう、もじもじとさせている体から少しばかりの震えが見て取れる。



 そんな彼女の態度に一瞬ひるんでしまったが、ここは冷静に状況を把握するためにも、彼女から情報を聞き出すことを大和は考える。



 男としては、彼女のような魅力的な女性の誘いを断るのは忍びなかったが、今はそのようなことをしている場合ではない。彼女という欲望をかなぐり捨て、彼女をどうにかしてしまいたいという衝動を抑え込み、言葉を投げかける。



「えっと、その……いくつか聞きたいことがあるんだけど?」


「??」



 まるで可愛いという言葉が人になったようにすら思える動きで、右手を頬にあてがい小首をかしげる仕草をする少女。



“可愛すぎだろっ!”という心の声を押し殺し、大和は少女に最初の質問を投げかける。



「初めまして、俺の名前は小橋大和だ。君の名前は?」

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