第24話 操術(2)

「さて、それじゃあ操術の三つ目。『具現化』についてだけど、これはもう放術の時にも少し触れている通り、霊力で物を形作ることなんだ。

『霊力伝導』は霊力を武器などに流し込んで強化する技術、『具現化』は霊力で武器を作る技術といっていい」


「はい」


 俺が返事すると二人も頷く。


 さきほど田沼さんの力を目の当たりにしてかなり見る目が変わってしまった。


 あれがベテラン陰陽師の霊力か。

 田沼さんの最終ランクは五段と言っていた。陰陽師としてはいたって平均。その時より落ちてもなおあの数字とは。


「具現化もいろいろな使い方が考えられるけど、例えば前に類家さんが見せたような何もない状態で鞭を出すなんていうのも放術と操術の合わせ技だ。複合術式がもうできるというのは凄いことだよ」


 涼香は褒められてまんざらでもない表情。


「ほい!」


 と、手のひらを上に向けて花束を出す。

 

「手品師じゃないんだから」


 と、俺も一応突っ込んでおく。


「うんうん。類家さんは操術が非常に優れてるね。今回は何かの技を伝授するというよりも、東京支部では皆さんにこんなものをプレゼントしています」


 田沼さんが出したのは三十センチくらいの棒のようなものだった。


「これは『鬼切丸』の柄です」


 よく見るとそれは刀の持ち手部分だ。


 鬼切丸とは鬼切安綱おにきりやすつなとも髭切ひげきりともいわれ源家相伝の日本刀。平安時代に渡辺綱わたなべのつなという武士が鬼の腕を切り落とした逸話が残っているという。

 実物は重要文化財として所蔵されているが、兵庫県にも源頼光が酒呑童子を訴ったとされる別の鬼切丸が現存している。


 そんな刀が三本?しかも柄だけ?


「あ、もちろんレプリカだよ!汎用品なんだけど、昔からこれが男性にも女性にも一番握りやすくて霊力を通しやすいって人気なんだ」


 手渡された鬼切丸の柄に霊力を流すと薄っすら刀身部分が現れた。


「木刀よりは見映えがいいだろ? コンパクトで邪魔にならないし、何度も改良が加えられているから性能もいいんだよ。値段の割に」


 最後の一言に全てが集約されているような気がした。汎用品はコスパに限る。

 俺も最近の物価高で買うかどうかの判断基準はまず値段だ。


「確かに持ちやすいし、そんなに意識しなくても刃の部分が勝手にちょうどいい大きさになりますね」


「そうでしょ。刀身の長さは変わらないように設計されているんだ。ベテラン陰陽師でもまだこれを使っている人は多いよ」


 そう考えると一生ものか。


「刀身の色が違うんですね」


 未春が自分の出した鬼切丸の刀を見て言う。


 確かに俺の刀身はグレーがかっているのに未春は水色、涼香は黄色っぽい。


「そうなんだ。何度目かの改良で色も変えられるようになってね。意識して変色することができるんだ。今は無意識に自分が落ち着く色になってるんだと思う。ちなみに…」


 と言って田沼さんは年季の入った刀の柄を取り出す。


 両手で握り構えるも、柄に変化は見られない。


「一番人気は透明なんだよ。使い慣れてくると間合いは感覚で分かるからね」


 田沼さんが刀を軽く一振りすると、数メートル先にある岩が静かに滑り落ちた。



 操術の講義が終わり、俺は早速『鬼切丸(の柄)』を試してみたくなって修練場へとやって来た。


 高校生達は新学期の準備で忙しいのか、最近にしては珍しく誰もいない。

 未春と涼香も操術の講義が終わると、明日の入学式に向けていろいろやることがあるようで、そそくさと帰ってしまった。


「一月に陰陽生の入学式をしたばかりなのに、また入学式なんて忙しないなぁ」


 といっても、一月の陰陽生の入学式は私服だったし、少し話を聞いて霊力を測っただけだが。


 模擬厄体の格納場所に着いたものの、どちらの模擬厄体を使うかで少し悩んだ。


 ちょっと前まで実力が拮抗していたのはメダリスト1。


 しかし、先日の仮免許試験で脅威度2については問題なく祓うことができた。

 始式凝術と放術の霊力操作訓練が効いているのではないかと思う。


 ってことで、メダリスト2は余裕だろうから、メダリスト3もいけるだろう。


 ジンガイにもチャレンジしたいところだが、何かあった時に助けてもらえる人もいないし、今日のところは止めておこうと思う。


 メダリストを移動モードにして俺は境内に出た。

 いつもの本殿横の並木道に着くと戦闘モードをMAXの100パーセントに設定し起動ボタンをオン。


 2を飛ばし、一気に3まで上げてしまったが、初めて未春が使った時のメダリスト2は信じられないくらい強く見えた。

 果たして俺はどれほど成長しているのか。


 俺が鬼切丸を構えると、驚いたことに模擬厄体も刀を出し構えた。鬼切丸かは分からないが刀身は白。


 そして、開始早々猛スピードで斬りかかってくる。


 それを俺は丁寧に右へ受け流す。


「攻撃手段は相手に合わせて変化するのか」

 

 霊力でできた刀身が無事に機能してホッとする俺。失敗してたら今頃真っ二つになっていたかもしれない。


 教わった通り体には霊衣を纏い、霊力回復の霊符を何枚か用意している。


 その後も俺はメダリスト3との攻防をしばらく続けた。

 剣術を習ったことはないので、とにかく当てること防ぐことだけを考えながら、刀を振ってみる。


 防御が間に合わずに何度か被弾することもあったが、現世と違いすぐに皮膚が切れて血が出たり、ましてや切断されるなどということはなかった。


 痛いには痛いのだが、霊衣のおかげか日本刀というよりは木刀が軽くあたっているような感覚だ。


 実力は拮抗していると言いたいところだが、散々戦ってきて行動パターンを熟知している上での同レベル。

 個体能力はまだメダリスト3のほうが少し上かもしれない。


 「よし。帰るか。鬼切丸の性能もだいたい分かったし」


 今日はこれから教わった『鎮宅七十二道霊符』の復習をしようと思っている。


 俺は模擬厄体を帰還モードに変更し、修練場へ戻るため歩き始めた。


 すると、向かい側から誰かが真っ直ぐこちらに歩いて来る。


 良く目を凝らして見ると、それはいつぞやの虚無僧だった。


 ゆっくり俺の前まで来ると、


 彼は


信太森しのだのもりへ』


 とだけ言い残し去って行った。

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