第52話 [怪奇譚④]

 そして、俺に追い打ちをかけるように暗殺者組織からの報告が耳につけている通信機から送られてきた。


『怪斗! 何者かによって報告書が改竄されていたみたいだ! その最上強谷は全く関係のない一般人だ! 今すぐ殺すのをやめるんだッ!!』

「まじ……」


 じゃ、じゃあ本当に強谷は嘘をついていなくて、俺が話を聞こうとしなかっただけ……。

 俺が撃ち込んだあの特殊な弾丸は、対象を反転させるもの。強谷は妖力を全く受け付けない体質だったから、そこが反転して妖力がどんどん集まっている。

 そして、元の性格……善人ということも反転されたっていうのか!


「俺のせいだ……ッ!!」


 謝っても謝りきれないな……。強谷が俺を許してくれなくてもいい、だけど!


「俺には強谷を元に戻す義務がある……!!」


 ベチっと両頬を手で叩き、己を鼓舞する。

 もう遅いかもしれない。けど、二度と強谷を疑ったりしたりしない。


「覚悟、決めたぜ」


 武器を収納し、腰を低くして構える。

 今の強谷にはおそらく物理攻撃は通用しない。妖怪たちの攻撃と、俺が使う妖術で対処するしか攻撃は与えられないだろう。

 だがチマチマと攻撃していても、ぜったいに俺がすぐに死ぬだけ。


 だから……最初っから本気で、最後の一撃だ!


「〝妖術集束ようじゅつしゅうそく〟……【虚穿理巡きょせんりじゅん】」


 人差し指と親指を立て、銃の形を作る。その人差し指にあらゆる色が混ざり合い、俺の目と同じ無色透明になる。

 周囲の空間も歪みだし、風が吹き荒れる。

 これは、俺が従えている全妖怪が使用する妖術を人差し指の先に集束させ、超新星のような威力を発揮できる妖術だ。


 不幸中の幸いにも、強谷は今俺を捉えて動こうとしている。

 俺の方はもう準備万端だ。持っていかれそうな右腕を左手で掴みながら、照準を強谷の胸に向ける。


(俺が打ち込んだアレを、そのまんまこれで根こそぎぶっ飛ばす! あとはすぐに救急班を呼んで治してもらう!!)

「戻って来い……強谷」


 俺に向かって走り出す強谷に対し、指に集束する虚空は、まるで一直線のレーザーポインターが光るかのように発射する。

 そのコンマ1秒後、視界がグニャリの歪みだし、周囲の建物がガラガラという轟音とともに崩れる。

 反動で俺の指が見るに耐えない方向に折れ曲り、激痛が走る。


「――ッ!!」


 『やったか?』なんてセリフは言っていない。けれども、俺はもう負けていた。


「ガハッ!!」


 目の前に左腕が消滅した強谷がいて、炎を纏うもう片腕で俺の腹を貫いていたからだ。激痛は、指だけのものじゃなかったみたいだ。

 一気に鉄の味が口内に広がり、意識がフェイドアウトして行く。


「ぃ……いいや……まだだッ!!!」


 強谷の頭をガシッと掴み、思いっきり額をぶつける。


「戻って来い強谷! 戻ってきてくれぇええ!!!」


 何回も何回も、脳震盪上等頭突きを繰り返した。

 強谷は腕を俺の腹から抜き、そのまま回し蹴りをしてきた。ぶっ飛ばされて壁に衝突したが、まだ意識はある。


(こ、こんぐらいまだ大丈夫……。幸いにも熱で傷口は塞がってるし……まだ大丈――)


 目を開けると、目の前には猛スピードで飛んでくる強谷の拳があった。


(あ……これ死んだわ)


 もうこれは無理だと悟った。

 心の中で強谷や色々な人に謝りながら、おれは瞳を閉じた。


「…………あ、れ?」


 いつまでたっても死なない。そっと、片目を開けると、驚きの光景が広がっていた。


「っ……だから言っただろ……怪斗! 俺は、やってないって!」

「きょ、強谷……!」


 失われていたはずの左腕で、もう片腕を掴んで抑える強谷の姿があった。その時の強谷の左目はもとの金色に戻っている。


「はぁ……まじで危なかったな……」


 ずずずと、白髪も元の黒髪に戻り、もう片方の紫色の目も戻った。


「さ〜て、怪斗。俺を散々いたぶってくれたが、どう落とし前をつけてくれようか?」

「いやその前に俺治してくれよ……! 死ぬって!!」


 こちとら腹に穴空いてんだぞ! ……いや、強谷もそれは同じか。


「はいはい、【完全治癒パーフェクトヒール】。やれやれ、疲れたな……」


 空洞だった腹は元通り。

 俺は正座をし、額を地面につけて土下座をして謝り始めた。


「ほんっっっとにすまん! お前を疑って悪かった! 許してほしいなんて言うつもりはないけど、なんでも言うこと聞いてやる! まじでなんでもする!!」

「へぇ〜? 『なんでも』かぁ……。じゃあ二つほど聞いてもらおうかな?」

「くっ……殺せ!」

「なんでオークに捕まった女騎士みたくなってんだ。お前が言い出したんだろうが」


 ふぅ、と一息吐くと、強谷は口を開けようとする。俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


「まず一つ目。妖怪とか妖術について詳しく教えてほしい」

「え、そんなことでいいのか?」

「そんなことが俺にとっては大事なんだ。……んで、あともう一つは」


 強谷がスッと俺に手を差し出してきた。

 ……? どういうことだ。


「な、なんだその手は……? お金が欲しいって感じか??」

「は? 手を出せってことだよ」

「そ、そうか……。右手か左手、どっちが欲しいんだ?」

「手が欲しいわけじゃないぞ。某爆弾殺人鬼じゃないんだし……」

「じゃあまじでどういうことだってばよ」


 俺が率直に思った疑問を口に出すと、ワシワシと頭を掻いて、こう言ってきた。


「もっかい友達として接してくれって意味だよ! なんでそんなに察しが悪いんだお前……ラノベ主人公かよ」


 目を逸らして少し頰が赤くなっていた強谷を見て、俺は『ぶふっ』と吹き出してしまった。


「何笑ってんだお前……殺してやろうか?」

「嘘嘘! まじで嬉しいから! ってか、お前の方がラノベ主人公だろうが!」


 俺は強谷の手を握り立ち上がった。


「まあなんだ、これからもよろしくな」

「おうよ!」


 久しぶりだな。心の底から嬉しいって思った瞬間は――。

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