第27話 [戦いの申し込み]

 剣道の授業が始まり、まずは防具を身につけることから始まった。俺は難なく身に付けることができたのだが……。


「強谷ーッ! 助けてェェ!!」

「やれやれ、なんでできないんだよ……」


 防具の紐に絡まった朔が俺に泣きついてきた。


「だってこんの防具紐多すぎねぇか!? 俺にできるとでも思ってんの!?!?」

「それが剣道の防具だ。ほら後ろ向け、やってやるから」

「わぁい♪ 強谷あんがと〜〜!」

「お前の情緒やばくないか?」


 朔から防具に対する愚痴を聞きながら、防具をつけてやった。コイツはちまちました細かい作業が苦手みたいだ。


「はい、じゃあ二人一組のペアを作ってくださいねー」


 もともと決まっていたので、俺は朔とペアになった。桜路が俺の方をチラチラと見ていたが、先約が朔だったからペアになれなかった。


 今日の授業は基本的な構えと、面、胴、小手の打ち方などなどしかやらないらしい。

 試合などをするのは次の時間かな。その時間に桜路とペアを組んでもらうとしよう。


「よし、朔行くぞー」

「カカッテコイッ!」


 互いに中段の構えをする。足にグッと力を込め、一瞬で距離を詰めて胴を叩いた。


「はッッや! まじで怖えーわ……」

「…………」


 朔はこの程度だったらガードぐらいはできると思ってるのになぁ。それと、。朔も謎多いやつだ。

 ひと段落ついた俺は、チラッと桜路の方へ視線を向けた。


「ふっ……!」

「ギェエェェ!!?」


 とんでもないスピードでクラスメイトが面を食らっていた。防具をつけているとはいえ、振動がとんでもないことになってそうだ。


「隙ありだぜ!」

「はぁ……」

「ギャーーッ!」


 飛びかかってきた朔を切り落とすと、朔の絶命間際の声が耳に響いた。


「お前……背中に目でも付いてんのか……?」

「こらぐらいだったら桜路もできると思うが」

「はへぇー、流石桜路さんだ。〝剣豪けんごう〟と呼ばれるだけあるな」

「あいつの異名多いな」


 授業は問題なく進み、四時間目が終わるチャイムが鳴った。


「朔、トイレ行ってくるから先教室に行っててくれ」

「んぉ、着替えどうすんだい?」

「この学園空き教室めっちゃあるから、そこで着替える」

「おけー! じゃまた後で!」


 俺はトイレに向かった。



###



 トイレを済ませた後、剣道場にはもちろん俺一人……というわけではなかった。


「……なんで帰らなかったんだ? 桜路」


 剣道場の中央には、桜路が竹刀を片手に握って立ちすくんでいたのだ。

 翡翠色の目を俺の方へ向けて話し始めた。


「実は――頼みがあるんです」

「頼み? まあ、俺にできることなら構わないけど……。どんな頼み事なんだ?」

「僕の頼み事は……」


 数秒間が空き、桜路が口を開く。


「――僕と、戦って欲しいんです」

「……なんでだ?」


 俺にとっても嬉しい話だが、俺と桜路が戦う理由が見つからない。クラスメイトになってからまともに話したのは今日だけで、接点なんかほぼない。

 どんな風の吹き回しで俺と戦おうなんか思ったのか、それを聞かないと戦おうにも戦う気力が起きない。


「……それは、諸々の事情で話せません。ですけど、僕に勝てたら教えます」

「くくく! かなりの自身の持ち主なようだな……! いいぜ、やってやるよ」


 竹刀立てから一本手に取る。


「防具はどうする?」

「必要ないでしょう。僕がしたいのは〝試合〟じゃなくて、〝戦い〟なので。……ちなみに、試合じゃないので、ですよ?」

「……へぇ、成る程」


 桜路からは魔力を一切感じない。魔法は使えないだろうけれど、独自の何かは使えるんだろうな。

 小手調べに、まずは魔法を一切使わずに戦うとするか。


「なんかいいスタート合図……お、ちょうどいい」


 ポケットを漁ると、一枚だけ小銭が入っていた。深夜徘徊した時、自販機でコーヒーを買って余ったものだ。


「これが落ちたと同時にスタートってことでいいか?」

「はい。どちらかが負けを認めたら、そこで戦いは終了……ということでいいですか?」

「了解だ」


 桜路が竹刀を構える。

 俺は小銭を指でピンっと上に弾く。宙で回転しながらそれは落下する。その最中に俺も竹刀を構えた。


 そして、小銭がチャリーンと地面に落ちた瞬間、戦いはスタートした。

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