第26話 [アイドル男の娘]

 後日、俺のクラスの中心人物は桜路唯花となっていた。俺は近寄ることなく、遠くからそいつを観察していた。


(アイツ……めちゃくちゃ強いな。今ここでクラス全員が戦っても勝てるだろうし、カオスドラゴンも余裕で倒せれるぐらい、か……)


 そんな強者の気配オーラを放つ桜路唯花の見た目は、八木林のようにムッキムキで強そうな奴……というわけではなく、パッと見れば美少女だ。

 桃色でサラサラな髪の毛と、夏の青葉のように綺麗な翡翠色の瞳をしている。俺から見て左のもみあげだけ伸ばしており、そこを目と同じ翡翠色の組紐を蝶々結びで縛っていた。

 大きい目に長い睫毛、低い背に高い声。女子にしか見えないが、男。俗に言う〝男の娘〟というやつだ。


「強谷〜、天使でアイドルな唯花ちゃんに熱い視線を送っていますなぁ〜〜?」

「朔だって今の今までガン見してたじゃねぇか。ってか、アイドルなの?」

「学園でアイドルだよ。だってさぁ、二次元から出てきたみたいに可愛いじゃん? たまに『本当に男か……?』って俺思うしね」

「フーン」

「興味なさげだなぁ……。さて、俺もアイドルとお話ししてきますかねぇ。ギャイ〜〜ン」


 朔は謎の擬音を使いながら唯花の元へ向かう。俺も桜路に興味はあるが、その興味の矛先は強さだ。

 戦えないなら普通のクラスメイト、普通に接するまでだな。


 頬杖をつき、ぼーっと桜路を見つめていると、俺の試験に彼が気づいてこちらを見てきた。

 そして、ニコッと微笑みながら手をフリフリした。


(成る程な……。あれがアイドルと呼ばれる原因か)


 行動の一つ一つが、どこか小動物っぽさがあるようだ。

 俺も静音のようなポーカーフェイスで桜路に向かって手を振ってみる。するとなぜか、俺の元へトコトコと近づいてきて、真横に立って話しかけてくる。


「最上強谷くん……ですよね?」

「もちろん」


 そうだった。こいつは誰にでも敬語を使うんだったな。昔からの癖だとかなんだとか言っていた気がする。


「今まで気づかなかったけど、最上くんってなんか……かなり化け物ですね」

「褒め言葉として受け取っておくよ。そういう桜路も、大概化け物だと思うけどな。あ、優勝おめでとう」

「えへへ〜、ありがとうございます!」


 強い奴は、相手の力量を見定めるのが得意だ。だから、俺が並以上の実力の持ち主だということがわかったんだろう。


 数分桜路と雑談をしていると、先生がやってきたので解散となった。

 桜路は結構いい奴というか、めちゃくちゃいい子だった。


「強谷〜、クラスのアイドルを奪うつもりかぁん?」

「奪うつもりないって」

「な〜んか俺の未来予知が当たる気がするんだよなぁ」


 やれやれと思いながら、朝のHRホームルームを聞き流し、一時間目の授業に突入した。

 俺が黒板を見る時、ちょうど視線上に桜路がいるのだが……爆睡していた。

 クラスメイトたちは起こそうとせず、寝顔を眺めながらニマニマしている。先生も咎めることなく授業を進めている。


「なんで誰も起こそうとしないの……?」


 朔に俺の疑問を投げかけてみた。


「いやいや、そりゃ寝顔が可愛いからだろ」

「お前に聞いた俺がバカだった」


 まあ、剣道の大会で疲れているだろうから、そっとしておこうということなんだろうな。



###



「モガミん〜ッ! 次は体育だよ〜?」


 三時間目が終わり、次の授業が終われば昼飯の時間。朝見かけなかったソフィが俺の元にやってきてそう伝えてきた。


「お前、朝なんでいなかったんだ?」

「……寝過ごしてました」

「ああ……そうか」


 寝過ごしている姿が鮮明に想像できるな。


「モガミんは体育の種目選択何にしてたっけ?」

「俺は確か――……あれ、なんだっけ」


 だいぶ前に種目選択して、時間が経過したから忘れてしまった。


「強谷は俺と同じ剣道だぜェ〜?」

「朔」


 肩をガッと組んできた。


「そういえばそうだったような気がする」

「強谷、俺と組もーぜ?」

「お、容赦しないぞ?」

「あたしもモガミんと一緒に剣道したかったなぁ……。そんでもって竹刀でビシバシと……キャ〜〜!」


 ソフィが突然奇声を上げた。蔑んだ目で見つめたらさらに奇声をあげて教室から立ち去った。


「ソフィ、アイツ……大丈夫かなぁ?」

「なんか最近変わったよな? 強谷と関わってから?」

「俺は何も知らん」


 俺はしらを切り、体操服に着替え始めた。

 学園の敷地内にある剣道場まで向かう途中、再び朔に質問をした。


「そういえば、桜路も剣道か?」

「そうだったぜ。得意分野で成績も取りやすいだろうからな」


 これはチャンスだな。桜路の実力を間近で見させてもらうとしよう。

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