第7話 [ロックオン]

 俺が「大丈夫か?」と声をかけたが、やはり無表情のままだった。だがちゃんと聞こえているらしく、応答はしてくれて、初めて声を聞いた。


「ん……だいじょぶ。嬉しかった、ありが」


 ピョコピョコとアホ毛が嬉しそうに跳ねている。どういう原理だ。魔法か?

 表情筋がない代わりに、アホ毛筋(?)が発達しているようだな、と自分に言い聞かせた。


「こんなに夜遅くに出歩くもんじゃないぞ。夜は危険だからな」

「塾行ってた……。そういうあなた、ここで何してる?」

「え? 俺は――」


 『趣味の深夜徘徊をしてました』が俺の答えだな。……あれ、俺って不審者じゃね?

 嘘はつかず、本当のことを言うとしよう。


「夜の街が好きだから散歩してた……みたいな?」


 嘘はついていない。言い換えただけだ。少しばかりフィルターをかけさせてもらったがな。


「! わかる……! 夜は、良い」


 少しだけ紅玉ルビー色の目が大きくなり、アホ毛がさらに激しく動き始める。


「好きなのはわかるけど、やっぱり夜の街は危険があるからあまり出歩かない方がいい。……一人で帰れるか?」

「ん、帰れる……。けど、お礼……」

「大丈夫だ。通りすがりに倒しただけだし、あんな状況だったら誰でも助けてるだろうしさ」


 正直あんな奴ら、敵と言うにはあまりにも弱すぎたし、戦いにすらなってなかったからな。

 こんなのでお礼をされるわけにはいかない。


「じゃっ、俺はこれにて。おやすみなさい」


 タッタッタッ、と走ってその場から立ち去った。



###



「…………行っちゃった」


 アホ毛がしょぼんと下に向かって垂れる。

 ご存知の通り、彼女の名は九条静音。彼女は、日本でもナンバーワンと言われているほどの帝王学院に首席で入学した天才である。

 さらに、家の総資産額は100兆を余裕で超えているお嬢様でもあるのだ。


「でも、あのジャージ、私の学園と同じ……。お礼、できる……!」


 相変わらず無表情だが、アホ毛はユラユラと、炎が揺れるように動いており、やる気が上がっているようだ。


「……にしても、あの人は不思議。普通、私の胸とか顔見るのに、目見てくれた……」


 その容貌とお嬢様という理由で、金を手に色ようとするものや、肉体的な関係になりたいと思う輩共が多数だった。

 だからこそ、しっかりと目を見て、心で会話をしている感覚が、彼女は嬉しかった。


 ――しかし、彼女はそれだけではく、違う感情も抱いていた。


「なんだかあの人……不思議。あの人は――


 抱いたのは〝疑問〟。

 数多の人間と関わってきた彼女の勘は鋭く、常人には持ち得ないを強谷から感じ取っていたのだ。

 強谷が持っている〝前世の記憶〟や〝魔力〟、そしてそれ以外……。それを彼女は直感的に感じ取っていた。


 ――〝知りたい〟。


 彼女が率直に思ったことだった。


「絶対見つけ出す……。さっきの私は奥手、次はガンガン行く……!」


 ふんっ、と可愛らしく鼻息を吐き、犬の尻尾が揺れるようにアホ毛を動かしている。

 決意した彼女であった。



###



「――へッックション!! ずずっ……風邪か? いや、状態異常耐性もあるからありえないか……」


 妙な寒気が背中を走った気がするが……気のせいだろうか。


 今現在、またヘッドフォンで音楽を聴きながら帰路を辿っている。

 明日は記憶が戻ってから初めての学校だから、風邪を引くなんてことがあってはならない。風邪を引いても無理矢理魔法で治す。


「楽しみだなぁ……!」


 明日の学校が楽しみだと切実に思った。


 ――だが、強谷は知らなかった。

 彼女――九条静音は見た目とは裏腹に、探究心が物凄く強く、狙った獲物は逃さないということに。


 さらに、その学園にというこもは、この時の強谷はまだ知らない。

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