十七口目 モンスターファーム⁉

 ……どこ◯もドアって実在すると思うか?


 きっと諸君は「突然何の脈絡もない事を言い出したな」と思うだろう。

 理由は不明であるが認証システム搭載型の鉄扉が解錠され、追いかけっこの勝者となった俺は間違いなく建物の中に入った。


 しかし、その喜ばしい結果とは対照的に、少なくとも今の俺の心境としては、大人しく門番に捕まっていた方がいくらかマシだったような気がしているのだ。


 先程の質問だけれど、俺は実在すると思ってる。

 いや正確には、この〈モンスターファーム〉と呼ばれる小屋に入った時点でその存在を認めざるを得なくなったという表現が正しいかもしれない。


 何故なら、門番から逃げ切った俺は鉄扉とびらを通ってから。


 草原を照らす陽の光線。風に吹かれて揺れる木々。

 頭上の碧空へきくうには、綿菓子のような雲が浮かんでいる。


 もっと言うと、遠くに見えるは肌を焦がす程の灼熱しゃくねつの太陽、更には雷雨が海水面を激しく殴り、吹雪が天地をてつかせている。


 ……え? 意味不明な事を言うなって?


 残念ながらそいつは無理な注文だ。

 だって、この場にいる俺ですら何一つとして理解できていないのだから。


「な、何だよ……これ……」


 眼下の景色を見て思わずそんな声が漏れる。


 崖の上に立った俺の目に飛び込んできたのは見渡す限りの大自然――。

 密林、渓谷けいこく、大海原、砂漠、雪山、古代遺跡、その他諸々もろもろ何でも来いの多彩なバイオームであった。


 それに加えて天気もてんでバラバラで、快晴、雨、霧、雷をはじめとした千姿万態せんしばんたいの空模様を一度に観測することが可能である。こりゃあ気象庁もびっくりだよ。


 そして何より――


「……っ⁉」


 目の前を横切る、翼を生やした大型のトカゲ。

 俺の故郷では架空の存在とされているその生物が、大気を震わす咆哮ほうこうを上げて彼方かなたへと飛んでゆく。


 ――そうです、ドラゴンです。


 そいつは己の存在を強く認識させるかのように俺の眼前を悠々ゆうゆう飛翔ひしょうしており、今にも俺に向かって突進してくるのではないかと気が気でない。


「はぁ……ダメだ。一旦、とりあえず外に出よう」


 聞いたことのない鳴き声があちらこちらから聞こえてくる。この場所にとどまる行為が愚昧ぐまいであることは明白であった。


「だって、俺は被捕食者くわれる側の動物だし」


 ボタボタボタッ――。


 突然、来た道を引き返そうとした俺の頭に大量の液体が降りかかった。

 雨ではないし、水にしてはみょう粘着質ねんちゃくしつだ。加えて、生暖かい風が一定のリズムをきざんで背中に当たっている。


 うーん……何やら嫌な予感が……。


 年季の入ったブリキの玩具おもちゃのように、俺はぎこちない動きで後ろを振り向いた。


「こ、こんにち……ワン?」

「グルルルルルルル……」


 肉食動物特有の威嚇いかく声。

 そこにいたのは犬ちゃんではなく、猫ちゃんだった。


 大きな牙をたずさえたその巨大な猫は、約三千万年以上前にいたとされる剣歯虎けんしこというグループによく似ている。平たく言えば、サーベルタイガーである。


 そいつは大量のよだれを垂らしながら、るような鋭い眼光をそそいでいた。この様子を見るに、お腹を空かせていたところに偶然オレが居合わせたのだろう。


「グルルルル……」

「あはは……どうも……」


 肉食に適化した鋭利な歯を持つ獰猛どうもう狩獣ハンターと、非力な牡鶏おんどり


 これまでとはけたが違う絶望的な危機的状況にあることは誰の目にも明らかで。そうなると益々悪い想像ばかりがふくらんでゆく一方であった。

 でも、鶏だけでなく人間とも会話出来たのだから、もしかすると他の動物とも話せたりするのではなかろうか。


「か、カッコいい牙ですね! ああ、ほんと憧れちゃうなあ……兄貴って呼ばせて貰っても良いですか?」

「グルルルル……」

「え、本当ですか⁉ 有難うございます! じ、実は出口を探していまして……ご存知だったりします?」

「グルルルル……」

「そ、そうですよね、知らないですよね! そそ、それじゃあ自分で探してみるのでお先失礼しますね!」


 そう言って俺が右に三歩移動すると、虎もまたゆっくりと横に動いてそれをさえぎった。くそぅ、厄介な客引きキャッチみたいなことしやがって。


「ど、どうしました……? 自分なんかが兄貴の時間奪うなんて恐れ多いというか」

「グルル……グルルルル……」

「ひいっ⁉」

「グルルルルルル……ガウッ!」

「ひいぃぃぃぃっ⁉」


 兄貴こと野生の虎は牽制けんせいするように軽く一吠えしてから、ぺろっと舌めずりをした。


 やめて、ワタシに乱暴する気でしょう⁉ 養鶏農家みたいにっ!

 ……このままでは全国の皆様にお届けできない光景が展開されてしまうぞ。


 柔らかい肉をチョメチョメされ、したたる赤いチョメを吸いチョメされ、骨の一本一本までしゃぶりチョメ尽くされチョメてしまう。そして残した部位を持ち帰り、子供も加わって複数でのプレイが始まるのだ。


『とりから⁉ ~異世界ゲームの初期化は鶏からスタート⁉︎ 下僕と零化士のRe:Quest〜』


 ――完――


 ……ってダメダメダメ、絶対ダメ! ここで終わったら色々な意味でダメだから!


 この世界に転生してから六時間三十七分十八秒――。

 鶏に転生したけれど、ひと夏の甘酸っぱい思い出とか、二人で過ごす青春の日々とか、他にもやりたいことは沢山あるのだ。それが僅か七時間足らずで完結してしまうのは絶対に嫌だ。


「……お前、俺をただの被食者にわとりだと思うなよ」


 魂の底から燃え上がる闘志とうし

 それは徐々に全身にみなぎり渡り、あふれ出して一つの大きな塊となる。


 俺は周囲を見回して、この状況に対抗する手段を探す。

 決して逃げる為ではない。立ちはだかるてきち、この小さな翼で勝利をもぎ取る為だ。


 相手は剣歯虎。俺の背後は断崖絶壁。足元に転がる大小様々な無数の岩石。


「スケスケだぜ……勝利の方程式がなあ!」


 俺は地面に転がっていたこぶし大の石を二つ手に取って、ゆっくりと崖の端すれすれまで下がった。


「グルルルル……!」


 対する虎は前傾姿勢で背中の毛を逆立たせ、瞳孔どうこうを針のように細くし、長い尻尾を興奮で丸くした。所謂いわゆる臨戦態勢ファイティングポーズである。


 一瞬、時が止まったかのような静寂が身を包む。

 そして再び世界に音が戻った時、虎は低く不気味なうなりを発し、勢いよく後脚で地面を蹴った。


「グルァァァァアアアァァウッ……!」


 ひと跳びで距離をゼロにするすさまじい跳躍力ちょうやくりょく

 空中で大きく口をけた虎の二本の鋭い牙が、たたずむ俺の肉体を貫通する。


「……なんて事にはさせねえよ!」


 俺はスライディングのような格好で虎と地面の間を滑り抜けた。

 そしてすぐに態勢を整え、着地した敵がこちらを振り向くと同時、


「これでも喰らえっ!」


 俺は持っていた石を一つ、虎の左胸に向かって思い切り投げつけた。


「ガウルッ!」


 が、相手は百戦錬磨ひゃくせんれんま狩獣ハンター

 バランスを立て直す前であっても、素早く右斜め後ろに跳ぶことで、風を切る石ころを難なくかわした。


 だけど――


「……後ろ、大丈夫かい?」


 ここで思い出してほしい。

 俺が先程まで立っていた場所が、数歩歩くだけで真っ逆さまに落下してしまう断崖絶壁である事を。


「グラウッ⁉」


 突然に後脚の足場を失った虎は滑り落ちるように崖下へ。

 しかし、ご自慢の長い牙と鋭い爪を岩場に食い込ませて、ギリギリのところで耐えている。


 どうにか崖を登ろうと後脚をしきりに動かしているが、指はむなしく崖面をけずるのみである。


 前世で読んだ古代生物図鑑によると、牙状の長大な上顎犬歯じょうがくけんしは骨をくだくだけの強度を持っていなかったとされている。仮にこの説が正しければ、硬い岩石にぶつかるなどして簡単に折損せっそんしてしまう訳で。


「……できれば俺の手でケリをつけるのは避けたかったんだけどな」


 そう小さくこぼし、俺は必死に耐える虎の側へ歩み寄る。

 そして、持っていたもう一つの石を大きく振り上ると、そのまま力任せに敵の牙に打ち付けた。


 バキンッ――


 途端、鈍い音が鳴って剣歯虎は悲鳴と共に深い崖の下へと、あっという間に吸い込まれていった。俺は背を向け、目をつむる。


「……ごめんな」


 俺は一際ひときわ大きく深呼吸をすると、おもむろに目を開き、出口を探して森の方へ駆け出した――。


「……ガルルルル」

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