第45話 勇気ある一曲

龍一にとって、珍しく静かな日々が続いた。

静かと言うのは龍一にとって害悪な日々が無いと言う事。

しかし、学校では依然として話す人間は吉田とクズ組だけ。

それも含めて静かなので、ずっと変わらず寂しさはあった。

自分は自分、寂しさと言う感情なんかないと思っていた龍一だが、授業で先生に当てられても誰一人囁いて教える者はおらず、『わかりません』と答える度にニヤニヤと口を押え、クスクスと聞こえる笑い声をあげるクラスメイトに嫌悪感よりは、寂しさを抱くのだった、そして笑うんじゃないとも言わない先生。

先生の質問に答えられたらみんなの態度は違うかもしれない、先生も褒めるのかもしれない、別に褒められたいとも思わないが、問題なのは答えられない自分の頭の悪さ、勉強不足、だから自業自得なんだと自分に言い聞かせることで自分の心を鎮めていた、そう言う意味での静けさもあった、いや、静けさを保つようにしていたと言うべきかもしれない。


しかしいつからだろう、クラスから孤立したのは…と、ふと思う。


だが龍一にはどうでもよかった、あと少しでこの孤独とさよならできるのだから。きっと卒業したら世界が変わる…そんな希望を抱いていた、進路もまともに決まっていないと言うのに。


修学旅行が近づくと学級会で色々な事を決め始める。

旅のしおりづくりの話が出て、イラストを入れようと言う話になったが、四天王の一人である龍一に声がかかる事は無かった。

もっとも頼まれてもどんな顔して、どんな返事をしたらいいのかわからない。クラスとの確執はもうそんなところまで来ていたのだ、龍一にとっては正直頼まれない方が楽なのだ、あんな思いはしたくない、そう思って描く事をやめたたのだから。


バスの中で歌を唄うらしく、人気のアイドルの曲が生徒達から次々と挙げられていった。洋楽しか聴かない龍一にはそのアイドルは誰なのかすらわからなかったので、曲を挙げる順番が回ってきても授業と同じで『わかりません』と言うしかなかった。皆の対応も授業と全じ様なもので、さっさと次の人に順番が回って行った。だが授業のそれとは若干違和感があった、それは素っ気なさ。


そのあまりに素っ気ない態度が妙に心に刺さった。素っ気ない態度と言うのは、取られた方は違和感にも似た不安感を抱く事に気が付いた。


知らないと言う事はそんなに罪な事なのだろうか、正直にわかりませんと答えたのに…龍一は違和感と不安を感じるのだった。


家に帰ると龍一は自分の部屋で歌番組を観た。


知識がゼロよりは良いだろうと思い、バスで唄う曲が何なのかくらい学ぼうとした。クラスで龍一に寄り添う者は殆ど居ないと言うのに、龍一は少しだけ寄り添う努力を陰でするのだった。


修学旅行の日がやってきた。


二泊三日で東北方面へ向かう。

しおりを見たが殆ど弾丸ツアー、どこの学校も同じだろうが、スケジュールがギュウギュウに押し込まれ、ゆっくり見学するようなものではない、こんなスケジュールで一体何を学べと言うのだろうか、だったらそんな中途半端な見学をせず、その土地で自由に遊ばせる「思い出旅行」にしたらいいのにと感じた。龍一は見た目や言動とは違い、古風な一面を持っており、お寺・仏像・観音様・古墳、発掘現場や当時の再現現場、そう言ったものを見て感じるのがとても好きだったのだ、そんな龍一にとっては「しおり」を見て直ぐにがっかりしたことは言うまでもない。お小遣いを貯めにためて買った通称バカチョンカメラを握りしめ、せめて写真に収めて来よう…そう思うのだった。


目的地まで半日以上を費やす修学旅行は長いバス移動となった。

二泊三日だから近場になるのはしょうがない事だが、飛行機を使えば龍一の街の空港から2時間もあれば東京へ行けると言うのに、大人の事情でこんな小旅行なのだろう、そんな事を考えながら窓の外を見ると、『飛行機ならもう東京着いてるよな!』クラスの誰かが同じことを大声で言って先生に拳骨を落されていた。『声に出すからだ、バーカ』龍一は声に出さずに声を出して叱られた生徒を声を出しそうになりながらぐっとこらえて、声にならない声でボソッと言おうとしたが半分は呑み込み、声を出さずにニヤリとするのだった。


ここで歌の時間が始まった。

バスの中であらかじめ録音されたアイドルの曲に合わせて全員が歌い出した。龍一にとっては苦痛でしかなかったが、長いものには巻かれるのも大事な事と思い、しおりの歌詞のページを開いて口だけをパクパクさせるのだった。

3曲歌い終わると、事もあろうに個人で唄える人を集うアナウンスをバスガイドが言い放った。『このクソガイドが余計な真似すんな、面白半分で俺に回ってきたらどうすんだ』そう思い、頭を低くして見えないように前の座席と同じ高さを保って隠れた龍一だったが『それでは後ろから三番目の窓側の彼!』と言い出した、まぎれもなくその位置は龍一だった・・・「なんたる失策であることか!」頭を低くした瞬間をバスガイドに見られ、隠れたことを見抜かれたのだ、昔読んだ井伏鱒二『山椒魚』を思い出した。バス内でクスクスと笑いが聞こえてくる、しかし龍一はここでいつもの『わかりません』と同じように『唄えません』と言うのは違う気がしてならなかった。そうこうしているうちに前の席の藤枝からマイクが回ってきた。


『断れよ、桜坂君』


『いや、やってやるさ』


そう言うと龍一は鼻で深く息を吸い込み、実はちょっとロカビリーっぽい楽曲が気に入って練習していた曲をアカペラで唄い出した、こんなこともあろうかと。


『ちっちゃなころから悪ガキで~15で不良と呼ばれたよ~』


『お?』『え?』

バス内がざわめく。


それは人気絶頂のチェッカーズの楽曲・ギザギザハートの子守歌。

最初はおっかなびっくりの唄い出しだったものの、もう行ったレ!と思った龍一は徐々にエンジンがかかり、サビではすっかり声も出ていた。


『あっあ~わかってくれとは言わないが~』


するとクスクスと笑っていたバス内は一瞬静まり返り、サビの部分では一緒に唄い出す生徒迄現れた。二回目のサビではもう大合唱で、バスガイドさんまで一緒に唄う始末。大盛り上がりで終った龍一の唄のあと、『ありがとうございました』とお礼を言った龍一に対して大拍手が巻き起こった。龍一には何が起こったのかわからなかったが、手の平を返したように皆が『桜坂うめぇし!』『桜坂君いい声!』『うまい!』『めっちゃ盛り上がったね』と口々に龍一を褒め称えたのだった。

勇気ある一曲が龍一の周りを変えた瞬間だった、もちろん学校行くとどうなるかわからないが、少なくともみんなと一緒の修学旅行と言う気持ちにはなった。


クズ組も龍一に対して親指を立ててグーサインを送って笑った。


その後も勢いがついたのか、生徒が次々と唄い出し手拍子したり一緒に唄ったりして大盛り上がりのバス移動となった。


龍一は嬉しさもあったが、チェッカーズって凄いなと感じ、心の中でチェッカーズにありがとうと呟いた。


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