第44話 テレビがついた日

吉田との日々を過ごしているうちに、周りの嫌な事に目が行かなくなってきた龍一。それは住む世界が変わってきたような感覚だった。

『あ、こんな生き方があったんだ』ふと呟く龍一。

中学生のクセに生意気ではあるが、その台詞を言っていいほど龍一の心は荒んでいたので、嬉しさ故に出たその一言は誰もが許してくれるだろう。


誰かが言う、辛いのはお前だけじゃない。


辛いのはお前だけじゃない?だからなんだ?我慢しろとでも言うのか?誰かわからない世界中の誰かも辛いのだから我慢しろと、そう言いたいのだろうか?そりゃ一体誰の事だ、会った事もない辛い人の為に自分が我慢しなくてはならないのか、それでその会った事もない人が楽になるのか?救われるのか?じゃぁ俺は?俺は誰が救ってくれるんだ?会った事もない世界の反対側に居る人か?そういう話ならいつその人は我慢してくれるんだ?そいつが我慢しないから俺はずっとずっと救われないってことだろ?いやまて、そんなのはおかしい、そのシステムで行くと絶対救われない人が一人出る…あ、そうか、それが俺なのか…そんな事を思った夜もあった、でも今はよく眠れている、それだけでも龍一は救われていると言うのに最近では腕に傷もない、なんたる大きな一歩なのか誰もわからない事だが、もう一人の龍一だけは龍一を少し微笑んで見つめるのだった。


何事も無く月日が流れ、龍一に絡むヤンキー達もいなくなったので、クズたちと買い物に行くことにした。この場合のクズは愛情込めたクズ、つまりクズ組みとの久しぶりの行動だ。学校から帰ると龍一は着替えて家を出た、最近では母親もうるさく言わなくなったので動きやすい、恐らくだが担任の教師と連絡を取り合い、ここしばらく問題を起こさなくなったことによる安心からなのだろう、それだけでおとなしくなるのだから大人は単純だ、俺の心なんか1mmも知らないくせに、問題を起こしていないのではない、問題に巻き込まれなくなっただけだ、そう思いながらある程度歩を進めると目立たない場所でマルボロに火をつけた。


そよ風に流される煙草の煙を見つめると落ち着いた。


中本の家に到着すると一瞬だけ驚いた。

『小屋…?倉庫…?』

見た目が小屋のようなたたずまいだったのだ。

とは言え人の家だ、笑いもしなければ引きもしない。

いや正直言うと少し引いた龍一。

呼び鈴も無いのでドアのようなところを2回ノックすると、板の端切れが一枚落ちて来た。『そこ壁なんだよ』家の陰から出て来た中本がそう言って笑った。

誘われるがままに家族が作った様な粗末な扉をくぐると、玄関と居間が同じ高さにっており、白だったであろうペンキの四角の中で靴を脱ぐように言われた。整然としているがどう見ても中身も小屋だった、広さにして8畳くらいだろうか、ボロボロを通り越してボロンボロンの2人掛けのソファーは元が何色かわからない、良く魚屋で観るような木の箱をくみ上げて作ったベッド、テーブル。ストーブは薪ストーブで、それだけは目新しかった。


『家族は仕事してるの?』


大人であれば察して絶対的に聞いてはならない事を龍一は聞いた。

中本は『ゴミ拾って売ってる、家で使えるものはここで使ってるけどね、俺は新聞配達して月3万くらいの給料全部家に入れてるんだ』そう答える中本の顔は笑っていた。


『お前の部屋は?』


『そこ』

中本が指さした先にはひっくり返した木の箱の上に板を一枚置いてあるだけだった。


『そこに座って勉強するんだ、板を敷かなきゃノートに穴が開いちまうんだよ、あはははは』


龍一はなんだかわからないけど胸が苦しくなった。


誰かが言った、辛いのは自分だけじゃない。


ふとこの言葉を思い出し、自分以外の辛い人に出会った気がして、今言葉を発したら涙がこぼれ落ちそうな気持になった。だがどうだろう、今の中本からは悲観的な言葉は出て来ず、むしろなぜこんなに明るいのだと不思議な気持ちにもなるのだった。


『なんか、大変そうだな』


『大変だよ、だから中学卒業したら定時制に行って昼間は働こうと思ってる、んで初任給でテレビ買うんだ』


『お前、スゲーな、カッケーよ、あ、今日買い物やめてお前んちで使えるもの探しにゴミ捨て山にいかねぇ?』


『え?そんな事考えたこともなかったよ、自分で見つけてくるっていい考えだね』


そこへ三浦と藤枝が到着した、来慣れているようで当たり前のように忍者扉の様な玄関から入って来た。

『なぁ今日中本の家で使えるもの探しにゴミ捨て山に行かないか?』


『あ、それ面白い!』


『宝さがしみたいでいいね、いこういこう』


龍一の提案に皆が賛同し、宝探し部隊はゴミ捨て山に向かうのだった。ゴミ捨て山は龍一がタカヒロとよく煙草を吸っていたエロ本通りの裏にある。中本の家からはそう遠くはない距離だった、ゲームの話をしながら歩いているとあっという間にエロ本通りに到着した。両手両足をフルに使わないと登れない崖を登ると山の頂上に出た、裏側を見下ろすと廃車がずらりと並び、その奥の一角には明らかに家電と思われるものが綺麗に積み上げられていた。周囲を良く見まわすと小さな小屋が1つあり、この廃品場の管理人が居る場所だと推測した。4人はしゃがんで身を隠すと作戦を練った。


『正面からの侵入は難しい、ほら、ゲートがあるだろ?高さは2メートルはあるぞ』


『よじ登ってる間に見つかるかもしれないね』『うん』


『全体がフェンスで囲まれてる』


『これじゃたくさん運び出すのは難しいね、中本は何が欲しい?』


『テレビ』


『電気通ってるのか?』


『電気くらい来てるよ、お父さんが電信柱から線引っ張ってきた』


『それ違法!』『それ泥棒!』

『まぁまぁ来てるなら観れるんだからいいじゃねーか』


4人はフェンスに隙間がある所を見つけて、そこへ移動した。

確認すると藤枝と中本以外は通る事が出来ると分かったので、藤枝と中本は見張り役に決定した。

龍一と三浦はフェンスの隙間を抜けてすぐ横の廃品を漁り始めた、やや暫くゴミを掻き分けてテレビを探していると恐ろしい顔をした犬が現れた。恐ろしい顔、それは怒っている顔と同時に顔半分が腐って左目が白目になっており、ヨダレではない色の液体を口から垂らしながら血の涙を流していたのだ。


危険を感じた龍一は静かに金属の棒を一本ゴミの山から抜いて、三浦をゆっくりとフェンスの外に出るように促した。犬は龍一を睨んで微動だにしない、だがその唸りはバイクのアイドリングの様だった。

龍一がゆっくり下がると、腐った汚い犬がもう3頭集まって来た、龍一は心の中で『来るな、殺すぞ』と強く強く念じ、最初の犬を睨みつけながら後ずさりした、恐らくその犬がボスだと思ったからだ。


龍一の与えた恐怖のオーラが勝ったのか、襲われることなくフェンスを出た龍一。結局冒険しただけだったなと笑いながら山を下りると、リヤカーに廃品を山ほど積んだおっさんが、タイヤが段差を抜けられなくて難儀している所に出くわした。


『押してやろうぜ』


龍一の声掛けで4人でリヤカーを押すことにした。

廃品を山ほど積み上げたリヤカーは中学生4人が押してもなかなか動かなかったので、藤枝が前に回っておっさんと共に引き上げると脱出に成功した。


『ひーーーー』


と言いながら4人で座り込むと、おっさんが寄って来た。

『助かったよ、今時の若い子にしては珍しい優しい奴らだな』


『いえいえ、良かったっすね』『どんまいどんまい』

『ノー・プログラム』『プロブレムな!』

『ははははははは』


バカ言って笑ってる4人に対し、おっさんは

『ゴミだけど使えると思うよ、なんか1つやるから持ってけ』と言った。


『え???テレビあります???』

龍一が即座に聞いた。


『テレビは良い値段で売れるんだけど助けてもらったからやるよ、持ってけ!』そう言うと15インチ程の小さなテレビを龍一の前に置いて、おっさんはリヤカーを引いて立ち去った。


『まじか!!!』『わらしべ長者!』『桜坂君のおかげだよ!ありがとう!』

『待て待て、喜ぶのは写ってからだ!』


15インチとは言え、ブラウン管テレビなので中学生が運ぶにはなかなか重い、交互に順番で持ちながら中本の家に辿り着いた。


コンセントにテレビの電源を差し込んで、スイッチボタンを引っ張るとテレビから音がして、チャンネルをガチャガチャと回すと画面が映った。


その瞬間、中本が声をあげて泣いた。


『うわーーーーーーーーーーーーーーーーーん』


余程嬉しかったのだろう、どんなに今まで我慢していたのだろうか。

どんなにテレビを見たかっただろうか、

価値観は人それぞれだが、テレビのない生活は、

中学生には地獄に近いものだったに違いない。

その積もり積もった感情が今中本を爆発させたのだろう。


釣られて藤枝、三浦も泣いた。

それを見て龍一も一筋の涙を流した。


テレビがあって当たり前の世の中、何年テレビがない生活をしたんだろう、テレビが映って号泣する程嬉しいなんて自分にはわからない感情だった。

でもギャンギャン泣いている中本を見ていると分かる様な気もする。

いや、わかりはしない、わかるはずがないのだ、それは本人ではないから。

でも感じる事はできる、その嬉しさを、その喜びを。

感じてあげる事、それが共感だ。

今、龍一は中本の気持ちに共感出来て泣いている、それが現実。


誰かが言っていた、人の気持ちなんかわかるはずがない。


そんなもんわからなくていい、わかるはずがないんだ、

そうじゃない、わかろうとしてその人に寄り添えるか否かが大事なんだ。


龍一はテレビに感激する中本を見て、少し楽になった気がした。

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