#03 あいつの幸せ




ん……あれ?

ヴェロニカ?

どこに行ったんだろう?



いつもは寝相が悪くて、俺の布団に転がってきているんだけどなぁ。



「ヴェロニーーーッ? み〜〜〜〜う〜〜〜?」



いないのか。

まったく好きなときに来て、気づけばいなくなるなんて。

猫みたいなヤツだなぁ。自由気ままというか。



「どうしました? オタク野郎さん?」

「うぉッ!? びっくりした……ああ、半グレ。えっと、ヴェロニカがいなくなったんだけど……って」



いきなりベランダから顔を出して「こんにちは」してんじゃねぇよ。寝起きにその顔は心臓に悪いんだよ。って、なに当たり前のように覗いてんだよ。いつからそこにいるんだっつうの。



「ああ、朝方……3時過ぎに血相を変えて出ていきましたけど?」

「……なんだろうな」

「女心は分からないもんですから〜〜〜」



俺……寝ている時になにか悪いことしたっけ。

寝ぼけて胸を揉んだとか。尻を触ったとか。

それで……。



な、なにしてるのよッ!! どさくさに紛れて痴漢の真似なんてして。

ほっっっとに変態なんだからッ!!

もう愛想が尽きましたッ!!

金輪際1メートル以内に近寄らないでくださいッ!!

だいっきらいッ!!

帰らせていただきますッ!!




うわああああああああん。




きつい。それ、本当にきつい。

しかも、夢か現実か分かんねえけど、柔らかい感触を覚えているし。この手が。

この手め!! この手が悪いんだッ!! 俺は何も悪くないッ!!



…………。



もしかしたら、本当に胸を揉んだのかもしれない。

まずいな〜〜〜ああ、それはまずい。




「とにかく、オタク野郎さん、七家なないえ社長が会いたいって」

「え? な、なんで俺に?」

「さぁ。話したいことがあるとか」

「分かった」



このタイミングだし、嫌な予感しかねえよ。

っていうか、そんなことよりもヴェロニカのことが心配だ。

……俺悪いことしちゃったのかな。



「あれ、オタク野郎さん、なにかテーブルに手紙みたいなの置いてないですか?」

「え?」



確かにテーブルに何か手紙のような———うああああああ。



「なにしてんすか。コーヒーぶちけちゃって」

「……の、飲みかけのコーヒーか。まさかカップの中身が入っていたなんて」



ああ、それよりも手紙が……ッ!!!



『ハル……。…………出……………す。………………‥………悔しくて切ない……………………死…………………てね。……………………を………』





読めん。大部分が染みになっちまったな。

でも解読してみるか。



ハル。出ていく? 悔しくて切ない? 死ぬ?

なんだか分かんねえけど、とにかく怒ってない?

悔しくて切ないっていうのと、死ぬってちょっと普通じゃないような?

やっぱり俺、寝ている間にやらかしたんだな……とりあえず、ヴェロニカに電話して……。



てんてんてててんてーん♪



おっかしいな〜〜〜脳内で電話の鳴る音がヘビロテしているけど。

幻聴のように響いているわ……。

って……スマホ置きっぱなしじゃないかーーーーーいッ!!



忘れんなーーーーーッ!!!




……やっぱり怒っているのかな?

あれ、もしかして七家さんに呼び出された理由って……。



お前が可愛い妹分の胸を揉んだ男か。蒼乃春輔あおのしゅんすけ

おい、手足を縛って鉄アレイの付けろ。

東京湾……いや、駿河湾に行くぞ。

ひぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!

こ、殺さないで〜〜〜〜。



……はぁはぁ。



「? オタク野郎さん?」

「だ、大丈夫。すぐに用意するから」




昼間から歩く歓楽街って、なんだが夜とだいぶ雰囲気が違うな。閑散としていてまるで裏の顔を見ているみたいだな。

それに……隣に半グレがいるせいか誰一人としてこっちを見ようとしない……というか近寄ってこない。



昼間の『華麗』の中は……すげえ暗い。って、えええええ。

よく見たら、ボックス席で人相悪い人たちがなんか会議してるんだけど。

マジで怖えぇぇぇぇ。目を合わせたら殺されるんじゃねえの。

ヴェロニカの胸を揉んだ罪を着せられて、手足を縛り付けられて。




処刑はこの後すぐっ♡


#04 さようなら蒼乃春輔@ヴェロニカはせせら泣き七家六歌は鬼となる。




って、絶対に嫌だ。こんな死に方絶対に嫌だぞ。

死んだじいちゃんに合わす顔ねえだろ。

幼馴染の子の胸を寝ぼけて揉んだ罪で駿河湾の底に沈められるとか。



「おお、春輔よく来たな。酒……は、やめておいたほうがいいな。ジンジャーエールでいいか?」

「……な、七家さん、先日は……お、お世話になりました」

「堅苦しい挨拶はなしだ。半田、ごくろうだったな」

「へいっ! お安い御用で」



って、あのボックス席のやつら……半グレの仲間かよ。全員立ち上がって挨拶……マジか。

半グレがリーダーなのかよ。う。こっち見て……全員俺を見ているぞ……。

……やっぱり、これから殺されるの?

いや、待て。もしかするとすでに俺は仏様なのかもしれない。

実は死んだことに気づかないだけで。



そう考えると、息苦しくなってきた。

肺が潰れそうだ。

海水で息が吸えな……‥助けてぇぇぇぇ。



「それで来てもらった理由だが」

「はい」



席に座って、七家さんがカウンター越しにジンジャーエールの入ったグラスを置いてくれた。どれどれ、一口……辛ッ!! なんだこのジンジャーエール……刺激が強すぎる。

ど、毒が入っているのか!?

生姜の味すんぞこれ!?

ジンジャーエールに生姜なんて入れてんじゃねえッ!!!



「美羽の……両親のことだ」

「……え?」



はい? 俺の処刑じゃなかったのか。

なんだ……良かったァァァァッ!!

って、え? 美羽の?



「春輔は……あいつの幼馴染なんだろ? 美羽の両親のことは?」

「確か……工場が潰れて、美羽を置き去りにして失踪したって」

「そうだ。潰れた原因は借金だが……ある性悪の男が関与していた。傾く経営に甘いささやきで金を貸して……返せない度に法外な利息を払わせていた。利息すら払えないときは……美羽の母親を……。クソのクズ野郎だ」

「……そうだったんですね」



胸に穴が空くような感覚。モヤモヤするし、やるせない思いにもなる。

美羽はどんな気持ちだったんだろう。傷は……やっぱり深いよな。

あいつ絶対に弱みを見せないから。



「結果的に工場の経営はさらに傾き……やがて倒産して……男のものとなったが……」

「……はい」

「男はすぐに地元の不動産屋に工場と敷地を売りつけた。そして……別の事件で逮捕立件されて当時中学生だった私は取り残された。家にたった一人」

「え……? ど、どういうことですか?」

「私の父だ。実は未だに、私は九頭竜製作所の調査をしている最中で、あいつの両親の居所は掴めていない。その過程で私の父の関与を知ってしまったんだ。」

「そのことを……美羽には?」

「魅音に相談を持ちかけたら……美羽には話すなと止められてな。」

「……それで?」

「魅音が止めた理由は……表立っては美羽は知らないほうがいいと判断したからだろうが、私からすればそれは人の道に反していると思う」



……七家さんは関係がないはず。だって、当時中学生で何も知らなかったのだとしたら、無罪なのは間違いない。なのに、七家さんが美羽に謝るというのは……。



「七家さんが……罪悪感を覚えることないような気がするんですけど?」

「魅音もそう言った。だから、言わなくていいと。だがな。あいつからすれば、自分の両親がなぜ苦しんだのか。誰にやられたのか。知る必要はあると思うんだ。だから……真実は告げなければならないだろ?」

「そうですけど……」



って、その話をなんで俺にしたんだ?

確かに幼馴染だけど、俺に話してなんになる?

メリットが何もないような気がするし、七家さんと美羽の問題じゃないか?

美羽の姉妹のようなものだから、宮島姉妹には話すべきなのかもしれないけれど。



「蒼乃春輔……すまない。私の肉親がお前の大切な恋人を苦しめた張本人だ。本当に悪かった——」



えええええ。

い、いや、俺に頭を下げられても。っていうか、後ろの半グレが一斉に立ち上がったけど。

マジで怖いからそういうの止めて。

それに恋人じゃねえし。



「い、いや。お、俺はなんとも思っていないし。確かに美羽の悲しむ姿は見たくないし、守ってあげたいって気持ちもあるけど……七家さんのお父さんが悪いからって、七家さんを恨むとかそういうことは……」

「私に気を使うな。アイツのことを父とは思ったことは一度もない。つまらない事件で逮捕されて懲役を喰らっているアホのことはどうでもいい。だが、知らなかったとはいえ、実の父があいつの人生をメチャクチャにした張本人だとしたら、私の気が収まらない」

「い、いや、実際七家さんも施設にいたんですよね? なら、お父さんと関わりはあまりなかったのでは?」

「それは言い訳だ」

「でも、なんでそれを俺に? 俺は謝られる立場ではない気がするんですけど?」

「もし美羽が落ち込んだら……慰めてやってくれないか? おそらく、春輔にしかできない」

「俺が?」

「ああ。魅音にはすべてを話して一度は止められたが、やはり私は言おうと思う」

「……そうですか」

「おそらく、魅音は私の立場をおもんぱかって止めたのだろうけど、それでは私の気は収まらない」

「い、いや……七家さん、でも謝っても、」



どうにもならない、なんて言葉はぐっと飲み込んで。

この人は人情に厚い人なんだろうな。父親の、それも血はつながっているとはいえ、犯罪者で毛嫌いしている人の代わりに謝罪をするなんて……。

それをしたところで、美羽は救われないし、おそらく心のモヤが晴れることはないだろうし。

むしろ、混乱するだけなんじゃ?



「謝っても意味がないことくらい私も理解しているさ」

「なら……なんで?」

「自分のため。結局自分のためなのさ。許してもらおうなんて思っていないけれど、ここで謝らなくては一生罪の意識を引きずることになる。それに人として、謝罪をしないことは服を着ないで外に出ることと同義。だから、父親のことでも謝罪と断罪はしかるべきだろう?」

「俺……よく分かんないですけど、七家さんはもっと自分の人生生きて良くないですか?」

「……え?」

「父親のことから美羽のことまで背負いすぎのような気がしますけど? それよりも、もっと美羽に……そうだな。謝罪よりも、これからもあいつに寄り添ってあげてください。だって、話を聞いていたら……七家さんも相当な苦労をしている感じだし、美羽と同じくらい傷は深いような気がしたんです」

「私が……?」

「はい。だから、もっと幸せになってくださいって俺が言うのも変ですけど。俺、美羽によく言われるんです。俺が幸せなら自分も幸せだって。だから、俺は七家さんにも幸せになってもらいたいです。そしたらきっと、あいつも幸せでいられるんじゃないかって。過去のことよりもこれからをどう生きるかって。美羽はよく言っていますし」

「……そうだな。まさか私が教えたことを、春輔の口から聞けるとは」



……は? 七家さんが美羽に教えた?

うそだろぉぉぉぉ。俺、完全にピエロじゃん。

バカすぎる俺……。

でも……七家さんって筋が一本通っていて、頼りがいのある人ですごく温かい人なのは分かった。美羽はきっとこういう人たちに囲まれていたから……あんなに明るく強く、折れない心に昇華したんだろうな。



「ありがとう。春輔。お前に話したら心が軽くなった。すまん。恩に着る。あいつらが惚れるのも分かる」

「……え? あいつら? 掘れる? なにを穴?」

「お前は本当に……美羽が苦労するのも分かる」



……?



でも、七家さんの笑顔可愛いな。

……おい。



いつの間に俺の周りに人だかりが出来てんだよぉぉぉぉ。

この半グレども、頼むから俺を囲むなッ!!



「兄貴って呼ばせてください……」

「惚れました……あの社長を笑わせるなんて」

「おいおいテメエら。オタク野郎さんは俺を倒した唯一の猛者もさだぞ。気安く話しかけんな」

「は? 半グレ?」

「「「「「「「「「「「「「「「「「ええええええええええええええッ!?」」」」」」」」」」」」」」」」」



で、なぜか男にモテている。これは屈辱だ。

女には一切モテないのに、男に、それも半グレの一個師団に好かれるとは。



あ、あああああああああああッ!!



「ヴェロニカに謝らなくちゃッ!! 忘れてたァァァァッ!! 殺されるッ!!」



絶対に殺される。やばいやばいやばーーーいッ!!



「……美羽がそんなに怖いのか。面白いやつだ」

「社長よりも怖い人がいるんですか……? オタク野郎さん?」



やべええええええ。

ヴェロニカ俺は無実だ(多分)ッ!!!!





推定無実ぅぅぅぅ!!!




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