#12 ヴェロニー3分クッキング




「とぅるッてってって♪ とぅるッてっててて♪ とぅるッてててってってっってぇ♪ キャラメル担当ヴェロニカとぉ〜〜〜」



すかさず横目で見て、俺の肩に肘を突いてきやがる。



「シ、シチュー担当のハルくんの……」

「愛の3分クッキングぅぅぅ♡ とぅるとぅーとぅーとぅるとぅとぅとぅ♪」

「な、なあ。こんなの撮ってどうするの? まじでニューチューブ載せたらダメだからな?」

「分かってるって。ほら、カメラ意識して」

「だから、撮ってどうするんだって」



あれ、怒ったかな。ヴェロニカのやつ、口をとがらせてブツブツ言い始めたぞ。



「将来、結婚式の映像で流すに決まってるじゃん。『初めての共同作業はケーキ入刀じゃないのッ!?』ってタイトルで……」

「なんて言ったんだ?」

「ああ〜〜〜なんでもないなんでもない。ほら、何からするの?」



聞いてくれよ。わざわざだ。わざわざこの料理の映像撮るだけのためにエプロンを買いに行かされたんだぜ——シナモンちゃんが。マジで被害者。迷惑千万。

俺が行くって行ったら、俺にはやることがあるって言って。そのやることがメイクとか。ヴェロニカに1時間も拘束されて……とほほ。それで、こんな映像撮らされるとか地獄かよ。時間外労働手当と割増料金25%つくのかな……。



「ニンジンとジャガイモの皮むき。ヴェロニーできる?」

「や、やってみる」



いや、手が震えているからね? ちらちらとシナモンちゃんを見ないの。リオン姉さんはカメラを回しながらハラハラしているみたいだ。あの姉さんが、だぜ?

よほどヴェロニカの料理が心配と見た。



「だ、だめだーーーーそれだめっ!! 絶対に手を切る、だめだめ」

「えっ!? ジャガイモってこうやって切るんでしょ!?」



小刀で鉛筆を削るんじゃないんだから。包丁の刃を下に向けたら指をぐでしょうがッ!!



「シナモンちゃーんヘルプーーーーーッ!!」

「だ、だめぇぇぇ!! あたしがやる」



シナモンちゃん、一歩出ようとしたところで手をブンブン回して転びそうになっちゃったよ。



「どう? ジャガイモの皮いだけど」

「言い方。ま、まあ。頑張ったほうだな。次にニンジンの皮はピーラーでいちゃって」

「ピ、ピーラー……?」

「……これ。指先切るから気をつけて……」



うんうん、そうそう。そう……ぎこちないけど、あああ、うわああ。下手くそじゃん。

あああ、言わんこっちゃない。



「うわーーん。指切っちゃった」

「言ったそばから。ああ、でもこれくらいの傷大丈夫。シナモンちゃーん、絆創膏ばんそうこうある?」



シナモンちゃんの動きは黒子そのもの。カメラから見切れるように手だけ伸ばして絆創膏渡してくれるの。すげえできる子だわ。



「ハル君……ありがとう。ハル君は命の恩人よ」

「はいはい……大げさだけど嬉しいよ。じゃあ、鶏肉切っておいたから、鍋に入れて火を通して。油はいらないから、代わりにバターで」

「……う、うん」



いや、鍋に入れるだけだぞ。ボウルから移すだけ。それでバターは切れてるから落とすだけ。緊張しすぎだろうよ……。手をプルプルさせてさぁ……。



「ん? 待て。鶏肉とバターと何を入れようとしてる?」

「え? シナモンがよくやってる、隠し味の白ワインとみりんとお酢を……」

「……待て。白ワインはともかく、他のはシチューには合わない」

「そ、そうなの?」

「ああ。とにかく、鶏肉をバターで焼いてくれ。それだけでいい」




そんなこんなで大体俺が野菜を切って、鍋に入れて牛乳を注いだわけよ。んでもってルゥは手作りだけど、かなり自信がある。創作料理店の秘伝のレシピだからな。

それで、ある程度煮たら……いや、待て。

ガスじゃないんだな。IHって使ったことないから分からんが、火がでないのな?

これ、火の威力が分かんねえな。絶妙な温度が掴みにくい。



「シナモンちゃーーーーーーんヘーーーーるぷ」

「は、はいっ!?」

「IHで弱火ってどれくらい?」



ちょこちょこ走ってきて、カメラのフレームから見切れる位置でIHを確認して、サムズアップ。かがんで小走り。プロのアシスタントかよ。



「むぅ……」

「なんでふくれるんだよ。ヴェロニー」

「あたしもハル君の役に立ちたいのに」

「いいんだよ。料理っていうのは腕じゃねえんだよ」

「……どういうこと?」

「食べてもらいたいって気持ち。ヴェロニーは、その、みんなに食べてもらいたいって気持ちがあるから、こうして苦手な料理をがんばってんだろ?」

「……うん。みんなというよりもハル君にだけど」

「なんて言った? まあいいや。その気持ちさえあれば、それだけで十分だよ。あとは俺がフォローする」

「うぅ……ハル君ッ!!」

「うっはッ!! あ、あぶねええ」



料理中に飛びついてきやがった。鍋ひっくり返して大火傷すんだろ。



「おい、ヴェロニー」

「……はい?」

「ソーシャルディスタァァァンスッ!! 離れろ!! もっと、もっとだ。ああん? お前のソーシャルディスタンスは20センチかッ!? 最低2メートルだっ!!」

「と、遠い……」

「特に、火を使っているんだから、ダメだぞ?」



なんてしている間にグツグツいってきたので、火を止めて特製ルゥを入れる。

うんうん。いい感じ。味見は……そうだ。



「ほら、自分で作ったシチューだぞ。どうだ?」



スプーンですくって、ヴェロニーに手渡してやる。大きい目をパチクリさせてしばらく眺めているけど、そのうち感極かんきわまってきたのか? なんで泣きそうな顔してんだよ。



「味見だ。食べてみろって」

「うぅ……美味しすぎる。ハル君天才。はい、給料5万アップ決定」

「ふぁッ!? ヤバいだろ。どういう査定なんだよッ!! 甘やかしすぎーーーーッ!!」



そんなわけで完成しましたぁ。俺が思っていたパーティーとはだいぶ違うけど、シチューは上手にできましたぁ。うんうん。あと、ヴェロニーが自分のメイクを直している間にこっそり作っておいた明太子パスタとサラダをこっそり食卓に並べておいた。

勝手に食材と皿を使っちゃったけどいいよな。



「……は? なに、ハル君いつの間に作った?」

「ハルさん、手際良すぎですね……どこでこんな技術を」

「美味いッ!! ハル殿、天才だな」



リオン姉さん。パスタの味見の一口がデカイって。



全部バイトの技術だよ。日本のフリーター舐めんなよ。



「な、なんでこんなに出来る人がバイトなんですか……信じられません」

「うぅ……器用貧乏ってやつだよ。すまん。シナモンちゃん」

「そ、そんな泣きそうな顔で言われてもっ! あわわ、わたしこそごめんなさい、余計なこと言って」

「シナモン? ダメよ。ハル君はそうでなくてもNTR傷心中なんだからっ! あっぷです!」



いや、ヴェロニカ。お前の一言のほうが傷つくわッ!! 

NTRのことなんて今、忘れてたのに。



「なんでもいいから。冷めちゃうから食べようぜ。パーティーっていうよりも普通の夕食になっちゃったけどな」

「あたしにとっては、すごいパーティーだよ。ハル君と料理を一緒にできるなんてさ」

「私も好きだぞ。こういう家庭的な料理」

「わたしもです〜〜〜ハルさんありがとうっ♪」

「俺も……久々だよ。いつもはバイトの賄いか、一人で食ってるからさ。やっぱり、食事はみんなでしたら美味いよな〜〜〜」



みんなうなずいてくれた。まさか、こんな幸せなことがあるなんて……待て。油断大敵だぞ。この後、全員が俺をだましていて、詐欺さぎられるかもしれない。

ほら、劇場型詐欺ってやつだ。幸せなアットホームのメロドラマ風な展開からの、姉が交通事故、妹が病気、そして真ん中のヒロインが泣きながら借金が返せませんって。

いや、泣きつかれてもなぁ。俺、金ないし。



「ハル殿はなんで食べないんだ? スプーンをシチューの皿に入れたまま固まったようだが?」

「今、詐欺られているんじゃないかって、ハルさんは心の中で葛藤しているんです」

「大丈夫なのか? それは?」

「ヴェロ姉が解決しますので、2分お待ちを。シナリオどおりです」



しかしだ。しかし、もうどっぷりとP・ライオット家に浸かっているじゃないか。これはもう片足が詐欺沼にはまっていると言っても過言ではない。




「ハル君」

「……はい?」

「話しておきたいことがあるの。あたし達ね」

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