#06 幼馴染の存在



九頭竜美羽くずりゅうみうとは幼馴染だった。認定こども園からずっと一緒で、それは小学4年生になった春まで続いた。クラスもずっと同じ。お互いアニメが好きで、よく俺と遅くまで校庭や公園で遊んでいたっけ。



美羽はイジメられていた。



服装がみそぼらしく、汚らしい印象がぬぐえなかったからだ。風呂に入っていないだろう、とか、残飯を食っているとか。罵詈雑言ばりぞうごんというよりは揶揄やゆに近く、同級生たちは面白おかしくイジっていただけの感覚だったのだろう。



「やめろぉ!! 美羽に酷いこと言うなッ!!」

「またはじまったぁ!! 春輔しゅんすけも美羽に近づくと汚れが移るぞ~~」



思い切りぶん殴った。



葛島隆介くずしまりゅうすけをはじめとした、からかう5人組男子をボッコボコに殴った。殴り返されようが負けん気を強く持ち、美羽を悪く言うやつが謝るまでぶん殴った。

それから表立って美羽を悪く言うやつはいなくなったけど、陰では彼女のことをコソコソと悪口を言っていたし、ずっと無視していたのだからタチが悪い。

しかも、いつの間にかクラス全員にそれが波及はきゅうしてしまった。


隆介は、中学になってから仲良くなって親友にまでなるんだけど、それはまた別の話。




小学4年生になって間もない一学期のはじめ。




美羽の両親が失踪した。

それを知ったとき、俺は泣き崩れた。

父さんと母さんがいなくなっちゃって、美羽はショックだったんだろうなってガキながらに思うと夜も眠れなかった。美羽のことが死ぬほど心配だった。




それからなんて声を掛けていいのか分からず、お互いにすれ違いが続いた。




美羽の親父の経営していた工場が倒産。借金に首が回らずに夜逃げしたのだろう。それにしても小さい子を置いていくなんてどうかしてるわ、と、うちの両親が話しているのを聞いた。




親戚に引き取られるために美羽は転校することになった。




転校する前日の放課後、鉄棒前で美羽と話すことができた。美羽は泣いていて、俺も涙が止まらなかった。それは今でも印象に残っている。



美羽は春の季節が好きだという。桜が爛漫らんまんに咲き乱れ、淡い光ににじむ空が好きだという話を何回もしていた。



春輔しゅんすけの春は、良い匂いがしそうだねって意味分かんないこと言って。

だから、シュンスケくんのシュンをハルって読んで、ハル君って呼ぶね。

ねえ、あたしね、ハル君のこと絶対忘れない。だって、ずっと一緒だって思っていたのに、こんな日が来るなんて。




あたしね、ハル君のこと——ううん。なんでもない。辛くなっちゃうから言わない。




桜が舞った。鉄棒の上に伸びる枝からはらりと一枚の桜の花びらが舞った。

彼女は——美羽は俺の小指をつまんで、しばらくうつむいていた。




「美羽、俺も忘れないよ。今度はさ、もし嫌なこと言われたら言い返せよ? やられたことはやり返すんだぞ」

「……うん。できるかな?」

「できるって。俺、もしまた美羽がイヤな思いしたら飛んでいくから」

「ほんと?」

「ああ、ほんとだ」

「もし嫌なことされたら、助けてくれる?」

「絶対だ」

「約束だよ?」



ああ、約束だ。美羽。




元気でな。




*




「ハルさんッ!! 起きてくださいッ!!」

「いでぇッ!? な、何事!? ごめんなさい、ヴェロニーには触れてませんし、妄想なんてこれっぽっちもしていません。だから、お金は、お金だけはッ!!」

「もしも~し? あのぉ。着きましたけど」



意外と強く肩を叩かれたものだから、怖いお兄さんが登場したものだとばかりに思ってしまいました。どうか命だけは、命だけは。

まだ心臓がバクバクしています。あまりにも恐ろしすぎて敬語が直りません。



「あ、はい。降ります」

「大丈夫ですか? 切なそうですよ?」

「ああ、うん。なんか思い出せないけど夢を見ていた気がして」

「そういうのありますよね。さて、ヴェロ姉さん下ろすの手伝ってください」



ヴェロニカの足を持って首の後に手を回してっと。起きそうにないから、お姫様抱っこをしたまま連れて行くか。



「すごい! ヴェロ姉さんがいくら痩せているからといっても、さすがに重いんじゃないですか?」

米一袋こめいったい30キロだから、それよりも少し重いくらいだよな」

「表現がいまいちピンときませんが、ハルさんが力持ちだということは分かりました。途中で落とさないでくださいね?」

「大丈夫だ。俺のバイト掛け持ちその2は引っ越し屋だからな」



ここぞとばかりにドヤってやった。バイトの掛け持ちも悪くないだろう?



家具や家電を運ぶよりも人間のほうがずっと大変だな。意識のない人間って特に重く感じる。せめて、首に抱きついてくれるとラクなんだけどなぁ。

あ、これはいやらしいこと考えていないよ? 単純に楽に運びたいってだけ。



するりと俺の首に手を回してくるとか。以心伝心?

ムニャムニャ言いながら顔を近づけてくるもんだからさ。タクシーでぶっ叩かれて起きたときとは違うドキドキ感がある。酒くせぇけど、全然イヤじゃない。ヤバい。むしろ、髪の香りやほんのり鼻をかすめるメイクの匂いがヤバい。

ヤバいしか出てこない。どうした俺の語彙ごい



「ハルさん、ヤバいです」

「シナモンちゃんって俺の心読んでいるでしょ?」

「え? 何言っているんですか。そうじゃなくて、顔です。すごくだらしない顔になってます。例えるならバブルスライムです」

「い、いや。何それ。ぜっんぜん伝わらない」

「はぐれメタルのほうが良かったですか?」

「それ一緒だからね。緑か銀の違いしかないからね?」



なんて話しているうちにメインエントランスのオートロックを解除してエレベーターホールに。それにしても高層マンションもいいところだな。35階って。この立地に高層マンションってことは億ションか。



エレベーターに乗りシナモンちゃんがボタンを押した。



引っ越し屋でバイトしてるぜッ! キリッ! 

ってドヤ顔したのに腕がプルプルしてくる。ヴェロニーはそれを知ってかどうかは分からないけれど、落ちまいと俺の首をギュッと締める。苦しいことはないけど、息が首にかかり悶絶死もんぜつし寸前。ああ、ヴェロニーの『心に決めた人』っていう奴が見ていないか心配。勘違いされないといいけど。



「シナモンちゃん俺……」

「どうしました?」

「色んな意味で限界」

「ぷっ! 腕力よりアッチってことですよね? あははは」

「ち、違ッ!! なんで笑うの……?」

「ヴェロ姉さんに聞かせたいなって」

「? なんになるんだよそれ」

「さあ。とにかく、着きましたよ」



扉が開いて、エレベーターを降りるとガラス張りの扉が目の前に。ここでもオートロックを解除しないといけないなんて。どんだけセキュリティ万全なんだよ。うちの安アパートなんて玄関の扉はピッキングできなくても蹴り飛ばせば開くからね?



廊下を歩いて角部屋に到達。「待ってくださいね」とリオン姉さんを渡されて、仕方なく肩を貸すけど、本当に限界だからリオン姉さん、ゆらゆらしないでぇ~~~。



「お待たせしましたぁ」

「うぉ……なんじゃこりゃああああ」



玄関がただっ広い。それで、そこから廊下の先に見えるリビングの窓から望む、超絶夜景。綺羅きらびやかでとんでもなくロマンチック。ロマンチック街道まっしぐら。



「上がってください」

「ひゃ、ひゃいっ!」

「緊張してるんですか?」

「お、俺、靴下汚いかもだし、汗臭いし、バイト終わりで清潔感ないし、汗臭いし、油臭いし。靴下汚——」

「お気になさらずに~~~なんならお風呂入っていってもいいですよ?」



恐れ多く言葉が出ない。ただ、頭をぶんぶんと横に振るだけしかできない。マジで脳震盪のうしんとうを起こすかと思ったわ。



「ヴェロニーはどこに?」

「あ、そうでしたね。そこのソファに適当に投げてください」



そんなぁ。上着とかクッションじゃないんだから。ヴェロニーをソファに寝かせる。えっと、掛けるもの掛けるもの。毛布とかブランケットとか。

部屋がスッキリしすぎていて見当たらね〜〜。

仕方ないから、着ていたダウンを脱いでヴェロニカの上半身をおおってやる。



「さりげなく優しいんですね。ヴェロ姉さんきっと喜びますよ」

「ち、ちがッ! ブランケットとかないから、風邪引くとうつされても困るだろうし」

「はいはい。ヴェロ姉さんと濃厚接触しようってことですね。いやら——こほんっ! 覚えておきます」

「ち、ちがッ! っていうか、何、濃厚接触って。俺だってソ、そうしゃるでぃすたんす、くらい——」

「冗談ですよ。さて、ハルさんはお酒が強いとみました。飲み直しませんか?」

「……それは、まさかボッタク——」

「ぼったくりガールズバーとかではないので大丈夫です。それと怖いお兄さんも控えていないので大丈夫ですよ?」

「し、信用していいんだな?」




酒豪VS酒豪の飲み比べが始まってしまった。



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