第18話 夢兎



「で、一人旅に出ててんて?」


マルセリーノと清田の男同士の会話というものが今夜も始まった。


「はい、長いような、短いような、そんな旅でした」

「何んか収穫はあったん?」

「はい、諦めずに生き抜くこと、そんなことを知りました」

「それ凄いやん」

「でも、出来てないんです。分かっているのに出来てないんです」


 マルセリーノは美咲が作ってくれたシラス大根を食べて、シングルモルトを飲む。


「それな、諦めずに生き抜くことって、悟りの境地やで。そんな簡単に分かるもんやないよ」

「その時は分かったような気になれたのですが」

「やっぱそれな、一瞬わかったような気になるんやけど、暫くしたら分からんようになってまうねんな」

「その通りなんです」

「人は死に直面した時に何んか悟るみたいやけど、過ぎて行くほどに忘れて行くねんな」


清田は美咲が温め直してくれたおでんの卵を齧り、ビールを飲んだ。


「諦めずに生き抜く、何を諦めんと? 生きることを諦めたらあかん? その通りやねんけど難しいよな。それって死に直面した時、もしくは死んだ方がましやって思うくらい苦しい時に必要な言葉やもんな。普段から思うんは難しいと思うわ」

「ですよね」

「でも、それが誰かのためやったら? 例えば家族とかやったら?」

「それは、当たり前のことだってマルセリーノさんが言いましたよね」

「うん、せやで、言うたよ。家族を守る為に働くんは当たり前のことやって言うたな」

「ですよね」

「でもワイは、生活の為にって言うたけど、愛情のためにとは、あん時、言わんかったよな」

「はい、それは、そうです」

「ほなら、愛って何やと思う?」

「それは、うーん、その人を好きになり、大切にしたいとか、守りたいとか、そばにいて欲しいとか、じゃないですか」

「うん、近いようで遠い、遠いようで近い答えやな」

「そうですか?」

「うん、今日のおでんの味はどうや?」

「美咲ちゃんの作った料理はどれも美味しいですよ」

「あのハンバーグも美味しかったやろ?」

「はい、美味しかったです」

「愛情を感じひんかったか?」

「あっ」


 確かに、今までの料理に愛情を感じなくなって来ていたが、最近の料理に愛情を感じられるようになったことに清田は気づく。


「あのな、美咲ちゃんはずっと愛情たっぷりに料理を作って来たはずやねん。愛情を感じられへんかったお前は、相手の愛情を感じるための愛情を無くしてたんちゃうか?」


「・・・・・・・・・・。」


「お前はな、愛に結果を求めたからこそ、そこに気付くことができひんようになってもうててん。愛に結果なんか無いねん。その時々の結果みたいなもんはあるやろう。でも、それはほんまの結果やないねん。愛情いうのはな、限りなく育ち続けるもんやし、それを育て続けるんが愛やねん。それに気づいた時が結果やねん」


「マルセリーノさん、私は・・・。」


「美咲ちゃんはどんな時も笑ってくれてたはずやで、今からお前も笑顔で接してみろや」


「はい、ははははは」


「誰が今、ワイの前で笑え言うてん、このドアホが! 意味もないのに笑ろうたら気持ち悪いだけやろ」

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