第20話 所変われば

 巨体が森林の中を低空で飛んでいた。

 傷を負い障害物の多い不慣れな森の中、スピードを生かせていないとはいえ、風を起こし木々を薙ぎ倒しながら滑空する姿は圧巻だ。

 オニヤンマ型機蟲は緑色の複眼に黄色と黒の縞模様柄の体もつ。その大きさたるや羽を広げた状態で五メートル。昆虫の中でも最大級の大きさを誇った古代トンボ・メガネウラもびっくりの巨体だ。

 高空を凄まじいスピードで飛んでいる時は敵なしだ。音もなく背後から襲われたら瞬殺だろう。

 だがそんなオニヤンマが今や、森へ誘い込まれて追われる立場になっていた。緑色の複眼をキョロキョロ動かし、なんとか森を抜けようと上を目指すが、その度に少し上を飛ぶギンヤンマ型蟲人に阻害され方向転換を余儀なくされていた。

 指定された場所で待機し、状況を見守る。

 スズメバチは日の本最強とされているが、オニヤンマは数少ない天敵だ。だからだろうか。いつも以上に体が興奮している。

「アラタ、今だ!」

 合図を受け木々から飛び出し、向かってきたオニヤンマのに向かって腹を曲げ、針を腹の装甲の隙間めがけて貫く。

 刺すと同時に毒液が流れ込み、オニヤンマは痙攣をおこす。操作を失った機体は大木にぶつかり、どおんと音を盛大な音をたてた。

 もう少しジワジワ毒が効いて緩やかに墜落して欲しかったが、毒液の量がちょっと多すぎて即死させてしまったようだ。これじゃあ価値が少し下がるなと、着地した地面にころりと転がってきたオニヤンマの複眼を見て思った。


 人が地下に逃げ込んだ今、地上は機蟲たちの楽園だ。

 機蟲たちは昆虫の頃は天敵だった鳥たちを遥かにしのぐ大きさへと体を変化させ、今や狩る側へと立場が逆転させた。悠々と空を飛んでいた鳥たちの姿は今はなく、木々の空洞に隠れてひそひそと暮らしている。植物たちも地上の覇者に合わせるように、旧文明からその様相を大きく様変わりさせ、太い幹に枝をしげらせ、大地を覆っていた。

 機蟲たちの中でも数が一番多いのはやはりウマノオバチ型機蟲だ。どこにいっても必ず見かける。

 ウマノオバチがここまで繁栄したきっかけは、獲物を人間と定めた生存戦略だろう。人間は高度に発達した脳みそを持つものの、攻撃するための爪も牙も逃げるための羽もない、あまりに脆弱な生き物だ。殺虫剤以外に有効な攻撃手段があまりなく、そのくせ数だけは多い。狩り放題繁殖し放題だ。

 マチダのように機蟲を徹底防衛できるほどの力をもつ藩はそう多くない。人々は時に老いた親を、生まれたばかりの子供を、体が不自由になり役に立たないとされた者を犠牲にして、壁を補強し機蟲たちの視界に入らぬよう日々怯え暮らしている。

 ウマノオバチが地面に尻を突き刺し、産卵管を伸ばしている姿を見かけたら必ず邪魔をしているが、いくら狩っても狩っても他の個体が現れるからきりがない。周りには無駄だからやめとけと言われるが、この地下のどこかでヒカルが暮らしているのだろうと思うと、やめるわけにはいかない。

 そんなウマノオバチもここでは初心者の狩りの相手だ。コンクリートを突き刺し、中にいる人間を狙うために特化した武器も、蟲人相手ではまるで役に立たない。ぴょこぴょこ動く産卵管がうまく体に刺さればいいが、その前に切断されて終わりだ。

 マチダにいた頃はあんなに恐ろしかった機蟲がこうも弱かったのだと思うと、なんともいえない気持ちになる。トウキョウの子供たちがウマノオバチの羽を持って楽しげに遊ぶ姿を、所変われば人変わるだなと眺めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る