第15話 出会いの記憶

『お前、名前は?』

 とうとう蟲が鳴くのをやめた腹を抱えながら座り込んでいると、頭の上から声が降ってきた。反応するのがめんどくさくて、放って置いてくれと思った。このまま生きていくことに価値を見出せなかった。

 でも、その声が本当にどうでもよさそうな声だったから、どんな表情をしているのだろうと顔を思わずあげると赤毛の少年が俺のことを、やっぱりどうでもよさそうな顔をして見下ろしていた。

 なんとなく暇だったから、落ちているゴミを見ている。そしてなんとなく小突いてみた。そんな感じ。

 つまらないと判断されたら、彼は素通りしていくだろう。別にそれでよかった。信じていた人に裏切られ、守り抜くと決めた場所からお前なんていらないと放り出されて、自分が本当に人間なのか分からなくって。どこにも行けず、うずくまっていただけなのだから。

 でも、彼の暗い目の奥底を見ていると、俺と同じ捨てられた人間なのだとなぜか分かり、少しだけ会話をしたくなった。

『捨てたから、ない』

『捨てられたから、じゃなくて?』

『お前だってそうだろ』

 赤毛の少年はぽかんとした顔をして、俺をまじまじと見た。その、なんでもないふりを装った澄ました顔を歪ませたい。どうして俺を捨てたんだと怒れ。泣け。

 そう考えてすぐに、そんな自分に驚いた。涙とともに感情はすべて流れ去ってしまったと思っていたのに、まだそんな力があるのだと。

 少年は顔を下に向け、プルプル肩を震わせた。手で口を覆い、声を抑えている。そして弾けたように笑い声をあげた。

『よく分かったな。そうだよ、俺も捨てられたんだ』

 少年の思わぬ反応にこっちがぽかんとする番だった。先ほどとは打って変わって笑顔だった。

『なんでそんな風に笑って言えるの?』

『だってさ、いつまでも泣いているだけじゃ、捨てた連中がますます喜ぶだけじゃん。そんなのムカつくでしょう』

 いたずらな笑みを浮かべる彼に心が惹かれた。なんていい顔をしているのだろう。

 少年はそばにしゃがみ込むと、手を差し伸べた。

『俺の家、来る? 捨てられたどうし仲良くしようぜ』

 手を見つめる。兄に化け物と言われ捨てられた俺が生きてもいいのか。どうでもいいやと彼のように笑える日は来るのだろうか。少しだけ悩んで、彼のことを知りたいと思って素直に手をとった。

『名前がないんだったら新しくつけてやるよ。そうだな。アラタでどうだ?』

『安直すぎない? 拾ってきた犬にヒロってつけるタイプ?』

『俺のセンスにケチをつけるなよ。なんならヒロでもいいけど』

『……アラタでいい』

 赤毛の少年はふふっと笑った。

『俺の名前はヒカル。よろしくな、アラタ』

 ぼんやりと思い出す。

 これは出会いの記憶だ。何よりも大切な――

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