蟲人ヴェスパ

ももも

第一章 サナギ

第1話 絶対防衛機蟲戦線

 あたり一面、クリーム色の煙で覆われていた。

 空も大地も同じ色に染まっており、まるで絵の具を一色でべったり塗りつけたキャンバスのようだ。

 昼間だというのに太陽は煙の向こう側に隠れてでてこれない。太陽のもとで働ける職場が謳い文句だというのに詐欺もいいところだと常々思う。

 コシューコシューとマスク越しに呼吸を繰り返しながら一寸先を飛ぶドローンの後をついて歩いていると、調査を終えた他の調査員たちがチラホラ見えてきた。

 誰もが分厚い真っ白な防護服を見にまとっており顔は見えないため、背中にマジックで書かれた苗字で判別するしかない。時折、この煙幕に呑み込まれたまま帰って来れなくなる人間もいるそうだが、同じグループの人間たちは全員そろっていた。

 点呼以外言葉は発さず、ただ帰路を急ぐ。

 シャワーを浴びてこの汗にまみれた体をさっぱりしたいと考えていると、銀色のボディが風を切りながら横を通り過ぎていった。

 足にターボを仕込み、体を直線的なフォルムに改造した人造サイボーグだ。

 汗水垂らす、という人としての機能を取り払い、毒の霧がたち込める中を涼しい顔をして悠々動く彼らをうらやましいと思うことはゼロではない。

「ピアスみたいなもんさ」

 体が半分機械に置き換わった同僚は、本来、目のある部分に赤いランプを灯して言う。

「一度やってしまえば、何も怖くなくなる。今となっては、どうしてあんな不便で重たい肉体を後生大事にしていたのか不思議に思うよ。まさに世界が変わるんだ。こればっかりはこっち側に来ないと一生分からないよ。君もどうだい?」

 彼らの言葉に従いそうになったのは一度や二度ではない。

 けれどその度にヒカルから、お前はまだ成長期だから手をだすには早すぎると止められるのだ。

「身長が伸びなくなるぞ」

 この都市に来てから一番付き合いの長いヒカルは、俺の殺し文句をいくつも知っていた。


 サイボーグ人間の去っていった方向へ黙々と歩くこと三十分、ようやくゴールが見えてきた。

 他のグループの人間たちも戻ってきており、地下都市へとつながるエレベーターに乗り込もうと蟻の行列をなしている。

 地下に潜る前に背後を振り返ればクリーム色の枯れた大地が広がっていた。

 一メートルほど掘れば本来の地面の色である茶が見えてくるそうだが、確認するためにあえてそんな危険を犯す輩はいないだろう。

 たとえ防護服をまとっていても毒の霧を完全に防ぎきれない。服を通して侵入した薬剤は皮膚にこびりつきビリビリと刺激する。

 ふと風が吹き、クリーム色の煙幕が破られた。

 隙間から黒い雲のような塊が現れ、その複眼でこちらの様子をうかがっていた。

 かつて生物の頂点として君臨していた人類をひきずりおろし、最大の脅威となった存在――機蟲。

 彼らの出現に周囲の人間は慌てふためき、さっさと乗れ!押すな馬鹿野郎!と怒号が飛び交う。

 この霧がある限り奴らは襲ってこないと分かっていても、目の鼻の先にいれば恐怖を感じずにはいられない。

 絶対防衛機蟲戦線を守るため、今日も毒をまく。

 どれだけ大地を汚そうとも人が生きていくためにはこうする他なかった。

 奴らから逃れるために。

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