第10話 思い出の数々

 おいおい、何で一気に3人もいなくなるんだよ!とりあえず俺だけでも勇人を追うべきか?いやいやそれじゃあもっと行方不明になるだろ。だったらここにいる全員で探しにいくか?逆に遭難しそうだが、もと来た道をそのまま戻ればまず山からは脱出できるよな。


 そして童子は沈黙を破り提案をした。

「とりあえずこれ以上進むのは危険だと思う。もと来た道を辿ろう。」


「消えた3人はどうするんですか?」

優梨は心配した顔で童子に聞いた。


「一回山から戻った後、俺が探しに行くよ」


「私も行く!」


「探すのは一人で大丈夫だよ、それより寿也くんと真莉ちゃんを家に返しに行ってくれない?」

童子はこれが最適解だと思った。


 優梨は少し考えてからそうせざるを得ないと納得して言った。

「わかりました。けど、この山を降りるまでは一人で探しに行かないでくださいよ」


「当然!」

と童子は当たり前のように言った。



 そして、童子は元来た道を戻ろうとすると真莉ちゃんが不安そうに言った。

「みんなだいじょうぶだよね...?」


 そのとなりで寿也くんも同じ気持ちなのだろう、顔が曇っているのがよくわかった。


 あまりに唐突にそんなことを言われたもんで、童子と優梨は一瞬固まってしまった。

 ここは早く答えないと余計に不安を煽ってしまうと考えた童子は不本意ながらも無責任なことを言ってしまった。


「当然だよ、槍杉くんと蒿里ちゃんは勇人のやつが守ってくれる。あいつだってもう大人なんだからやる時はやってくれるやつだよ。今頃は山を降りて俺たちの帰りを待ってるよ。だから、俺たちも早く降りてみんなと合流しよう」


 そして童子はこの時に真莉ちゃんと寿也くんの頭を撫でた。

 この時童子は児童の頭を撫でていることに驚いた。最初の頃は逆に頭を撫でられて癒されることが仕事だったのに対し、今では頼れるお兄ちゃんだと自分で感じた。


 そして、二人の様子を見ると少し緊張が解けているように感じた。

 

 そんなこともあったが、みんなの気持ちが一つになった事で迷いなく道も戻ろうとした。もちろんここで油断してはいけない。都市伝説とは言え、実際に起こってからでは遅いのだから。なので今回はみんなで横一列になり行動した。

 童子はもしかしたら勇人たちがそこら辺で倒れているかも知れないと考え、いろんな所をライトで照らした。すると、なんとそこで童子は目を疑うような光景を目の当たりにしたのだ。十数メートル横にある木のそばでロープで首を吊り下げられている人影が見えたのだ。


 童子はとても驚いたが声は出さなかった。そして、ライトをすぐさま別の方向へとやった。

 児童たちに見せないためである。この歳でそんなものを見てしまったらどうなってしまうのか、見当もつかなかったのだ。

 この時の迅速な判断は童子にしてはかなり優秀で賢明な判断だったであろう。


 辺り一面は静まり返っていて、童子たちの足音や、どこにいるかもわからないカラスの気味の悪い鳴き声だけが響いていた。すると、今まで静かだったせいか唐突な叫び声で皆を驚かせた。



『ウワアアアァァァアァァァアアアッ!!』


 童子たちが歩く前方の方から勇人の発する絶叫が山を纏った。


 この声は勇人だっ!早く見つけないと!


 そう気が急いていた童子の前に、前方から背中を向けて槍杉くんと蒿里ちゃんが飛び出してきた。

 

「二人ともどうしたの!?」


「おにいちゃんが...落っこちちゃった..!!」


 状況を理解しようと二人に質問した優梨に蒿里ちゃんは今にも泣きそうな顔でそう言った。


「ちょっと待って、二人はそれまで何をしていたんだ?」


 童子も突然出てきた二人と勇人になんらかの関係があるだろう思い訊いたが、二人は泣きそうになりながらも言い出そうとしなかった。童子はこの時何かやましいことがあるんだろうと考えると、ドッキリもしくはドッキリをしようとしていた矢先の事故という結論に至った。

 なんにせよあまり言及しすぎるのは良くないと考え、勇人はどこへ落ちたのだけ訊くと、そこまで急な坂ではなかったのでおそらく命の心配は無いだろうと童子は思った。


「俺は勇人を探しにいくから優梨はみんなを連れて山を降りてくれ」


「うん」


 そうして童子は坂の下に安全に行けるであろう階段に行こうとした時、真莉ちゃんが言った。


「わたしも行くっ!」


「だめだよ!」


 もちろん童子はそれを了解しない。


「おにいさんまでいなくなったらいや!」


 童子はその言葉を聞いてなんだか急に胸が熱くなった。しかし、それで真莉ちゃんに怪我や何かが起きてしまった時に、ニートである童子は責任を持つことが出来ない。ゆえに連れていくことはどうしてもできなかった。


「俺は絶対いなくならないから!なんてったって人生二十年目だからね!......優梨頼んだよ」


 それだけ言って童子は階段を駆け降りた。そうでもしないと真莉ちゃんがついてくると思った。

 しばらく走っていた童子だったがこの暗い山の夜道を走り続けるのは危険だと我に帰り歩き始めた。

 

「まってぇーっ!」


 振り返るとそこには階段を駆け降りてくる真莉ちゃんの姿があった。地味に幅が広い階段のせいで不規則なステップで駆けていた真莉ちゃんは今にもこけてしまいそうだった。

結局それは杞憂に終わり、童子は驚きのあまり、


「なんで来たの!?」


と、まったくそんなつもりはなかったが少し怒り口調になっていた。けれど真莉ちゃんはまったく気にしない様子だった。


「おにいさんがいなくならないようにわたしがおにいさんをする!!」


 よく聞き覚えのあるその二文字に童子ははっとした。


「で、おにいさんもわたしを監視してたら、まいごにならないから安心だよ!!」


 もちろんこれを肯定していいわけでは無かったのだが、童子はこの言葉を聞いてとても嬉しかったのだ。さっきまで不安で荒れていた心が嘘のように穏やかで温かくなったのだ、まだ勇人の安否が発覚していないのに、だ。


「仕方ないなぁ、今日だけだけどおにいさんの監視役の『童子監視員』を最後までやりきるんだよ!」


「うん!」


 やる気に満ち満ちた返事をした真莉ちゃんを見ていると、なんだか勇気をもらった感じがして、むしろ来てくれて良かったと思ったほどだった。

 しばらく階段を降りていくと案外すぐに平地が待ち受けていた。そして、そこらを捜索していると間もなくぐったりとした姿で勇人が見つかった。


「おーい、起きろ!」


 童子は勇人の肩を小さく揺さぶって返事を待つが、勇人は、


ウッ!!


と言うだけだった。


「おきないね、」


「うん、......じゃあ、」


 童子はそう言ってカバンの中を探り、持参していた飲みかけのお茶を勇人の顔面にぶっかけてやった。顔に弾かれていった水滴は服や地面に吸い込まれた。

 すると勇人は何も言うわけでもなく、ただゆっくりまぶたを開いた。


「大丈夫か?」


 と、おそらく大丈夫だろうが童子は一応訊いてみた。


「ここは.....どこだ...?」


 勇人のこの言葉を聞いて一瞬童子は焦った。もしかしたら記憶がなくなったのではないかと思ったからだ。


「山に来ただろ?ほら、みんなと遊んでてさ」


「きもだめしっ!」


「......あっ!そうだっ!走ってたら足が木の根に引っかかっちまったんだ!」


 どうやら記憶もあるようなので童子は安心した。が、勇人はいったい何をしようとしていてこんなことになってしまったのかを聞かなければならない。


「そういえばお前はいったい何をしようとしてたんだよ」


 少し勇人の反応に間が空いたが、左手を頭の後ろに回して苦笑いで言った。


「実はドッキリしようと思ってたんだけどなあ、俺の方がドッキリしちまったぜ」


「いや充分俺もドッキリしたぞ、」


「あぁあ、せっかく自信作の都市伝説語ったのによぉ!くそー」


 やはりよほどの自信作だったのだろう、勇人はまるで苦虫を噛んだかのような顔をしていた。


「それも嘘だったのかよ!じゃあ首吊りのやつもお前が準備してたのかよ、手ぇ凝りすぎだろ」


「なんだそれ?びびりすぎて幻影見えちまったんじゃねえの?」


 勇人は笑って童子を煽る。確かに一瞬の出来事だったので見間違いだったのかもしれない、童子はそういう風に記憶を塗り替えたかった。


「びびってねえし!」


 なんとか無事で山から帰還することができ、そこに優梨と児童たちが立っていた。どうやら俺たちの帰りを待ちたいとどうしても言うことを聞かなかったらしい。

 ここまで暗くなってきていると親が心配していないわけが無いので児童たちをさっさと帰らせた。優梨はどうやらこの時間だと結構怒られるらしく、寿也くんをつれて急いで帰っていった。

 この頃になるとカラスの鳴き声はとうに止んでいて、ただただ静かなだけな空間が出来上がっていた。最初は子供の頃のように遊びたいとばかり考えていたが、どうやら童子にも身体だけでなく精神的にも成長があったのだと痛感した。どう考えても同じ目線では遊ぶことは不可能なのだと深く悟ったのだ。


 なんだ......、結局俺はもうあの頃には戻れないんだなあ......、


 童子は自分の成長を感じつつも少し残念な気持ちであった。そして静寂を破り勇人に提案した。


「俺たち、仕事探さね?」






 ガチャッ


 俺はドアの開く音を聞き、さっきまで熱心に読んでいた日記から、音のした方向に目を移す。そこには買い出しの袋を手にぶら下げたいつもの彼女の姿が立っていた。いつものと言ってもあの時から十年程の歳月が流れているが。


「めずらしいねぇ、何読んでるの?」


「だいぶ前に話したあの日記だよ」


「へえ、私にも見せてよ!」


 優梨は俺が開いていた日記を覗き込もうとしてきた。


「ちょっと待った!日記は人に見せるために書くもんじゃあ無いんだよ!」


「じゃあなんのためよ?」


 あわてて日記を読ませまいとする俺に対して、優梨は不満そうに目を細めた。


「今日みたいに読み返して思い出を思い出すためだよ」


「えー?じゃあ妻のわたしも夫の思い出を共有したいなあーっ!!」


 しまった。さっと手を伸ばしてきた優梨に日記を奪われてしまった。


「あー!これ懐かしい!山に行こうってならなかったら、お母さんにあんなに怒られなかったんだから!」


「.........あぁ、俺もこの日はひやひやしたなあ、もう夜中に山には行かないって決心したわ」


 内容を見せるつもりはなかったけどまあいいか。最初の方のページは俺がロリコンだと勘違いされてもおかしくないような内容が書かれているからなんとか死守せねば!

 すると優梨がパラパラーっとページを戻していった。


「ちょっと待ってぇ!」


「えー、なによー!」



 

 あのドッキリ未遂の日からなんだかんだあって、俺と勇人は同じ会社に働くようになり切磋琢磨し合っている。そのあとに優梨と結婚することになって今や俺は三十路を迎えた。

 そして今日、優梨との取り合いにまで発展したのは今まで脳内で解説してきた「児童観察日記」だ。

 もちろん、今まで読んできたものだけがこれに書かれているわけでは無い。読んできたのは、この物語を再確認する上で大事なところだったと言っていいだろう。

 児童観察日記と大層な名前が表紙に書かれてはいるが、なんだかんだいって個人的な日記も書いてしまってはいる。


 例えば、勇人と二人で映画を見に行ってきたことである。その映画は刑務所に収容された、二人の男が捕まる前の笑いあり涙ありの物語だ。

 その終盤についての日記を書いたのだが、せっかくだから映画の流れも紹介する。


「今まで一緒に戦ってくれてありがとう」


「別にお礼を言う必要なんてありません、もしあなたが誘ってくれていなかったら、私はこの戦いに参加すらしていません。改めてありがとう。しかし、今日をもってこの『チーム・エクスタシー』は解散です」


「明日からは同じ変態道の極み、を目指すライバル同士ですねぇ。競い合って頑張っていきましょう」


「変態道の...極み......?......フッ、一体その先に何があるのか、この目で確かめてみたいですね」


(刑務所に決まっているだろ!)


「どちらが先に着くか、競争ですね」


(ダメだ!早まるな!まだ間に合うぞ!)


 と、心の中でツッコミを入れたのもなかなかにいい思い出だ。


「しかし、ムラムラしてどうしようもない時は遠慮なく頼ってくださいね」


「うん!」



 という感じでエンドロールを無事に迎えたわけだが、なんとこの話は実話らしい。とんだ変態たちがいたもんだと思った。

 そして、なんといっても驚いたのは帰り道に勇人が、


「俺たちも変態道の極み、目指そうぜ」

と言い出したことだ。


 この時の俺と言ったら、コイツの将来が心配で仕方なかった。




 そして翌日、


ピーン ポーン


 おっ、来客が来たようだ。少しの時間も待たせまいと、足音が外まで聞こえない程度に玄関まで急ぎ、鍵を捻ってお出迎えをする。


「こんにちは!」


「おー、あがってあがって」


「おじゃましまーす」


 今や俺は見慣れているせいでなんとも思わないが、あの頃からするとだいぶ大人びたなあと思うであろうこのは、もう十九になる真莉ちゃんだ。真莉ちゃんは大学生になっていて下校する時にたまにこの家に寄ってくるのだ。

 

「真莉ちゃん最近学校はどうなの?」


「もう!前から『ちゃん』付けはもうやめてって言ってるじゃないですかー!」


 真莉ちゃんは靴を脱ぎながら少し眉をひそめる。昔とは違い、ちゃんと敬語が使えるようになっていく過程を見てきている身としては、完全に真莉ちゃんの親になった気分でいる。


「まあまあ、そのうち無くすように頑張るよ。それより、今日も様子、見ていくんでしょ?」


「はい!」


 靴を並べるためしゃがんでいた真莉ちゃんはすくっと立ち、足早にリビングへ向かった。


「あー、今日はもう寝てるんですねぇ...」


 真莉ちゃんは露骨に残念がった。


「大抵こんなもんだよ」


 真莉ちゃんが時々家にやってくる理由は、今年に2才になった子どもの世話をするためだ。もちろん俺から頼んだわけではなく、真莉ちゃんが個人的に一緒に遊びたいと申し出てくれたのだ。

 真莉ちゃんの成長を見ていて親になった気分だったのだが、やはり自分の実の子を持つと今まで感じていた親というものはまったくの別物だと思わされた。その子には人生を楽しくやって欲しいと願い、ふさわしい名前を名付けたつもりだ。


「一時間前くらいに遊び疲れて寝ちゃったんだ。もしかしたら名前を呼んだら目を覚ますかもしれないよ?」


「そっか、『楽都がくと』起きてー!」


 そうは言うものの、発言とまるで釣り合わないほど声量が小さかった。


 今日は雲一つない文句なしの晴天で、時折吹かれるそよ風が気持ちいい。その度に小さく踊るアイビーがまるで喜んでるかのようだった。

 楽都は真莉ちゃんの声が聞こえたのか表情筋が緩くなった。それを見逃さなかった俺たちは互いに言葉が重なった。


「「わらった...!」」



             児童監視員 完

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児童監視員 アレキサンドライト @arekisandoraito

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