第4想定 第16話

 出撃まで残り15分。

 俺は姉ちゃんに最後の点検をしてもらっているところだ。

 背中にはパラシュートが収納された巨大なリュック。

 胸には予備のパラシュート。

 太ももには装備品を詰めた空挺背嚢。

 銃床を折りたたんだ89式小銃が胴体側面に固縛されている。

「大丈夫。問題なし」

「ドーランは?」

 俺は姉ちゃんに確認を頼む。

 ドーランとはいわばフェイスペイントだ。姿が森の中に溶け込むように緑色や茶色などの色で顔面を塗っているのだ。

 姉ちゃんは俺の顔を掴み、俺に顔を近づけてあらゆる角度から確認する。

 胸がドキドキだ。

 このままキスしてしまおうか。

「偽装も完璧だよ」

「分かった。それじゃあ行ってくる」

 俺は待機室を出ると、格納庫を通って外に出た。

 空は薄暗くなっている。

 駐機場では後部ランプを解放したC‐1輸送機がエンジンを回しながら離陸の時間を待っている。愛情保安庁が所有する警戒機兼輸送機だ。最初は違和感しかなかったが、こうしてみると愛情保安庁お得意のパクり塗装もカッコよく見える。

 空中輸送員ロードマスターに敬礼をしながら俺は後部ランプから輸送機に乗り込んだ。座席に腰を下ろすとベルトで体を固定する。その間に後部ランプが閉まり始めた。左右開きの扉が閉まると下開きの扉が閉鎖され、貨物室内は完全に密閉される。


 輸送機が動き始めた。

 体をひねって窓を覗き込むと、姉ちゃんを筆頭に仲間たちが手を振って見送ってくれている。

 やがて窓から姉ちゃんが見えなくなった。

 輸送機は轟音を立てながら誘導路を進んでいく。

 宮崎空港のターミナル。

 フライトの準備に追われる旅客機の後ろをC‐1輸送機が堂々と進んでいく。

 首が疲れた俺は姿勢を元に戻すと久しぶりに聞くC‐1輸送機のエンジン音に耳を傾ける。

 機体が左旋回を開始した。

 いよいよ滑走路に進入するのだ。

 使用滑走路はランウェイ60。

『これより離陸する』

 機長からの機内放送。

 エンジンが力強く唸りはじめ、輸送機が滑走を開始した。

 体に重い負荷がずしりとかかる。

 ゴトゴトという振動がエンジン音に混ざって貨物室内に響く。

 それはほんの数秒の事だった。

 C‐1輸送機は離陸に必要な460メートルを一瞬で駆け抜けると上昇を開始した。

 降下地点まで15分程度。

 それまでゆっくりしておこう。


『まもなく降下地点に到着する。降下準備にかかれ』

 機長からの機内放送を受けて俺は準備を開始した。

 ゴーグルと酸素マスクを装着する。

『後部ランプ解放します』

 酸素マスクに異常がない事を確認した空中輸送員ロードマスターが機械を操作する。

 後部ランプが動きはじめて外の冷たい空気が機内に流れ込む。

 もう少しで作戦開始だ。

『降下2分前。降下員スタンドアップ』

 起立した俺はロードマスターに促されて後部ランプの上に立つ。

 そこから眺める景色は絶景だった。

 薄暗くなっているがかろうじて陸地と海面が判別できる。

 地形から考えるとちょうど宮崎県と大分県の県境あたりだろうか。

 それにしても空はまだ明るい。

 予定では輸送機から飛び降りてすぐにパラシュートを解放し、滑空しながら作戦地域までの距離を稼ぐつもりだった。いわゆる高高度降下高高度開傘HAHOという降下技法だ。しかし現在は薄暗いとはいえ、地上から上空のパラシュートが見えてしまいそうな程度には明るい。

 俺が考えていた作戦では滑空コースには民家は存在しない。しかし森林の上空とはいえどこに民間人がいるか分からない。今回の任務は決して民間人に見つかってはならないのだ。

 仕方ない。

 ここは高高度降下低高度開傘HALOで降下しよう。

 HAHOであれば作戦地域までの距離を5キロ程度稼げる予定だったが、引き換えに民間人に目撃されるよりかはマシだ。

 HALOならば作戦地域までの距離は稼げないけども滑空中のパラシュートを目撃されるリスクを極限にまで抑えることができる。地上近くでパラシュートを開くからその音で気付かれる可能性もあるが、民間人にはそれがパラシュートの開傘音だとは分からないだろう。

 それに作戦開始時の気象状況で移動距離が変動することは想定していたしな。

 降下時刻が徐々に近づく。

降下グリーンオン! 降下グリーンオン!』

 ロードマスターが叫ぶ。

 降下地点に到達したのだ。

 俺は躊躇なく後部ランプを蹴って空中に飛び出した。

 C‐1輸送機が小さくなっていき、やがて夕闇に消えていった。

 冷たい空気が俺の体を撫でる。

 今の季節は冬だ。

 宮崎県は温暖な気候で有名だけどもさすがに冬は寒い。

 雪はめったに降らないけどもそれなりに寒いのだ。

 北海道や東北に住む人間にとっては半袖で出歩ける程度かもしれない。

 しかし南国育ちの俺にとってはかなりの寒さだ。

 それでも防寒装備をしてくるわけにはいかない。マフラーやセーターを着てきても作戦行動では邪魔になってしまう。そんなものを持ってきても山地機動では荷物になるし、余計に汗をかいて水分を消費してしまう。

 冷気に晒されるのはほんの一瞬だ。

 俺はただひたすら寒さに耐え、開傘時機を待つ。

 地表が徐々に近づいてくる。

 周囲の地形を確認。

 事前に記憶していた地図と照らし合わせておおよその位置を特定する。

 たしかこの周辺であれば着地に適した場所があのあたりにあったはずだ。

 地表を舐めまわすように目的の場所を探す。

 ……見つけた。

 それと同時に開傘時機となった。

 肩に装着していたハンドルを引いてメインパラシュートを解放。

 背中のリュックからシュルシュルとパラシュートが引き出され、風圧を受けて広がっていく。

 全身に激しい衝撃。

 上空を見上げて確認。

 頭上では長方形型のパラシュートが正常に開いていた。

 よし、あとは着地するだけだ。

 パラシュートが開いたことで降下速度が徐々に下がっていく。その降下速度もやがて安定してきた。

 さて、まもなく着地だ。

 太ももに装着していた空挺背嚢を切り離す。

 これを体に着けたままだと着地の衝撃で脚を骨折してしまう。少しでも着地の衝撃を減らすために重量物を切り離すのだ。

 空挺背嚢は10メートル程度のロープによってパラシュートの装着帯に接続されている。俺は切り離した空挺背嚢をぶら下げたまま着地地点に向けて降下を続ける。

 ドスンと音を立てて空挺背嚢が設置した。

 それから間を置かずに俺も着地。

 素早くパラシュートを巻き取って回収すると近くの茂みに身を隠す。

「………………」

 周囲に人影は認められない。

 隠密潜入は成功だ。

 俺は背負っていたパラシュートのハーネスを降ろす。

 そして89式小銃の固縛を解いて銃床を展開する。

 周囲の安全を確保すると無線を入れた。

「姪乃浜、潜入開始地点に到着した」

『了解。初めての単独空挺降下はどうだったか?』

「葉巻を持ってくれば最高だった」

 俺はおどけてみせた。

 別に俺は未成年喫煙なんて非行はしていない。

 喫煙したいとも思ったことはない。

 俺は優等生だからな。

『やめろ。俺たちの原作者が炎上する』

「別に原作者は未成年喫煙どころか大人になっても喫煙はしていないぞ」

『違う。とあるゲームにそっくりだからやめろと言ったんだ』

「そんなの既に手遅れだ」

 俺たちの原作者は事あるごとにパロディを使っているんだぞ。

 今からすべてのパロディを除去しろって言われたら最初から書き直さなければならない。

 そもそもこの作品は『ヤンデレの妹に愛されすぎて仮眠も取れないス●ーク』と『シークレット●アター』って動画から着想を得て執筆されたんだぞ。

 もはや俺たちの存在自体がパロディなんだよ。

 それに今の俺にとって最も大事なことは任務の遂行のみ。

 原作者がどうなろうが知ったことではない。

『現在地は分かるか?』

「目標地点から西に12キロの地点だ」

『作戦当日には十分に間に合うな?』

「明日の早朝には到着できる」

 監視任務は明後日の午前中だ。

 明日の朝に現場に到着して陣地を設営。それから情報収集や万が一のための工作活動をする時間的な余裕は十分だ。

『その場所から目標地点までに住宅地が2つある。うち1つはそこそこに大きい住宅街だ』

「ここから2キロの地点だろ?」

 もちろんその情報は把握している。

 そこを突破するには渡河する必要がある。

 それどころか渡河した直後に見通しの悪い道路を横切らなければならない。さらには住宅地から見通しが効く地形だ。

 夜間だからとはいえ発見されるリスクは負うことができない。

「北上して迂回する予定だ」

 その住宅街の北部であれば安全に通過することができる。

 たしかに川を横切る必要はあるけども川の両脇に木が生い茂っている。隠れることができない渡河中も隠れることができるし、渡り終わった後も隠れたまま自動車の接近を警戒することができる。

 もちろん事前に計画を立てていたし、住宅街を迂回したとしても明日の朝には作戦地域に到達することができる。

『単独での夜間山地機動だ。怪我には十分に注意しろ』

「もちろんだ」

 山の中で怪我をして身動きが取れなくなったら別の部隊に救出して貰わなければならない。状況からしてSSTに出動がかかるだろう。大分SSTの応援で来たというのに大分SSTに救助要請をするなんて本末転倒だ。

 それに無事に救出されたとしても、基地に帰ったら愛梨にぶっ殺されてしまう。

 何がなんでも俺は怪我をするわけにはならない。

「これより『にちりん作戦』を開始する」

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