第4想定 第15話

 今日は事前に計画されていた『にちりん作戦』の決行日。

 そして1時間後には輸送機に乗って出撃だ。

 俺は武器庫の中で装備品を準備する。

 拳銃用の9ミリ弾。

 小銃用の5・56ミリ弾。

 完成した弾倉をマガジンポーチにねじ込む。

 陽動に使うプラスチック爆薬C4とその起爆装置を背嚢に放り込む。目隠し用のスモークグレネードを専用のポーチの中へ。

 ガンロッカーから俺専用のUSPと89式小銃を持ってくる。それぞれを机に置くと弾薬が装填されていない事を確認して通常分解フィールドストリッピング。汚れや異物が付着していないこと確認して再び組み立てる。USPはホルスターに突っ込んでフラップを閉じ、89式小銃は銃床を折りたたんで空挺降下用のケースに収納する。

 装備品の点検は終わった。

 あとは出発直前にドーランで顔面を偽装し、パラシュートと武器装備を装着して完了だ。

 腕時計を確認する。

 そろそろ輸送機の到着時刻だ。

 俺は装備品をロッカーに戻し、駐機場へと向かった。


 部隊の仲間たちと共に駐機場で待機していると、西の空に独特な機影が見えた。旅客機のようなスマートなものではない。

 そのずんぐりとした機影はノーズアップの姿勢で宮崎空港の滑走路に接地。この空港には似合わない輸送機はエンジンの轟音を響かせながら誘導路に入り、SST基地の目の前にやってきた。

 このC‐1輸送機は弾薬類の補給のためにこの基地に飛来した。そして次は広島空港に向かって離陸する。俺はこの輸送機に同乗させてもらい、道中で空挺降下するという段取りになっている。

 準備が整ったようだ。

 C‐1輸送機の後部ランプが開き始めた。

 貨物室には大量の木箱や段ボールがネットやベルトで固縛されていた。あの箱の中に弾薬や爆発物をはじめとして、様々な装備品が入っているのだ。それだけではなく基地で必要な消耗品も入っている。

 空中輸送員ロードマスターを先頭に、SSTの隊員や整備員たちが1列に並ぶ。そしてただひたすらバケツリレー。ポンポンと流れるような作業で木箱が武器庫へと送り込まれる。

 荷物は段ボールとなり、次は待機室へと運んでいく。

 そして最後にはペット用のケージが流れてきた。

 中に入っていたのはウサギだった。

 背中の体毛は赤みを含んだ灰色。腹部は白に近い灰色だ。

 こいつはアナウサギだな。

 それにしても、どうしてウサギが空輸されてきたんだ?

 ただでさえ金欠の愛情保安庁にはペットを飼う余裕なんてないぞ。

 俺は疑問に思いながらそのケージを抱えて指令室へと入っていった。

「姪乃浜、このウサギはどうしたんだ?」

「再来週の機動隊員選抜試験で使うんだ」

「という事は食料か」

 機動隊員は森林地域での長期作戦に投入することは想定されていない。しかし彼らの任務はSSTと密接に関わってくるということで、機動隊員の選抜試験ではSSTの任務の一部を体験することになっている。

 今回の選抜試験ではサバイバル訓練が行われるということか。それにしても食材にウサギが選ばれるだなんて今回の訓練生はツイているな。

 両手でスンスンと毛づくろいをしている。

 つぶらな瞳につやつやの体毛。

 それは高級ティッシュのように柔らかそうだ。

 よし、決めたぞ。

「今日からお前の名前はティッ●●だ」

「おい馬鹿やめろ!」

 姪乃浜が慌てて止める。

 おいおい。

 何をそんなに慌てているんだ。

 別に名前を付けたっていいじゃないか。このウサギはあと2週間の命なんだ。最後ぐらいは名前を付けて可愛がってやろうじゃないか。

 それにCQCなら俺だって使えるぞ。

「そのウサギはいいから、これを待機室に掲示しておいてくれ」

 そう言いながら姪乃浜は2枚の書類を手渡してきた。

 ちらりと文面を確認する。


3等愛情保安正 上岡ありさ

2等愛情保安正の階級に指定する(昇進)


「え! マジ!?」

 名前も階級も。

 そして愛情保安庁長官の名前も。

 どこを見ても間違いはなかった。

「姉ちゃんが昇進だって!?」

「幹部昇進してから時間も経ったしな」

 2等愛情保安正とは陸自で言うところの2等陸尉と同じだ。

 海外で言うと中尉。

 自衛隊や海外の軍隊では姉ちゃんの年齢で中尉になることはあり得ない。自衛隊の最短コースだとしても最年少は25歳、もしくは誕生日を控えた24歳だ。姉ちゃんの年齢ではまだ防衛大3年生と同じだし、そもそも階級が指定される年齢ではない。

 これはお祝いをしなければな。

 俺は次の休日の予定を考えながらもう1枚の書類を確認した。


3等愛情保安士 松橋愛梨

2等愛情保安士の階級に指定する(昇進)


「なんだ、愛梨が昇進するだけかよ」

「怒られるぞ」

「別に昇進してもしなくても2等兵であることには変わりないだろ」

 戦場において階級なんて役に立たない。

 大将だろうが2等兵だろうが、たった1発の銃弾で死体袋に入ることになる。

 だから愛梨は俺と一緒に3等愛情保安士という階級の座を守ろうぜ。

 もしくは俺も一緒に昇進させるべきだ。

 いずれにせよ俺は愛梨を道連れにするぜ。

「姪乃浜の権限で俺も昇進させてくれよ」

「俺にそんな権限はない。あったとしても宗太郎は昇進させない」

「それじゃあ減給処分を取り消してくれ」

「お前のせいで俺まで減給されているんだ。抜け駆けは許さんぞ」

「道連れにするのかよ。最低な奴だな」

「そもそも宗太郎の減給は宗太郎の責任だろ」

 なんだとこの野郎。

 部下の失態とはいえその責任を取るのは上官の役目だ。

 部下の責任は上官のもの。

 上官の責任も上官のもの。

「部下の身代わりになるのが上官の責任だろ」

「じゃあ宗太郎の代わりに俺が手当を貰ってもいいか?」

「なにを馬鹿なことを言っているんだ」

 部下の手柄は部下のものに決まっているだろう。

 まったく、俺はろくでもない上官を持ってしまったな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る