第1想定 第8話

 屋上からのリペリング訓練が終わった17時頃、小川さんたちが戻ってきた。

 救助訓練と称して俺たちはホイストで回収され、そのまま基地へ帰投。

 今日は本当に訓練漬けの一日だった。まぁ午前中はほぼ見学だったけど、それを差し引いたって「一日中」と表現しても間違ってはいないはずだ。

 新人だから覚えることがたくさんあるけど、いくらなんでも詰め込みじゃないか? 

 猛訓練おかげで俺の体はヘトヘト。

 にもかかわらず放送が流れる。

『出動情報。宮崎市、橘通、東四丁目、中央郵便局交差点。市街地戦闘、第二出動。出動部隊、機動1、宮崎2、宮崎7、以上』

 ……出動なんてやめてくれよ。

 この放送は言い換えれば「出動要請を出すかもしれないから準備しておけよ」という内容だ。

 今の疲労状態ではヤンデレの相手どころか、暴漢郁美の相手すら難しいだろう。

 しかしその最悪な想像は的中する。背後から暴漢郁美がのしかかってきた。

「宗太郎、お疲れさん」

 郁美は俺の苦労をねぎらいながら、ふくよかな胸を押し付けてくる。E……いや、Fはあるな?

 いずれにせよ無理だ。

「本当にお疲れさんだよ。てか、当たってるんだけど」

「当ててんのよ……勃ったか?」

「全然」

「ED?」

 俺のムスコが起き上がらないことに疑念をいだいたのか、郁美は俺が終わってるんじゃないかと思ったらしい。

「なんで勃たないんだ?」

「だってただの脂肪の塊じゃねぇか。そんなのに欲情すると思うか?」

「男ってこうされると疲れがとれてギンギンになるんじゃないのか?」

 男はそこまでバカじゃないぞ。

「宗太郎は変態じゃないもんね」

 郁美と入れ替わりに姉ちゃんが飛びついてきた。

「うわっ!」

 姉ちゃんのなだらか胸が俺の背中にフィットし、かすかにぬくもりを感じる。それと同時に、俺のムスコはすくすくと成長を遂げる。

 勃った、勃った。ムスコが勃った!

 つまり俺はまだ終わってない。

「ほら見ろ! 俺はEDなんかじゃ――」

 しまった! こっちは郁美じゃない!

「バルス!」

 美雪は滅びの呪文を唱えると同時に、鉄板が入ったタクティカルブーツで俺のムスコを思いっきり踏みつけた。そして煙草の火をもみ消すようにぐりぐりとねじる。

「大佐ァァァァァァ!」

 俺の大佐っ、ムスコ大佐がっ!

 俺は姉ちゃんを背負ったまま前屈みに崩れる。下腹部がごろごろと軋む。

 くそぅ、男として滅んでしまう。

「宗太郎! 出動がかかるかもしれないのよ! ふざけてないで食事の準備を手伝いなさい!」

「ふざけてねぇよ!」

 股間を蹴られて痛がらない男はいないぞ。

「この痛みを知らねぇだろ!」

「知らないわよ!」

 そりゃそうだ。

 この痛みはきん☆たま急所を持っている男にしか分からない。女の愛梨が知っていたらタマったものじゃないぞ。


 下腹部の軋むような痛みを我慢しつつ、俺は食事の準備を進めた。

 今日の晩ご飯はいつもより豪華らしい。というのも俺の歓迎会も兼ねているからだ。

「六百秒で食べなさい」

「無理だ!」

 訓練がキツかったせいで食欲が全く出ないんだぞ。

 しかも目の前にある料理は大盛り。仮に食欲旺盛だとしてもたったの十分で食べきれるとは思えない。

 チャイムが鳴り響く。

『出動情報。日向市、家鴨町、○丁目、○番○○。屋内戦闘、第一出動。出動部隊、日向2、以上』

 相変わらず空気を読まずにぶっ込んでくるよな。

 あれ? この住所、どこかで聞いたよな?

「ほら、いつ出動するか分からないのよ」

「だからって――」

「はい三十秒経過」

 嘘つけ。

 十秒ぐらいしか経ってないぞ。

「三十秒遅れるたびに駐機場エプロンを五周ね」

「せめて腕立て伏せにしてくれよ」

 こんな大量に食ったあとにランニングをしようものならば、絶対吐くに決まっている。

 腕立て伏せでもそうなるが、少なくともランニングよりはマシだ。

「……じゃあ一秒遅れるごとに腕立て一回」

 あーもう!

 時間内に食い終わればいいんだろ!


「……ごち…うさ……ま」

 虫の息で作ってくれた人に感謝の気持ちを伝えると同時に、この食事が終わったことを宣言する。

「ちょっと待って……………………………………………………はい、三分三十秒オーバーね」

 ちょっと待て。

 俺が食べ終わってから十秒くらい稼いだよな?

 切りが悪いとか言って腕立ての回数を切り上げるつもりなのだろう。

 だけど甘い。

 三分三十秒オーバーということは腕立て二百十回。これを四捨五入したら二百回に切り捨てだ。つまり十秒稼いだところで俺の腕立て伏せにはなんら影響がないのだ。

「腕立て二百十回。切りが悪いわね……」

 ようやくそれが無意味なことだと気づいたのだろう。

「概算で三百回」

「は!?」

「五十回を六セットでいいわ」

 なんで切り上げてるんだ!

「なんなら格納庫シャトルランにする?」

「飯食ったばかりだぞ!?」

 満面の笑みで代替案をぶっこんできた。

 ただでさえ量が多かったんだ。この状態で腕立てを三百回もしようものなら嘔吐間違いなし。ランニングなんてもってのほかだ。

「絶対に吐くって!」

「だから何?」

「理不尽!」

「いいから多目的室に行くわよ!」

 愛梨はしびれを切らしたらしい。俺は腕を掴まれて拷問部屋へ連行されそうになる。

『ビ――――――ッ』

 しかしそれは待機室に鳴り響いたアラートで止められた。

 室内に緊張が走る。

 朝の放送とは明らかに違う。

『出動指令。日向市、家鴨町、○丁目、○番○○。屋内戦闘、第三出動』

 スピーカーからはまだ指令が流れ続ける。

『出動部隊、特殊2、機動8、日向1、――』

「騒いでないで指令室に行くわよ!」

 俺は愛梨に腕をつかまれ連行されていった。


 SST隊員が司令室に集合し、ブリーフィングが始まった。

 窓の向こうの格納庫ではサイレンが響きわたり、シャッターがゆっくりと開いていく。これからヘリむくどり駐機場エプロンに引き出されるのだ。

「日向2より出動要請だ。ヤンデレワールドを探知し一般隊員を初動対応に向かわせたところ、監禁性のものであることが判明した。現在、機動8所属の隊員三名が現場に向かっている」

 機動8といえば鬼塚がいる部隊だ。

 もしかしたら彼女が駆けつけているのかもしれない。

「現場は家鴨ヶ丘高校」

「俺の学校じゃねぇか!」

 ここ2週間で4回目だぞ。

 なんなの俺の高校は。

 ヤンデレの巣窟か?

「今回はありさを出す。それと宗太郎もな」

「俺!?」

「実地訓練だ」

「でも俺、まだリペリングなんてできないぞ」

「大丈夫だ。ホイストで降ろせばいい。それに屋内戦闘訓練の話も聞いたぞ。良い動きだったらしいじゃないか」

 ちらりと愛梨のほうを向く。

 俺の視線に気付いた彼女は顔を背ける。

 訓練では怒鳴りっぱなしだったけど、彼女は俺の成長にちゃんと気づいているのだ。

「だけど二人だけって……」

 俺が戦力にならないことは理解している。

「本事案はSSTと機動隊の共同作戦だ。ぶっちゃけ宗太郎はアテにしてない」

 なんだとこの野郎。

 言い方ってものがあるだろ。

「それに宮崎市でも機動隊が出ていて、そっちからも出動要請がかかる可能性もある。全員を回すわけにはいかない。宗太郎なら大丈夫だ……いけるな?」

 姪乃浜は俺に期待している。

 その思いを無碍にすることはできない。俺は首を立てに振った。

 それに姉ちゃんがついているんだ。

「本事案ではヤンデレの位置が分かっていない。そのため接触まで隠密行動だ。装備は任せる。出動準備にかかれ」

 司令室でのブリーフィングが終了し、俺と姉ちゃんは装備を整えるため武器庫へと向かった。

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