第四話 あつめられた鏡の行方

「回りくどくなっちまいますが、犬辺野家いぬべのいえ永崎ながさきでやらかしたことを確認させてくだせぇ」


 海藤かいどうさんはカバンからノートを数冊引っ張り出しながら言った。

 俺がその様子を見ていることに気がつくと、彼は片眉をあげて微笑み、


「なにせ十年以上前の資料ですからねぇ。こうやってまとめる方が手早かったんですよ」


 と、のある指をこちらへ見せてくれた。

 なんだか、センセーより文筆業っぽいな。


「そいつは光栄ですねぇ。……さて、あたしが犬辺野家を追いかけてきたことは先に言いましたが、その切っ掛けはですね、あの一族が鏡を買い占めはじめた、ということに起因きいんします」

「鏡を?」


 なぜかと訊ねると、彼はゆっくりとかぶりを振った。


「理由はわかりません。しかし、ただ買い占めるんじゃあない。あちらこちらを見て回り、旧家の蔵や神棚かみだなに置いてあるような、古い鏡だけをあつめていましてね。そしてそいつは、どこへなりと送られていた」

照魔鏡しょうまきょうというものがある」


 センセーが、顎を撫でながらつぶやく。


とした鏡が妖怪化したもので、魔をあばくとも、それを退けるともされている。いずれにしても、彼らはなんらかの目的を持って鏡をあつめていたのだろう」

「ええ。知り合いの古美術商から、そんな奇特な一家がいると聞いて、あたしは目をつけはじめたんですが……実態は恐ろしいものでした。ありゃあ、現代のおがですよ」


 ……ずっと気になっているのだけれど。

 拝み屋って、なんなんだ?

 正直、俺には解らないんだが……


「拝み屋って言うのはね、きりたん。ようするに祈祷師きとうしのことだよ」

「祈祷師……」

「あ、駄目だ。ぜんぜんピンときてない顔だ。えっとね……」


 小春が唇に指を当て、首をかしげながら言葉を選ぶ。

 無駄に可愛らしいのがちょっとむかつく。


「無駄って言うな! むかつくって言うな! 可愛らしいだけでいいでしょ! ……ようするに、困りごとがあったとするじゃん? で、その問題は科学とか普通の手段じゃ解決できない。たとえは悪いけど、末期ガンで治療の余地がないとかね」


 そんなとき、頼る相手が拝み屋なのだと、彼女は言う。


「いわゆる超自然的なパワー! 物理学を超えて作用する神秘。そういう言い方が無理なら、こんな風に言い換えてもいいかも――神にもすがりたいって」

「っ」


 なるほど、それなら解る。

 経験があるからだ。


 ギリギリまで頑張って、瀬戸際まで踏ん張って、それでもどうにもこうにも、なんともならないとき、人間はたやすく神様を頼る。

 もしも、神様との間柄あいだがらを取り持ってくれるひとがいるなら、そりゃあいくら金を積んだってお願いするだろう。


「つまり、犬辺野家とは巫覡ふげきの家系だった、とするべきだろうね」


 センセーが小春の言葉に付け加える。

 巫覡――巫女。そういうものだと。

 でも、どうしてそんな便利な人たちが、嫌われたり差別されなきゃいけないんだ?


「便利だからさ。有能だからさ。ひとは、己の理解を超えたものを怖れる。それに、困りごとを助けるということは、必然的に〝穢れ〟に近づくということだ。怪我を診て、おさんを手伝い、禍事まがごとを鎮める。問題を解決すればするほど、〝穢れ〟は蓄積し、忌み嫌われる。そうか――」


 だから、彼らは鏡を求めたのかも知れないねと、センセーは独りごちた。


「で、話を戻しますがね。落ちぶれていた犬辺野家が、急に活動を活発化させた時期がありやした。これ、水留先生ならお心当たりがあるかも知れないんですがね。十二年前の、全国で子どもの怪死事件が連続したときの話ですよ」


 ……?

 そんな事件、あっただろうか。

 小春を見遣ると、彼女は首を横に振る。

 次いでセンセーに視線を向けると。


「――――」


 彼はあんぐりと、口を開いていた。

 あたかも推理小説の最後を読んで、意外な真犯人や意表を突いたトリックを突きつけられたときのような、思いもよらなかったという顔。


「どう、されやした?」


 海藤さんすら心配して声をかけたとき、センセーはハッと我に返り。

 唇を、強く噛んでみせた。


迂闊うかつだった。ぼくとしたことが、こんな初歩的なことにも気がつかなかったなんて」


 そうして、彼はどうしてだか俺を見るのだ。

 いつもはユーモアと好奇心に満ちている瞳が、激しい感情で揺れ動いていた。


「続けますが、構いませんか? 十二年前、業界で一つの写真が有名になりやした。地獄の祭壇が映し出されたって触れ込みの心霊写真です。こいつが、そのコピー」


 彼が開いたノートのページには、奇妙な写真が張られていた。

 全体的には、観光客がとある教会――鴻上天主堂こうがみてんしゅどうだ――を背景にして、ポーズを取っている。

 その上に、赤い光が覆い被さるようにして写っているのだ。


「フィルムの感光じゃないんですか?」

「こいつは携帯のカメラで撮られたもんですよ、菱河さん。感光しようがないんです」

「…………」

「それで、こいつが〝門〟のよう見えるって話題になりましてね、ネットやテレビで取り上げられた。番組に出演した霊能力者は、これが地獄の門だと断言したんでさ」

「……その霊能力者の名前が、碓氷うすい雲斎うんさいなんだよ、切人くん」

「え?」


 突然のセンセーの言葉に、俺は言葉を失う。

 こんなところでも、繋がってくるのか……。


「さて、撮影地は離れちまいますが、地元と言えば地元です。わたしも撮影に行きましたが……テンでなにも映らない。それはよかったんですが、これに前後して妙なことが続いた。全国で、十歳程度の子どもの不審死が続いたんです」


 子どもの、不審死。


「うっ……」


 反射的に、額をおさえる。

 頭痛。

 なにか、酷く重大なことを忘れている感覚。


『おまえに死はない』


 鞠阿まりあさんの言葉が甦る。

 鞠阿さん……?

 あの言葉を言ったのは、彼女だというのか――?


「その数、三千人にもおよびましてね。しかし、どれも事件性というか、人が殺したという話じゃなかった。足を滑らせて沼に落ちたとか、高熱で倒れたとか、迷子になって帰ってこないとか……神隠しっていうんですか? そういうのも多かった」


 神隠し。

 熱にうかされ、死にひんした少女。

 そばかす。

 チラチラと鏡が光を照り返すように、断片的に脳裏で甦る記憶の数々。

 わからない。

 俺は。

 俺は――


「このときをさかいに、沈黙していたはずの嵯峨根さがね久埜くのは行動を開始しました。初めに投身自殺を試み、これに失敗すると市場からともかく鏡を買いあさった。時には盗みに入ったこともありますが、証拠がなくて不起訴。さて――」


 海藤さんが居住まいを正した。

 どこか飄々ひょうひょうとした印象のあった彼が。

 酷く真剣に、俺たちを見詰めていた。


「その鏡の送り先を、わたしは調べていたわけです。当然の好奇心、飯の種ですからね。ところが、判明した宛先は、あんまりにも奇妙でした」


 彼が告げた地名は、酷く有名で。

 怖い話から逃げ回っていた、俺ですら知っているものだった。


狗鳴村いぬなきむら玖州きゅうしゅう最大の心霊スポット、狗鳴いぬなきトンネルの向こうに、彼らは鏡を輸送していたんです――」

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