歓喜した男

××一三年 九月 十三日

 赤ん坊を拾った。そこらに投げ捨てられているゴミのように、文字通り路地裏に放り出されていた赤子だ。名も無ければ愛も知らない。いっそ生まれてきたこと自体が可哀想に思うほどの哀れな存在。一応の情けだろうか、申し訳程度に薄っぺらな毛布に身を包まれてはいたが……。条件的にも丁度よかったのでその赤子を拝借、もとい拾い帰った。名前は「テオ」と名付けた。愛を注ぐ気も情を移す気もないが変な気分だ。とりあえず実験を始めよう。


 ××二四年 九月 十三日

 あの日から、テオを拾ってからちょうど十年の月日が流れた。純粋無垢で天使のような可愛らしい顔立ちをしている彼は、僕にとっての最高傑作だ。僕と、僕が作り出した架空の神を盲目的に信じ込み、疑うそぶりなんて一切ない。一見そこいらにいる聖人君子の誰よりも清らかで美しい心の持ち主だが、面白いことに彼こそがこの世の巨悪でもある。底なしの計り知れない大きな悪。これぞ僕の研究の成果だ。あぁ早く彼のことを世に公表したい。世界の恐れおののく様を目にしたい。あと十年、あと十年すればそれが叶う。もう少しだ。


 ××三四年 九月 十二日

 テオに出会って明日でちょうど二十年、私は老いた。そして彼は成熟した。まごう事無き完成体だ。明日になれば彼はこの檻から解き放たれる。私の×こそがこの研究のゴールであり、そしてもう一つのスタートラインなのだ。あぁ、明日が楽しみだ。楽しみすぎて一向に眠気がやってこない。眠れない!

 なんて、明日になればいやでも眠りにつけるのだけれど。

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