The 9thバトル ~幼女とクラスメイト②~

「本当に最近の小学生は無駄に大人ぶりたがんな。水商売の意味もいまいち分かってないようなガキがしたり顔でほざきやがって」

「ガキ扱いすんじゃねーよ。水商売ぐらい知ってるわ」

「秋人、指名ってなに?」

「あぁ? あれだよ、なんていうか、多分色々買ってもらったり、金貢いでもらうやつ」


 それを聞くと、逸馬に見初められた子がそっと近づく。

 そして逸馬の側まで来ると、上目遣いで甘えるように口を開いた。


「おじさん、たこ焼き買って?」

「うっ……!」


 それは、素直で無垢な瞳だった。

 普段愛姫から散々向けられている蔑むような視線ではなく、期待に満ちた無邪気なもので、その新鮮さから酔った頭が簡単にグラつく。


「……よし、お嬢ちゃん、俺がいくらでも買ってあげるから付いておいで」

「うん。あと、りんご飴と大判焼きとソースセンベイも食べたい」

「待てよ千冬。そんな得体の知れない大人に付いていこうとすんな。つか誘拐にしか見えねーぞおっさん」

「はぁ? この子が買ってほしいって言うから俺は善意で」

「だったら善意で俺の分のたこ焼きも一人で買って持ってこいよ。あと、言っとくけど千冬は男だからな」


 鋭く投げつけられた事実に、逸馬の時間が止まった。

 そして、下から眠そうな目で期待の眼差しを向けてくる子供を凝視する。

 受け入れ難かった。目の前にいる美少女にしか見えない子供が、少年だと認めたくなかった。

 不条理、神の選択ミス、運命の悪戯。逸馬の脳裏にあらゆる言葉が巡る。

  

「おじさん、買ってくれないの?」

「うぅ……!! うぅうううっ!!」


 そう問われ、頭を抱え苦悩する。

 愛でたいと言う欲求と倫理観がせめぎ合い、葛藤して混乱する。

 越えては行けない一線が、形となって顕現したかのようにさえ逸馬は感じていた。

 その一線を、「可愛いものに隔てはない」と言い訳を付けて越えようとする自分と、「さすがに不味い」と必死で引き止める自分が、彼の頭の中では激しく殴り合っていた。

 それは見ている人間からすれば、気持ち悪いの一言であった。


「おい生麻、なんだよこのやべーおっさん」

「ロリコンよ」

「マジでやべーじゃん」


 先ほどと違い、いつもの調子を取り戻した愛姫が端的に断言する。

 学校の子と会ってしまった萎縮などは、千冬と逸馬のやり取りを目の当たりにしてすっかり引いていた。というか、逸馬に引いていた。


「なんでそんなやつと一緒にいるんだ? お前のお袋とは関係ないんだろ?」

「それは、なんていうか、私があいつとは勝負してて……。それにロリコンはロリコンだけど、そんなに悪いやつじゃないっていうか……」

「勝負?」

「そ、そんなことより、あんたたちこそ何やってるのよ? こんな遅い時間まで子供だけでいていいの?」

「あー、そろそろ帰ろうと思ってたんだけど、どうしてもそこの屋台のが倒せなくってさ」


 秋人が視線を送った先には、缶がピラミッドのように六つ重ねられていた。

 それを全て倒したら景品を貰えるという趣向の屋台だ。


「難しいの?」

「三発でならなんとかなるんだけど、欲しい景品は一発で全部倒して台から落とさないと貰えないんだよ」

「ふーん」


 その言葉を受けて屋台の中をのぞき込む。

 景品には流行りのゲーム機やノートパソコンなど、豪華な品々が陳列されていた。 

 店の者に、「お嬢ちゃんもやってみるかい?」と声をかけられ少し考え込む。


「ねぇロリコン、ちょっとそれやってみて」


 しかし、自分で挑戦するのではなく、愛姫は逸馬へ指示を出した。

 金がないのもあるだろうが、自分には苦手な部類と考えたのだろう。

 引き続き頭を抱え苦悩していた逸馬が、声をかけられて正気に戻る。


「いや、クソガキ、今はそんな場合じゃねぇんだ。もしかしたら俺の人生の選択肢が増えることになるかも知れない重要な局面でだな」

「いいからやりなさいよ」

「なんで俺なんだよ」

「さっき射的でたくさん倒してたでしょ。あんたこういうの得意そうじゃない」


 釈然としないまま、逸馬が店の前に立つ。

 すると、まだやるとも言ってないのに、店主が勝手に「大人は一回五百円ね」とお手玉のようなものが三つ乗った皿を差し出してきた。

 それを受け取って、二、三回上へ放りながら弾の感じを確認する。

 そして、そのまま思い切り腕を振り被った。


「おお!!」


 思った以上の豪快なフォームに、逸馬のことを馬鹿にしていた秋人が驚くような声を上げる。

 着弾と共に缶の景気の良い音が響いた。

 しかし、弾は見事命中し缶を全て倒したものの、台からは半分しか落ちなかった。


「すみませんね兄さん、これ落ちてないやつは立て直しになるんですよ」

「……なるほどねぇ」


 台の上に倒れた缶を店主が立て直すと、再度逸馬が腕を振り被った。

 そして、二発目で残り一つに、三発目で全てを落とし切ることに成功した。


「はい、おめでとさん。三回で全部落としたから、ここから景品選んでいいよ」


 差し出されたのは、プラスティックで出来たチープな玩具や、安い駄菓子類だった。

 逸馬はその中から駄菓子を一つ選んで愛姫に渡す。


「ダメじゃない」

「意外にやるじゃんおっさん」


 愛姫と秋人が対象的な意見を述べる。

 愛姫は一回で落とすことを期待していて、秋人は三回でも全部落とすのが難しいことを分かっていたからだった。


「よっし! 次こそ俺が一発で」

「いや、ここの店は無理だ。やめといた方がいいぞ」

「なんでだよ」

「あんなスカスカの弾じゃ、軽すぎてどんだけ頑張っても一発で全部落とすとか不可能だろ。缶が立ってる台も結構奥行きあるしな。最初から最高でも二発でしか落ちないようになってんだよ」

「はぁ? マジかよ? 詐欺じゃねーか。おいオヤっさん、そこの変態が一発じゃ絶対に落とせないようになってるって言ってるけど本当かよ!」


 逸馬に忠告を受けたことで秋人が店主に食ってかかる。

 愛姫と千冬は、他人事のようにその二人の様子を傍観していた。

 

「兄さんに坊主よぉ、イチャモン付けてもらっちゃ困るな。ちゃんと良い角度で当たれば全部落とせるよ」

「だったら自分でやって見せろよ! 俺たち昼間っから祭りにいるけど、誰も一発で落としてるの見たことねーぞ」

「ほう。それじゃ俺が一発で全部落としたらどうするんだい? まさか難癖付けておいてごめんなさいの一言で済ます気じゃないだろうな」

「それは……」

「そしたら俺が何度でも金払って一発で落とせるようになるまで挑戦してやるよ。その代わり、あんたも落とせなかったらこいつらに今まで使わせた金返してやれよな」


 店主に押され気味の秋人に逸馬が助け舟を出す。

 それを聞いて、店主がニヤリと笑って肩を回した。


「おいおっさん、そんなこと言って平気なのかよ?」

「大丈夫だろ。どれだけ強肩か知らんが、あんなくっそ軽い弾で全部落ちるはずがねぇ」

「もし落ちたらどうすんだよ」

「ははは、坊主、兄さんが有り金全部うちの店で使ってくれるって言ってんだから止めるな止めるな。兄さんもよく見てなよ。あとでまたイチャモン付けられたらたまったもんじゃないから、なっっと!!」


 そのまま店主は二人の返事を待たずに玉を投げた。

 まるで、約束を覆されないように急いでいるようでもあった。

 しかしお手玉は缶に当たることなく、背後の幕に当たって落ちた。


「外してるじゃねーか!」

「おいおい坊主、条件は一発で全部落とすことだろ。外すことぐらいあるし、当たらなかったら一発で落とすのが無理ってことにはならんだろ」

「だったらせめて俺たちと同じで三回までにしろよ」

「はっ、別に構わんよ」


 そう言いながら投げた店主の弾は、逸馬のそれよりも遅く、しかし無情にも缶の山の中心に直撃しその全てを台から落とした。

 秋人が絶句し、困惑した顔になる。


「ほらどうだ! ちゃんと落とせるだろ?」

「おいおっさん! 絶対落とせなかったんじゃねーのかよ!? あっさりやられてんぞ!!」

「……ふーん」


 逸馬は別段驚くこともなく、不機嫌そうに眉根を寄せるだけだった。

 そんな二人の様子を見て、店主が提案する。


「まぁ、子供には難しいだろうから三人がかりでもいいよ。その分、代金は三人分もらうがね」

「本当か!?」

「あぁ、三人同時に投げて全部落とせれば、一回で落とせたことにしてあげるよ」


 店主がサービスだとでも言うように余裕たっぷりで言ってのける。

 新しく缶の山を組み立てながら、お手玉の乗った皿を三つ差し出してきた。

 そこで逸馬は違和感を覚えた。


「……クソガキども、俺が金出してやるからやってみろ」

「よっし、任せとけ。千冬、生麻、いっせーので投げるぞ」

「え、私も?」

「二人より三人の方がいいに決まってんだろ。その代わり外すなよな」


 促されるまま、千冬も愛姫もお手玉を持って構える。

 そして振り被ると、秋人が掛け声をかけた。


「いっせーの!!」


 三人が同時に弾を投げる。

 力いっぱい投げたそれらは、運良く三発とも缶に直撃した。

 しかし、山は崩したものの、台から落ちたのは二つだけだった。


「はぁああああ!? なんで二つしか落ちねーんだよ!?」


 理不尽な結果に、秋人が憤慨し声を荒げる。

 他の二人は大して悔しそうにしていなかったため、かなりの温度差があるように見えた。


「ガキ、ちょっと代われ」

「お、おっと、兄さんが投げるなら三人同時は駄目だし、あと二回しか投げられないけどそれでもいいのかい?」

「別にいいよ。どうせ一発で落とせなかった時点で意味ねぇんだから」


 店主が少し焦ったように注意するが、それに構わず逸馬が投げた。

 それは先ほどと違い、全力投球という感じではなく確実に当てに行くような加減した投げ方だった。

 それを見て、店主がホッとしたような表情を浮かべる。


「どうしたんだ兄さん? そんな力抜いて投げたら落ちるもんも落ちないよ。まぁ本気で投げても落ちないときは落ちないがね」

「練習みたいなもんだしいいんだよ。それより、もう一回あんたが投げてみてくれねぇか?」

「はあ? なんでだい? さっき落としてみせたし、一回で十分だろ?」

「お手本としてコツみたいなのを掴みたいんだよ。見せてくれたら、次から倍の料金でいいからさ」

「ほう。それなら見せてやらんこともないよ」


 店主が自分で投げる用に缶を組み立てると、再び店の前に出てきた。

 逸馬がそのすぐ側に寄ったため、怪訝な表情を浮かべる。


「ちょっと、そんな近くに寄られちゃ投げにくいよ」

「別にいいだろ。次から倍払ってまで手本見せてもらうんだから、しっかりフォームとか参考にさせてもらおうと思ってな」


 そう言われて、釈然としないながらも店主が投げる。

 見事一発で全て落とすと、得意げな顔をしてみせた。

 

「どうだい! 今度は一回で成功しただろう?」

「おー、すごいすごい。そんじゃやっぱり俺には無理そうだし諦めるわ。あとこれ、さっきガキどもが投げた球の残りな」


 逸馬が先ほど余ったお手玉を返すと、そのまま踵を返した。

 その背中に店主が不満の声を浴びせる。


「ちょっと! 話が違うじゃないか兄さん!」

「いや、だって無理だろ。さっきガキども三人が投げたときの缶と今の缶って、重さ違うやつだろ?」

「な、なに言ってんだ!? そんなことないよ!」

「へー、じゃあ今あんたが落としたやつでもう一回やらせてくれよ。そしたら言った通り何度でも倍付けでやってやるからさ」

「今度こそ本当だろうね?」

「マジマジ」

「だけど、次からは子供三人で投げるのは無しだよ」

「は? なんでだよ? さっきと同じ缶だったら結果は変わらないだろ」

「さっきのは一回限りのサービスだからだよ。毎回三人で投げさせてちゃこっちは大赤字だ。それが嫌だっていうなら帰ってもらって結構だよ」

「ふーん。まぁ、あんたが今倒した缶でやらせてくれるなら別にいいよ」

「はんっ、これでいいんだろう? 言っとくけど、缶の重さなんて変わらないし、これで倒せなくてもまた難癖付けたりしないでくれよ」

 

 店の中に戻りながら、店主がムッとした顔で缶を組み立てると、皿に乗ったお手玉を差し出してきた。

 それを手に取って先ほどと同じように二、三回上に放ると逸馬が背を向けた。

 店主とのやり取りを黙って見ていた三人に歩み寄り、秋人に目を付けると玉を差し出す。 


「おいガキ、お前に投げさせてやるよ」 

「は? なんで俺なんだよ?」


 懐疑的な質問を投げ付けた秋人が、しかし、玉を受け取った途端に顔色が変わる。


「おっさん、これって……」

「分かってんだろうな。絶対外すなよ。ど真ん中ぶち抜け」

「へっ、任せとけ!」

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