第2話 元気に大きくなりました

 俺がこの世界に生まれて、十年の時が経った。


 この世界でも人間の成長速度というものは変わらないみたいで、俺の体は十歳児と同じくらいの大きさだ。

 こんなにちっちゃい体だというのに元気は底なしで無限に走り回ることができる。そりゃ世の子供は永遠に騒ぐよなと変に感心したのを覚えている。


 この世界……俺が住んでた地球とは何もかもが異なるこの世界を俺は『異世界』と呼んでいる。

 ここ異世界に転生してすぐの頃は言葉も何にも分からなかったが、十年も過ごせば言葉も覚える。


「ていうかもう日本語もよく覚えてないな。転生前の名前もすっかり忘れちゃったし覚えてるのはこれ・・くらいか」


 そう言って俺は手元の紙に書かれた文字列に目を移す。

 異世界の文字で書かれてはいるが、その文字列は元の世界でいうプログラミング言語で書かれた『ソースコード』によく似ていた。


 その文字列に指を重ね、魔力を流し込む。

 すると文字列が光り、ボッと指先に火が灯る。


「まさかプログラマーとしての経験がこっちで役に立つとはな」


 俺は元の世界にいた頃、コンピューターのプログラミングをする仕事、いわゆる『プログラマー』をしていた。

 その経験は『剣と魔法のファンタジー世界』であるここ異世界では役立つことは無いだろうなあと思っていたんだが、なんとある分野に応用することが出来たのだ。


 それは魔法。

 この世界ではなんと魔法が日常的に使われているのだが、それを発動するのに俺のプログラミング知識がおおいに役に立ったのだ。


「こっちの人はみんな感覚的にしか魔法を使ってないが……こうして文字に起こしてプログラミングした方が魔法は安定するし、ずっと強くなるのに。もったいない」


 五歳の頃、俺は魔法には規則性があることに気がついた。

 規則性があるなら言葉や式で表すことが出来るのでは? という俺の直感は正しく、二年の時間をかけ俺は魔法を言語プログラム化することに成功した。

 そうして出来た言語を俺は『魔導言語マジックコード』と呼び、その言語で作られた魔法式を『術式』と名付けた。


「あの社畜人生にも意味があったのだと思うと少し救われるな……」


 元いた世界で社畜だった俺は毎日激務に追われ、睡眠は一日一時間、エナドリの摂取量は一日平均二十本という今考えれば頭のおかしい生活をずっと続けていた。

 まあ多分そのせいでぽっくり死んでしまい、異世界に飛ばされたんだろう。異世界召喚は死んだ人間にしか使えないらしいからな。


「ま、今の生活の方が楽しいし、結果オーライだな」


 自由気ままに魔法を研究する毎日は、非常に充実している。

 プログラミングする作業は好きだったんだけど、会社員として働いているとあれを作れだのこれを直せだので自由に研究することが出来なくて不満だったんだよな。


 その点今は自由。働かなくていいし、飯も自動で出てくる。

 それになんと今の俺には専用のメイドさんまで付いているのだ、貧乏会社員だったあの時とは大違いだ。


「アル様、フルーツが切れましたよ」


 そう言って俺の口元にフルーツを運んでくれるのは俺の専用メイド、シルヴィアだ。

 銀色のポニーテールと、すごく整った美貌の持ち主である彼女は、その綺麗な顔にニコニコと笑みを浮かべながら俺の口にカットしたリンゴみたいなフルーツを運んでくれる。

 魔王国の住民である彼女はもちろん人間ではない。

 なんと彼女はあの伝説の種族『エルフ』なのだ。その証拠にとがった耳が嬉しそうにピコピコと動いている。魔王国には魔族以外にも様々な種族が生活しているのだ。


「もぐもぐ……うん、おいしい。ありがとねシルヴィア」

「いえいえいいんですよ。はい、あーん」


 シルヴィアは俺を膝の上に乗せ、存分に甘やかしてくる。

 彼女の上はやわらかくて、いい匂いがして非常に居心地がいい。いい気分だ。


 ちなみに今の俺には性欲はない。なんてったって肉体はまだ十歳だからな。

 十歳の子供に大人の心がある……というよりも、十歳の子どもに大人の記憶がある、と言った方が感覚的に正しいだろうか。大人の記憶はあるけど感性は子どものそれなのだ。

 なので今の俺にあるのは性欲ではなく、子ども特有の甘えたい気持ちだ。だからこうやってシルヴィアのおおきなおっぱいに顔を埋めてもしょうがないのだ。うむ。


「アル様、いけませんよ、そんな所にお顔を入れては」

「えー、だめ?」

「うぐ! かわいい! 存分に頭を入れてください!」


 シルヴィアはお願いするとすぐに受け入れてくれるのでついつい甘えてしまう。しばし彼女の感触を楽しんでいると、急に俺の部屋の扉がバン! と開け放たれ一人の人物が現れる。


「……見つけたぞ」


 そこにいたのは黄衣に身を包んだゾンビ。

 何を隠そうこいつは俺が転生した時に、俺のことを解剖しようとしたあのゾンビだ。


 ゾンビは俺の元につかつかと近寄ると、俺のことを抱き上げシルヴィアから引き離す。そして身の毛もよだつような低音の恐ろしい声で怒鳴り散らす。


「何サボってるんですか坊っちゃん・・・・・! 午後は私とお勉強するという約束でしょうが!」


 そう言いながら俺の頭をガシガシと撫でてくる。


「ちょ、痛いってデス爺!」

「問答無用! 坊ちゃんは勉強部屋行きです! ビシバシ行きますのでお覚悟ください!」


 すっかり俺に甘々になったゾンビ、屍王しおう『デス・ザ・リッチ』。通称デスじいに連れられ俺は部屋を出たのだった。

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