ソロダブル

あさひ

第零話 音が流れ着く所

夢の中で

小さい光が浮かぶ海を見た

声援と自身の声をぶつける様な舞台から

溢れ出た二人の魔法は

今、崩れ落ちそうな少女が放ったもの

そして箸はラーメンの場外へと落ちていった。

ラーメン屋でソロだった礼華あやか

鉢巻の女性が心配そうに何度も呼びかけいる。

「礼華ちゃん? どうしたの?」

顔なじみの店主が目の前で手だけをぶんぶんと振っても

反応がないというか固まっていた。

店主は視線の先を辿りながら耳を傾けていく

それは音楽番組でのアーティストニュース

見出しは

【《ワードスコア》それぞれソロで活動を発表!】

聞き覚えのあるバンド名に頭を巡らせ

状況に追いつく。

「あら、めでたいわねぇ」

しみじみと母の様に

祝福するが本人の様子に昨日の会話を思い出した。

《ねえ、そろそろ歌詞を書いてくれないかな?》

《ええ…… 苦手なんだけどなぁ~》

《あーちゃんの小説が好き! だからあれを歌にしたい……》

その時に目の前の少女は手をひらひらと

軽く承諾していたのだが

そういえば新曲を聞いてない。

「礼華? まさかあんた……」

問いかけに応じない中で

少女のお腹が追加をオーダーした直後に

ラーメンの横に頭をドンっと落とした。

その拍子に汁が耳に飛び散り

泣きっ面に蜂ではないが

ラーメンの汁が涙に参戦する。

「やっぱしか……」

そう書いてないどころか

この頃、ゲームに夢中で音楽なんて

カラオケ程度しかやってない。

いきなり言い訳を展開し始めたものの

理由があまりに辛辣だった。

「だって…… 新キャラが譜夜にそっくりで……」

「それで?」

「すごい褒めてくれて…… でへへ……」

「本物に愛想つかれたという典型的なマンネリね」

「痛いなぁ! 母さんのおにぃ……」

感情表現があまりにわかりにくい譜夜ふや

天才的なボーカルであり

舞台の上だけ礼華に正直で居られる。

涙が滲みながらスマホを取り出し

ゲームを起動し、セリフを響かせた。

【いつもありがとっ! アヤーカが側にいて良かったっ!】

ネット配信で見たセリフと同じようなことをゲームが言っている

しかもアカウント名がダサ過ぎる。

「あの子はそんな感じというより真面目な子だからね」

「ねえ、譜夜が来たの何日前?」

「あの子なら来ないわよ」

「ん? なんでわかるの?」

「ゲームを閉じて、電話を待ちなさい」

疑問ながらも言うことを聞いてみると

数分後に本当に連絡が来た。

「もしもし……」

「あーちゃん? 報道は見てくれたよね」

「可愛かったよぉ? あれは気を引きたいんでしょぉ」

言葉の使い方で無理をしていることが

手に取るようにわかる。

「違う…… 本気でこれからは一人で行こうと思う」

「もう怒るよぉ?」

「あと私、ダブルロックに出ることを決めたから」

ダブルロックとは

デュオまたは二名で構成されたバンドでしか

出場できない対バン企画大会で

すなわち相方がいるということだ。

スマホ先でゴソゴソと鳴り始めると

違う声が聞こえてくる。

「あやちゃーんっ! お姉ちゃんだよっ!」

騒々しい声でこの喋り方は

姉の歌夜かやだが

出てきた理由が分からなかった。

「新しい相方の歌夜ちゃんが宣戦布告だよ?」

ぽかんとしたがハッと気が付く

伝説のアーティストで今は休養中であり

小説なども執筆する歌夜さんが相方になったということ。

「えっと…… どっどういうお遊びでしょうか?」

「あなたの大事な譜夜は私が……」

口を塞がれたのかフガフガと鼻息だけになり

また譜夜が電話口に出る。

「あーちゃんはダブルロックに出るの? 興味はないけど」

「興味はない……」

うわの空で潜り抜けた言葉の真意を

偶然にも聞いていた。

頭に浮かんだことを勢いに任せて

言い放つ。

「じゃあ私が譜夜より上に行けたら戻るの?」

「仕方ないかもね」

言葉というのは力を呼び、そして活性化するのだろう

ガバッと立ち上がったと思うと宣言を叫んだ。

「私が勝ったらまたバンド組んでもらうからっ!」

「勝てないでしょ」

カウンターが冷静な上に的確過ぎて

ノックダウン寸前まで飛ばす。

「礼華って私におんぶに抱っこだよね」

「はっはい……」

「私のお願いなんてゲームに負けるんだよね?」

「そっそれは……」

「私のことが好きなら証明してよ」

「当たり前でしょぉっ!」

「いつもそれだね? じゃあバイバイ……」

切られてしまった

心共々と切り捨てられてしまった。

「お母さん……」

「駄目よ」

友達なんて二人しかいない礼華と

あらゆるバンドが母を訪ねてくるほどの

ラーメン屋店主には天と地ほどの差が

そびえたつ。

扉が半開きで聞き耳を立てている少女がいた

ニヤリと笑いながら呟いて去っていく。

「これは私しかいないわね」

秋空に溢れた風はしっとりと爽やかで

寒い時期を予感させる余韻を残していた。

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ソロダブル あさひ @osakabehime

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