ある夜に死にたがりの彼女と会うことについて

もにか

第1話

夜の街を一人で歩いていた。いつもの会社の帰り道。

道行く人々の顔がネオンに照らされ並んでいる。酒に酔い陽気な人々。

これからの夜を予感して楽しそうに歩く男女。それらを見て一人つぶやく。

「ああ、そうか。今日は金曜日だったのか」

前の休みはいつだったか忘れてしまった。平日と休日の区別がつかなくなってどれくらいたつだろうか。

有給なんて死語になってしまった。それでも生きるためには明日も明後日も働くしかないのだ。



人々は皆幸せそうだ。

「お前の代わりなんていくらでもいるよ」

ぼくがいなくても彼らは気づかないだろう。何事もなく世界は動き続ける。幸せな人々は幸せなままなのだ。

「死にたい」

思わず口から声がこぼれるがすぐに雑踏に紛れ消えてしまった。

彼らの顔を見ていると心の疼きに耐えられなくなり俯いてしまう。

俯いたまま歩く。とにかくここから離れたかった。




どれぐらい歩いただろうか、あたりを見回すとマンションが立ち並び踏切が警報を響かせ赤く光っていた。世界にはぼくだけしかいない。そう思わせるような空間だった。



その時、赤いランプに照らされる何かを視界に捉えた。

踏切の線路に一人の女性が立っている。遮断機は降ろされており遠くの方から迫る電車が見える。胸が詰まり鼓動が速くなる。

「助けなければ」

無意識のうちに走り出し鳴り響く警報機に構わず遮断機を超え女性の手を引く。

次の瞬間、すぐ後ろを電車が走った。

息を切らして彼女に声をかけようとすると

「なんで…なんで助けたんですか!」

彼女は涙で顔がぐしゃぐしゃになっており掴んだ手はひどく震えていた。


「私は死にたいんです。生きるのが辛いんです。なんのために生きるのかがわからない。私が死んでもみんなどうせ気づかないんですよ。死にたいなんていう気持ちが幸せなあなたにはわからないでしょう!』


そう言って彼女は嗚咽した。


大粒の涙をこぼす彼女を見てぼくはひどいことをしてしまったことに気づいた。

この世界の辛さを知っておきながら彼女がこの世界に留まることを強いてしまったのだ。

なぜあの時、彼女の手を引いてしまったのだろうか。

そうなるとかける言葉は一つしかなかった。


「ぼくも死にたいんです。生きるのって難しいから」


誰にも言えなかったぼくの本心。彼女に言うためにあったのだ。その言葉に彼女は驚いたがすぐに微笑んだ。彼女は立ち上がり優しくぼくを抱きしめた。

今まで堰き止めていたものが溢れる。目から涙が止まらない。泣くのはいつぶりだろうか。

月と街灯に照らされて男と女が抱き合って泣いていた。

ひとしきり泣いた後、彼女は耳元で囁いた。

「一緒に死んでくれない?」

ぼくは静かに頷く。

ぼくらは世界で1番悲しい約束を交わしてしまったのだ。




コンビニでビールを半ダース買い近くの公園で二人は乾杯した。

そうして彼らはお互いの全てを話した。生い立ち、趣味、果ては体のほくろの数まで。

「結局、幸せが何か最後までわからなかったわ」

「深く考えなくていいよ、もうすぐ死ぬんだから」

「ばかね、死ぬ前だからこそよ」

深夜の公園は二人だけの世界であり、間違いなく二人は幸せだった。


ビールが尽きると二人は歩いた。夜空は二人を祝福するかのように星を瞬かせ月は二人の運命を笑った。



やがて彼女のアパートに着くとガスの栓を開けどちらが言うともなく二人は抱き合った。二人は一つになり長い間乾いていた心をお互いに潤していった。

しかしそれと共に部屋をガスが満たしていく。それは非常にゆっくりだったが救い難く死へのカウントダウンを刻んでいた。

やがてまぶたが重くなる。

『ねぇ、こんな言葉知ってる?人間って死ぬ時はいつも一人なのよ』

『でも、ぼくにはあなたがいる」

『そうね』

そうして二人は溶けていく意識に身を任せて深く、そしてとても長い眠りについた。



















「遺体の身元がわかりました。樫本レイ、32歳、ベッドで全裸の状態で発見されました。死因は…」

「ガスによる一酸化炭素中毒…だろ?」

「そうです…事件直前には近所の踏切とアパートの監視カメラに樫本さんが映ってました。公園で一人で喋っていたという目撃情報もあります。遺書はないですが、ほぼ自殺だと思います」

「またこの部屋か…先月だけで三件、この半年で十四件も同じようなことがこの部屋で起きてる。おそらく樫本はブラック企業勤務だろうな、例に漏れず」

「なんなんでしょうね」

「さあな、恐ろしくて敵わん」



彼女は今日もあの線路の上に立っているかもしれない。

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ある夜に死にたがりの彼女と会うことについて もにか @Arezia

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