第16話 12月4日、5日

12月4日(土)


 もう師走だね。パパも先生って呼ばれることあるから走り回ってるのか。いや、パパは、半身麻痺だから走れないか。あたいと一緒、パパ。

でも、あたい少し走れるんだよ。だって、ママとリハビリしてる時、走れたもん。

最近はママ止まってるからリハビリしてないけどね。早くケージから出て自分で走り回りたい。


 それにしてもママずっと元気ないね。大丈夫かな? お父さんのこと好きだったんだね。お父さん子だったってことも聞いたことある。

病院行ったんだよね。クラクラする原因はなんだって? 心労? そっか、そうだよね。


 ところで、明日、クラブユース選手権の第4の審判員、パパから頼まれてたんでしょ。そんなんで出来るの? 駄目なら早くパパに言った方がいいんじゃない。もう夜だよ。


 やっぱり駄目だったか。パパが慌てて明日の会場担当チームの人に電話して頼んでる。明日は、チームで主審と第4審を1試合担当することになってたみたいなんだけど、主審は、元コーチを頼んで、ママが第4審をする予定だったんだって。クラブユースの試合は、審判資格3級以上の人しか出来ないからなかなか資格を持っている人が少なくて毎回、パパ手配に苦労してるんだよね。誰もいない時は、第4審ならとママもやってくれてたんだって。以前は主審も副審もやってくれてたけど、半月板痛めたまんまでもう走れないと言ってる。手術しなきゃって。パパも昔、3級持ってたから、自分で出来たら手配も楽なのにねって言ってる。だけど、今は走れないし、3級も流しちゃってるからね。二人ともボロボロだね。もう次の世代に交代しないといけないんじゃない? 教え子さんとかいないの? ジュニアの監督さんは教え子さんなんだ。中学生の方をみてくれる人が現れたらいつでも交代するってパパ言ってる。監督も若くてイケメンの方が部員集まるんだって。まあ、お母さんが主導権を握ってる家庭多いからね。中学生になって、バスケとかに移ってしまったりする子が出るのは、パパがイケメンじゃないからか? パパ可哀想。冗談だよ、パパ。パパ、モテモテなの知ってるよ。



12月5日(日)


 パパ、おはよう。

 今日は、審判も試合もあるのね。唐津へ行くのか。唐津いいね。世界の観光地だよね。映画グランブルーで有名なフリーダイバー、ジャック・マイヨールも昔、10歳の頃、唐津のホテルに泊まって七ツ釜の海で初めてイルカと出会ったんだよね。その先にパパが前世で暮らしてた呼子の港があるんだよね。あっ、ごめん、それ言ったらパパが変な人と思われるから言わない約束だったね。

 それはさておき、今日は頑張ってね。

えっ、今日も強豪が相手。伝統あるチームでこれまでプロ選手をたくさん輩出してる? 

また、言い訳ばっかりだね。とにかく頑張って。

行ってらっしゃ〜い。



パパおかえり。やっぱり負けた?

0-16 今日も4点ずつ取られたの? ラのつくスポーツから離れられないね。そう言えば、2年前の卒業生、全国でも強豪の佐賀工業のラグビー部に推薦で入ったんだよね。

パパ、一体何を教えてるの?

3年生の女の子には、サッカーの特待生の誘いが来てるんだよね。一応サッカーも教えてるのね。

Sちゃん頑張れ。日本代表になったら部員も増える。


 あっ、その段ボール何?玄関に置いてあったの? 誰か持って来たの? あたいは気づかなかった。だって、あたいはまだリビングのケージの中だもん。

 

  野菜がたくさん入ってるみたいね。太ねぎとじゃがいも、白菜、大根、ブロッコリー。凄いね。何、その手紙、野菜くれた人からの手紙?

なんて書いてあるの? 読んで、読んで。あたい字読めないし。


野菜を持ってきてくれた夫婦の奥さんからなんだね。椿の綺麗な便箋だね。パパ喜んでる? その奥さん美人なんだよね。何、にんまりしてんのよ。他人の奥さんなんでしょ。

なんだ、パパの短編小説の感想もらったんだね。旦那さんからパパが小説投稿サイトに掲載し始めたこと聞いて、読んでくれたんだね。褒められて良かったね、パパ。だからにんまりしてたんだね。その投稿サイトでパパの小説、流行ってるの? まだ始めたばかりで、知り合いや友達に口コミで無理言って読んでもらってる感じ。今日、野菜をもってきてくれたご夫婦も隣町に住んでたころからの知り合いだからもう30年来の知り合いで、旦那さんに小説投稿サイトにデビューした事をラインで連絡してたら奥さんや娘さんにも紹介してくれたんだって。

そうやって、読者さん増やしていけばいいね。ライン友達って、何人くらいいるの? 


700人。そんなに…… じゃ、その人たちに紹介すれば、読者、すぐに700人になっちゃうじゃん。選手のお母さんたちやサッカー関係の人が多いからその人たちにまでは連絡してないのか。投稿サイトに載せるまでは、友達にコツコツとメールで送って読んでもらってたんだね。飲み屋のお姉さんとか、コンビニの若い女子店員さんとかにもね……何やってんの、パパ。

投稿サイトにデビューした事もたくさんの女の子に連絡したけど、フォロワーになってくれたのは何故かほとんど男の人だったんだって。パパ、自分でモテると思ってただけなんじゃない? 

 パパ、あたいの事も書いてくれたらあたいがパパのファンになってあげるよ。ファンクラブ第1号だね。

ええっ、第1号、もういるの? 男?


女か……  中洲の飲み屋のお姉さん。そのお姉さん、ちゃんとパパの作品読んでくれたの? 騙されてない? 貢がせようと騙されただけなんじゃない? 今も連絡取ってるの? 


梨のつぶて……


 やっぱり。パパからはお金貢がせれないって気づかれちゃったんだね。あっ、ごめん。嫌なこと思い出させちゃった? でも、パパ、貧乏なくせに中洲のクラブとか行ってたの?

 脳出血で倒れる前までは、そんなところも、ましてや近くのスナックにも行かない人だったけど、ある日、高校時代の友達が35年ぶりに突然現れて、お見舞いだと言ってパパを中洲のクラブに連れて行ったんだって。そこで友達は、一晩で15万円くらい払ってくれたみたい。そんなところへはバブル期の会社の接待以来行った事なかったパパは、まるで、竜宮城にでも来ているかのような気分になって、じゃんじゃん女の子のラインアドレス教えてもらったんだって。「ファンクラブ第1号にしてくだい」と言ったまま音信不通になった女の子もその時ラインアドレスを教えてくれた子のひとりなんだって。


 ところで野菜をくれたご夫婦の奥さん、手書きの綺麗なカードもくれたんだよね。なんて書いてあったの?



『愛のある家で野菜を食べる方が憎しみの中で上等な牛肉を食べるよりも良い』



 うーん、中州の話、戒められているようで、野菜を与えて助けてくれてるようでもあって、知り合いの奥さんって、女神さまみたいな人だね。


 さあ、あたいの話、ちゃんと書いてよ。可愛く書いてね。「ほとんど実話な出来事シリーズ」の中に入れて。そしたらそのまま書けるじゃない。覚えてる、パパ、あたいが車に跳ねられた日のこと。もう二ヶ月くらい経ってるよ。

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