第5話 10月15日

10月15日(金)


ママおはよう。


あたい、まだ生きてるよ。もう死なないね、たぶん。


  えっ、ガラスの器? 綺麗ね。あたい暴れられないからガラスでも大丈夫ってこと。自分でお皿から食べてみてということね。分かった、なんとか食べてみる。


食べれるわ、美味しい。

ムシャムシャ、ゴックン。

もう一塊ちょうだい。


スプーンの手渡しで食べた方があたいが可愛くて、やりがいもあるだろうけど、大丈夫、あたい、これで食べるわ、ママも忙しいだろうし。



 ママなんか忙しいそうね。

サッカーの事務仕事? 大変だね。

コロナでしばらくサッカーも自粛期間があったから、今、急に忙しくなってるんだって。


 今日は、自分のリハビリ休んであたいのこと、病院へ連れて行くんじゃないの? 間に合う? もう夕方だよ。

ママ、何時もこんなにバタバタ、ギリギリなの?

 そんなに忙しいのにあたいの面倒までみてくれて、ありがとうね。


 ママは、昔、女子サッカーのナデシコリーグや男子のプロ選手のテストマッチの審判やったりしてたんだよね。凄いんだね。

 それで、今は、自分たちのチームの運営。ボランティアなんだね。偉いね。そんなママだからあたいも助けてくれたんだね。ありがとう。パパやママの教え子たちもたくさんいるんだろうね。



 あっ、また段ボール、捨てちゃたんじゃなかったの? そっか、まだ、お兄ちゃんたちのキャリーバッグに入るわけにはいかないんだね。せっかく、ケージの中で暮らしてるのに、これ、一緒にしちゃったら意味ないもんね。段ボールさん、またお願いします。


 ああ、やっと間に合ったね、ママ。

またおじいちゃん先生に会うんだね。パパと仲良しの美人先生にも会ってみたいけどね。

 

 しょうがない、命の恩人のおじいちゃん先生、よろしくお願いします。


 いやん、ステンレスの診察台冷たいね。なんか身体まで冷んやり、いやだ、なんか出た感じ。ウンコしてる? 先生ごめんなさい。なんかここんとこしてなかったんだよね。ママもそれを心配してたから、まあ、いいか。お腹は大丈夫みたい、ママ安心して。


 診察台、これ自体が体重計になってるのね。

0.9キログラム。

まだ、1キロも無いんだね。

 3ヶ月だもんね。記憶は無いから生まれてどのくい経っているのか良くは分からないけど、おじいちゃん先生もそう言ってるし、そのくらいでしょう。


 ああ、そう言えば、今日は、受付に、スピカって書いてくれたんだよね。前回まで保護猫としか書けなかったから、ちょっと、あたい偉くなった感じだね。


 でも、診察台は、嫌い。冷たいし、良い匂いしない。針刺されたら痛いし、今日も点滴するの?


 そうだ、あたい、今は、動けるんだった。逃げろ、逃げろ、痛いのいや。

いやーん、誰? 押さえるのは。動けないじゃない。 


  ママか、ママがしろって言うんならします。これであたい、助かったんだもんね。痛いの我慢します。


いたたた、痛いって、先生、先生、針刺すの雑過ぎない? 今日は、この前よりうんと痛いんですけど。

このまま、じっとしとくのね。はいはい、分かりました。動こうにもママが押さえてるから動けないよ。 

手、邪魔! 噛んじゃお。

痛、痛いって、あっ、あたい、痛かったから強く噛んじゃった。ママ大丈夫? 血、出てるじゃん。ごめ〜ん。あたいの歯、まだ細くて鋭いのよね。バイ菌いっぱい持ってるから指でつまんで、血を搾り出せって、先生が言ってる。


 失礼ね、あたいをバイ菌の塊みたいに言わないで。どこの馬の骨だったか分からなかったけど、今は、ママんちの猫なんだから。スピカ、スピカよ。「ママ、飼い猫に手を噛まれる」か、ママほんとごめんなさい。


「足は動くようになりますか?」

ママが先生に尋ねてる。


「難しいだろう」


困った顔してるくせに、はっきり言うね、先生。

しかもあたいの目の前で……聞いてんだけど。


「右手だけでもどうにかならないかなと思うんですが……」

あたいが車椅子になったことを考えて尋ねてくれてるんだね、ママ。


「プレートを入れて固定するという手術もありはするが……小さ過ぎて、自分は手術しきらん」


 ええ、だめなの、 やってくれないの? あたいは、足だけじゃなくて手も歩けるようにならないの? 絶望的じゃん。なんとかしてよ、おじいちゃん先生。パパ、お金出すって言ってたよ。

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