第3話 10月13日

10月13日(水)


 うん、何? だれ? ママ、今朝はやけに早いじゃない。外は、まだ暗いわよ。もう朝なの? 

 

 朝だとしたら、あたい、今日もまだ生きてるわ。オシッコは、赤いけど、もう死なないかもね。ママお願い、もう少し面倒見て。お腹も空いた。オシッコとウンコもしてるみたいだから処理しておいてね。うつ伏せしたまんまだし、どうにもなんないわ。あっ、処理班は、パパか!

 えっ、ママがしてくれるの。今日はいったい、何よ。パパまだ寝てるもんね。どつか行くのママ。 

 へーぇ、大学行くんだ。もうおばちゃんなのに。

 ママ、毎週水曜日は、大学へ物理学と地学の授業を受けに通ってるらしい。お勉強って、そんなに面白いの? この寝たきりのあたいを放って行くくらい。ちゃんとごはん食べさせて行ってね。遠くまで行くんでしょ? 今日は、昨日よりちゃんと口開けるからさあ。 


 あっ、ありがとう。美味しい。アムアム、ゴツクン。もう一つちょうだい。 



  ごちそうさま。ママ行ってらっしゃい、気をつけてね。早く行かないと電車遅れちゃうよ。


ああぁ、ママ行っちゃった。パパまだいるやん。


ほらパパ見て、右手の指動くよ。おじいちゃん先生、腕が折れてるって言ったのにね。どうなってんのかな? ご飯もたべたよ。もう死なないみたい。ウンコの処理班継続ね。お願い、パパ。

 ママ行っちゃったよ。


パパ、いつまでも朝ドラ見てるけど、面白いの? 大丈夫? 会社間に合う?


 パパ行ってらっしゃい。


 ああぁ、ママもパパもいなくなっちゃった。あたい寝たきりなのに。お水、飲みたくなったらどうすんの? 自分じゃ飲めません。


 あっ、 お兄ちゃんたち。

そっか、そうか、お兄ちゃんたちが世話にしてくれるのか、そっか、そっか・・・・・・そんなわけないやん。

ケージで囲われてるし、段ボールの中だし、お兄ちゃんたちの手も足も届かないね。

 あたいからはよく見えないし、お兄ちゃんたちからは、あたいのこと見えてるのかな?

まあ、喉も渇かないように、黙って寝よ、寝よ。お兄ちゃんたちおやすみ。



 えっ、何、誰か来た。こっち歩いてくる。なんだ、この足音は、ウンコ処理班のパパ? やっぱりパパだ。

 パパお帰り。もう会社終わったの? 

 昼休みか。 あたいのために帰って来てくれたのね、優しい。でもウンコはしてないわよ。

ああ、お水ね。スポイトで上手く入れてね。


 美味しい。寝てただけだけど喉渇いてた。ミルクもね。ありがとう、パパ。

あたいの足を触って引っ張ってくる。何、リハビリ? まだ早くない? でも少し感覚が出て来てるみたい。痛いけどね。


パパ、「じやね」と言って、また行っちゃった。


 昼休み短いのね。わざわざごめんね。ママにもあたい元気だとLINEしておいて。まだ死んでないって。



さあて、あたいは、また寝よ。おやすみ。ママいつ帰るのかな?



 ママお帰り。まだ暗くはなってないね。お疲れ様。あたいのために急いで帰って来たんだよね? ありがとう。授業面白かった? あたいでも分かる? 無理か。


 ご飯、もうくれるの。食べる、食べる。寝てただけだけど、お腹空いてる。お腹の中はあんまり悪くないみたい。 美味しい。もう一塊ちょうだい。おじいちゃん先生は、食べるだけやっていいから、いっぺんにはやらないことと言ってたんだよね。今は、これくらいにして、また夜ね。


 えっ、ママ何? 段ボール箱から出すの?

何だか、だだっ広くて伸び伸び出来るけど、肌寒いね。でも、眺めは良いわ。お兄ちゃんたちも良く見える。

 段ボール箱さん、お疲れ様、ありがと。

 寒くないようにママがタオルを2枚かけてくれた。ママもありがとう。



 ママとパパがあたいの名前について話しあってる。


「色が黒いからブラックホール?」

 いやいや、さすがにそれはやめて、そんな名前つけたらお兄ちゃんたちもパパもママも、家ごと吸い込んじゃうわよ。


「じゃなくて、2年前に初めて撮影が成功して話題になったブラックホールがある乙女座の主星、スピカは、どお? 女の子だし」


「いいんじゃない、スピカ。それでいこう」


パパ全然反対しないんだね。なんかアイディアとか意見ないの? 

 いいわ、スピカであたいは、いい。スピちゃんで。

あたいをここんちの猫にしてくれるの? お兄ちゃんたちと合わせて、3頭目だよ。大丈夫なの? あたい障害残るかもしれないよ。そうなったら下の世話もパパかママがずっとしないといけなくなるよ。旅行も行けなくなるかもよ。いいの。


 パパは、覚悟を決めたみたい。手術が必要だったら20万円くらいなら出すと言ってる。

 ほんとなの、どこにそんなお金もってるのさ? ママは、それで少し安心したけど、お金のことよりも障害が残るかもしれない猫が一生苦労するかもしれない。そんな可愛そうな猫を助けてしまって、そんな苦労をあたいに与えてしまって良かったんだろうかとまだ自問自答している。

大丈夫だよ、ママ。あたい、お腹の調子も良くなってきたし、たぶん死なない。生きるわ。

歩けるようになるよう頑張るわ。まだ全然、下半身動かないけど。

ほら見て、右手動いてるでしょう。折れてないかもよ。両手あったら這ってでも、動いてママに迷惑かけない。折角、ママに救ってもらった命、もう少し楽しませて。パパも言ってたじゃん、いちばん大事なのは命だって。だって、お兄ちゃんたちを見てるだけで楽しいんだもん。太っちょでまん丸な茶シロのアルク兄ちゃん、足が長くて、大きくて、とってもかっこいいキジシロのルーク兄ちゃん。ふたりともとっても仲良し。もっと生きてみたい。お兄ちゃんたちといつか一緒に遊んでみたい。

ママお願い、この家の猫にして下さい。

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