「ちなみに、どこの遊園地行くの?」

「なぜ訊く。ついてくる気か?」

「面白そうだし。あと迷子にならないか心配だから」

「君の中の私はいくつなんだ」


 土曜日。尽きない軽口を言い合いながら、私と結人は服を合わせていた。場所は私の家、私の部屋。結人からすれば、自分の部屋第二号と言ってもいいくらいの場所だと思う。私が結人の部屋をそう思っているのだから、間違いない。


「あ。これ最新刊出てたんだ。後で読んでいい?」


 私の立ち姿を映す鏡面、そのわずかな隙間に、背後で動く結人の姿が映る。机に置きっぱなしだった漫画を見つけて、手に取っていた。


「どーぞ。いま読んでもいいよ。ちょうどいいからお茶持って……、一応、着替えてから行くわ」

「賢明な判断だね。じゃ、終わったら呼んで」


 漫画の最新刊はしっかり持ったまま、結人が部屋を出る。あまり待たせないよう、ちゃっちゃと済ませて、ちゃっちゃと再入場させた。

 着替えようと思い直したのは、ドジを踏む可能性が高いから。お茶を運んでいる時、万が一にでも転んだら、せっかくの服――結人のお姉さんが、快く貸してくれた服を着ていたのだ――が駄目になる。

 心が広いお姉さんのことだから、爆笑しながら許してくれるとは思うが、私自身が悔い続ける羽目になるので、気を付けるに越したことはない。

 ちなみに、お茶を運んでいる途中で転んだ前科は三回くらいあって、その度に結人から注意を受けている。彼も言っていたが、着替えたのは本当に賢明な判断なのだ。


「お待たせー、開けてくれー」

「はいよ」


 幸い、今日は無事に持ってこられた。ささやかな功績もあり、堂々と部屋に入ろうとして、ふと違和感に気付く。


「あー、服、畳んでくれたんだ。ありがとう」

「皺になるからね」


 脱ぎ散らかしっぱなしだった服たちが、真四角に畳まれて、ベッド上に陳列していた。ジャケットなどはハンガーにかけられ、クローゼットの取っ手に掛けられている。開けない所はさすが、イケメン結人様だ。

 私が問題なく、お盆をローテーブルに載せたところまで確認すると、再び結人は漫画を読み始めた。が、しばらくすると顔を驚愕に染め、急に伸び上がる。


「……。ここで死ぬの? マジ?」

「マジ。SNSで検索したら、ファンの人たちお通夜状態だった」

「そりゃそうなるよ。この人死んだらどうするん……」


 ぶつぶつ言いながらも、結人は再び集中した。

 私はもうお茶と、合わせて持ってきたクッキーに手を伸ばしているが、結人は読み終わるまで絶対に手を伸ばさないだろう。私の私物だからというわけじゃなく、自分の本でも汚さないよう気を付ける子だから。毎回、几帳面だなとしみじみ思う。

 服や本の扱いもそうだけど、座り方も几帳面だ。胡坐をかく私の前で、結人はきっちりと正座している。カフェの時同様、背筋もピンと伸ばしている。でも、本の内容にのめり込むと、だんだん前傾していくので面白い。


「……はーっ。続刊早く読みたい」

「な。今はクッキーと麦茶をいただきたまえ」

「ありがとう、いただきます」


 きっちりと手を合わせてから、やっぱり上品な動作でクッキーを食べ、お茶を飲む結人。何となく無言で、お茶とクッキーの消費が続く。とめどなく会話ができて、しかも楽しい友達な上に、こうした無言の時間も苦にならない。

 もっとも、話題は大抵すぐ見つかるので、沈黙が長く続くことはないが。


「ね。結人は恋の話ないの。前の彼女と別れて結構経つでしょ」

「おれ? 無い。何か、今はいいかなって。だから他人様の恋模様でドキドキワクワクする」

「この野郎、娯楽じゃねーんだぞこっちは」

「ごめんて。……あー、でも、咲奈」


 何やら真剣な顔で、結人が真っすぐこちらを見る。つい、私も正座をして、背筋を伸ばした。


「告白するって子に言うことじゃないんだけどさ。これから、色んな人と色んな意味で付き合うと思うけど、どうか幸せでいてください」

「何だよ唐突だな。別れた元彼か? え、私が気付いてないだけで、私たち付き合ってた?」

「安心しろ、絶対に無い」

「だよね。どうしたの、いきなり」


 さっきの漫画の影響だろうか。関連がありそうなシーンは無かったはず。私が勝手な憶測を飛ばしている間に、結人は少し考えてから口を開いていた。


「おれ、咲奈の笑顔が好きなんだよ」

「知ってますが」

「だから、この先も笑っててほしい……なんて、思ったんだ。めちゃくちゃ急だけど」


 指先で頬を掻きながら、結人が笑う。微笑を浮かべるのではなく、照れくさそうな表情を作って。彼にしては珍しい笑顔だった。珍しい笑顔だけれども。


「そこまで照れるか? 今までも似たようなこと言ってたのに」

「や、何か。急に照れた」

「イケメンの照れポイント、分からなすぎる」


 私の笑顔が好きなんて、それこそ小学五年生の頃から言っているだろうに。本当、何で今さら照れるのか。謎ではあったけど、滅多に見られない表情に変わりないので、消えないうちにスマホで写真を撮っておいた。


「はっ! もしかしてこれ、結人の学校にいると噂のファンたちに売れるのでは」

「おれにファンはいないし、売れもしません。消せとは言わないから、その端末だけに留めておいてください」

「はい先生! パソコンとUSBにバックアップ取りたいです」

「そこまでするか?」


 する。貴重品だし。

 とは言わなかったけれど、結人のご家族からすればお宝だと思うので、やっぱりバックアップは取っておくことにした。その後に早速、結人のお姉さんにお送りするとしよう。

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