魔法少女編

第26話 魔法少女との邂逅

 魔法皇国・マギア。

 この世界に存在する三大国の内の一つである。かつて邪王を封印したパーティーメンバーの一人、魔法少女の出身国であることで有名な国でもある。

 他の国の追随を許さぬ圧倒的な魔法技術が存在するこの国は、多くの魔法使いを抱えている一方、戦いにおいては三大国最弱と言われている。

 

 さて、そんな魔法皇国の領地には広い草原が広がっている場所がある。邪王が封印された地に最も近いその草原には、多くのテンタクルモンスターが生息していた。

 そして、その草原を一人の男が駆ける。その背後からはポヨポヨと跳ねるスライムのような姿のモンスターが追いかけてきていた。


「あああああ!! 来るな来るな来るなああああ!!」


 その男の名はオクト。勇者を追いかけ放浪の旅に出たアホである。



********



 俺の名前はオクト。

 勇者を追いかけて旅に出たしがない追放されちゃう系の男である。


 アリエスが「オクトに会いたいよぉ。ふえーん」と泣いている(泣いていない)という話を聞き、街を飛び出した俺だが、道に迷い、よく分からないだだっ広い草原に来てしまった。


「はぁ。疲れた。アリエスも見つからねーし、ここがどこかも分らねーし、かわいい子どころか人も見つからねぇ」


 やってられない。

 そんな気持ちで傍にあった岩に腰かけた時だった。


 ぽにょん。


 そんな可愛らしい音がしたかと思えば、俺のお尻の下に柔らかく青色の塊があった。


「うお!? な、なんだこいつ……」


 慌てて岩から飛び上がり、青色の塊を見つめる。

 その塊目のような点が二つ付いていて、プルプルと揺れながら真っすぐこちらを見つめている。


 こいつ……スライムか!!


 スライム。

 この世界で一番と言っていいほど有名な魔物の代表格だ。

 今より遥か昔では最弱のモンスターだったらしいが、異常な生命力と繁殖力を持つ触手――邪王との交配によりテンタクルモンスター化してからは最強格の一つとして数えられている。

 特筆すべきは魔核と呼ばれる核を潰さない限り何度でも蘇る再生力と、どんな魔力でも吸収することが可能な身体にある。

 一説には、長い年月をかけて魔力を吸収し続けたテンタクルスライムは強力な魔法耐性を持ち、触手一本一本毎に異なる魔法を操るようになると言われているそうだ。


 それほどの強敵が俺の目の前にいる。

 そして、テンタクルスライムは現在魔法皇国付近に多く生息しているらしく、魔法皇国がテンタクルスライムの駆除に毎年苦戦していることは有名な話だ。

 それにしても……。

 警戒しつつも目の前のスライムを見つめる。確かによく見れば頭の方から触手が二本ほど生えている。

 だが、正直に言うと全く強そうに見えない。寧ろ弱そうだ。

 このプルプル震えることしか出来ない雑魚モンスターに魔法皇国は苦戦しているというのか?


「まあ、俺には関係ない話か」


 目の前のスライムは俺をジッとみつめるだけで襲ってくる素振りは無い。それなら、俺も無理に争うつもりは無い。

 目を合わせたまま後ずさりする。一歩、二歩と距離をどんどん空けていく。


 ぽにょん。


 後ずさりし続けていると、不意に後頭部に柔らかな何かが当たった。

 この柔らかさは……!

 俺は知っている。女性の身体は柔らかいということを!


 淡い期待を抱き振り向いた俺の目の前にいたのはとてつもなくナイスバディなお姉さま……なわけがなく、俺の身長より少し高く積みあがったテンタクルスライムの山があった。


「あ、こ、こんにちは……」


 テンタクルスライムたちは何も言わない。その無機質で丸くくりくりした目でジッと俺を見つめている。


 な、なんなんだこいつら!

 訳が分からんが、早く逃げた方がいい気がする!


「あ、それじゃ俺はここで失礼しまーす」


 軽く頭を下げながら右を向き、一歩踏み出す。


 ぽにょん。


 三度目となる感触が顔に伝わる。


「ひっ」


 恐る恐る顔を上げると、高く積みあがったテンタクルスライムの山がジッと俺を見つめていた。

 まさかと思い辺りを見渡して、俺は言葉を失う。

 いつの間にか、周りはテンタクルスライムの山で覆われていたのだ。

 そして、一際高い山の頂点に俺が先ほど下敷きにしてしまったテンタクルスライムがいた。

 相変わらず無機質な丸い目でこちらを見ている。


 な、何だこいつら?

 何を考えているかさっぱり分からん!

 分からんが、逃げた方がいいということは間違いない!


 深呼吸を一つして、俺の天恵「タコ」の力を使い、身体から触手を生やす。

 その瞬間だった。


 ブルブルブルブル!!


 突如、テンタクルスライムたちが俺が出した触手に共鳴するかのように触手を天に掲げ震え始めたのだ。


 もうやだ! こいつら怖いよ!!


「くっ! とりあえず逃げさせてもらうぞ!」


 八本の触手で同時に地面を蹴り上げ、スライムの山を飛び越える。

 そのまま、地面に着地する。それと同時に地鳴りのような音が後ろから聞こえて来た。

 振り返ると、後ろから猛烈な勢いでテンタクルスライムたちが押し寄せてきていた。


「「「ピギィィィ!!」」」

「うわぁああ!! く、来るなああああ!!」


 こういう訳で、俺はテンタクルスライムどもから追いかけまわされていた。


「助けてええええ!!」

「「「ピギィィィ!!」」」


 迫りくるテンタクルスライムたちから必死に逃げる。

 ふと後ろに目を向けると、そこには目を血走らせたテンタクルスライムたちが奇声を上げて追いかける姿があった。


 俺が一体何をしたって言うんだ!

 アリエスは見つからないし、おかしなスライムどもに追いかけまわされるし……!!


「ピィ!!」

「ぐへっ!!」


 必死に逃げていると、足元に突然現れたテンタクルスライムに足を取られ顔面を地面に強打する。


 し、しまった!

 早く起き上らねえと……!


 直ぐに起き上がろうとする俺の身体を大きな影が覆う。嫌な予感がして、振り返るとそこには大量のテンタクルスライムの群れが迫って来ていた。


「ピギィィイ!!」

「いやああああ!!」


 俺の全身に雪崩れ込んでくるテンタクルスライムたち。

 そして、テンタクルスライムの触手によって俺の身体は揉みこまれる。


「や、やめろおおお!!」

「ピギィィイ!!」


 く、くそっ! 何が悲しくてこんな大量のスライムどもに押しつぶされなきゃいけないんだ!

 こんな奴ら、俺の力で直ぐに……あれ?

 ち、力が入らない……!!


 そこで俺は初めて気づいた。


 このテンタクルスライム、触手で俺の魔力を吸い取っている……!


 この世界の生物は基本的に魔力を有していて、魔力はいわば身体を動かす燃料の役割を果たしている。

 それ故に、魔力を失えば人は動くことが出来なくなると言われている。

 このままでは、俺はテンタクルスライムに魔力を根こそぎ奪われ、そしてねっとりとこの天使の如く穢れなき身体を汚されてしまう。

 そう思っていると、突然テンタクルスライムたちが一斉に魔力吸収を止めた。


「「「ピギェ……」」」


 そして、テンタクルスライムたちは眉間に皺をよせ、気持ち悪そうな声を上げていた。


「ふ、ふざけんな! 勝手に吸っておいて、何だその反応は! 勇者にさえ愛され、地元では負け知らずのモテモテだった俺の魔力が不味いわけないだろ! おら! もっと味わって飲みやがれ!!」


 先ほどと違い怯えたようにプルプル震えるテンタクルスライムたちに身体を押し付ける。


「おら! 食らえよ!!」


 それでもテンタクルスライムたちは必死に拒絶してきた。


 くっ……! 許せねえ。告白してもいないのにフラれた気分だ。

 絶対に『美味しいっす! もっと欲しいっす!!』と言わせてみせる!!


「ピギッ!?」

「ピギャ!?」

「ピエッ!?」


 八本の触手を出し、次から次へとテンタクルスライムの身体に付き刺していく。

 後は、こいつらに魔力を吸わせるだけだが……。

 どうするんだ? こんな感じか?


「「「ピギャアアアア!!」」」


 全身を力ませると、触手の先から何かが出る感覚があった。

 その直後にテンタクルスライムたちが苦しみ出したため、どうやら魔力を流すことには成功したらしい。

 それにしても……。


「「「ピギャアアアア!!」」」

「そ、そんなに俺の魔力って不味いの?」

「「「ピゲボラアアア!!」」」

「ええ……」


 悲鳴を上げ、身体をブルブルと激しく震わせるテンタクルスライムたち。その姿を見ていると、何だか途轍もなく悪いことをしているような気分になってきた。


 そっか……。俺の魔力って、不味いんだ……。


 最早悲鳴を上げる元気さえ失ったテンタクルスライムたちを草原の上に置き、膝をつく。

 そんな俺にテンタクルスライムたちは、「見逃してくれるのか?」という期待を含んだ目を向けてくる。


「ふっ。勘違いするな。もう魔力が残っていないだけだ」


 そう。テンタクルスライムたちに吸われ、テンタクルスライムたちに無理矢理吸わせたせいで俺の魔力はもう殆ど残っていなかった。

 死力を尽くした結果、俺の魔力が不味いということが判明しただけの意味の分からない時間だった。


「「「ピ、ピギ……」」」


 テンタクルスライムたちもバカを見るような目を俺に向けていた。

 暫くして、テンタクルスライムたちは元気を取り戻したのかポヨポヨと跳ね始める。そして、どんどん合体して巨大な塊に変わった。


『ピギィィイ!!』

「あ、やばい」


 魔力を使い果たし、動けない俺に突進してくるテンタクルスライム。その膨大な質量に押しつぶされかけた時、一筋の青い光がテンタクルスライムを貫いた。


「ハッピースマイルラッキーウルトラ……なんかすごいビーム」

『ピギャアアア!?』


 抑揚のない声と供にステッキから一筋の蒼い光を放ち、ボロボロだったテンタクルスライムたちを氷漬けにする少女の姿があった。


「テンタクルスライムウウウ!!」

「えいっ」


 更に、その少女は氷山と化したそのテンタクルスライムに飛び蹴りを食らわせる。

 まだ未発達で小柄な体躯からは想像も出来ないほどの威力を持ったその蹴りは、いともたやすく氷山を粉々に砕いた。

 パラパラと降り注ぐ氷の粒たちが太陽の光を反射する。

 その氷の粒を少女は無感情な目で見つめていた。


「ふっ。どんな生物も散り際は綺麗なものですね」

「テンタクルスライムウウウ!!」


 突然現れ、一瞬でテンタクルスライムを氷の粒に変えてしまった名も知らぬ少女。

 澄みきった空のような色の髪に、水色を基調としたミニスカートと可愛らしさだけを重視したようなコスチューム。

 そして、頭には青く輝く星型のアクセサリーがついている。


 膨大な魔力によって放たれる暴力的な魔法に、見た目からは想像もつかないほど圧倒的な身体能力。

 こと単独戦闘においては他の追随を許さぬであろうほどの突出した力。

 そういう少女のことを俺は知っている。

 いや、俺に限らずこの世界の人はほぼ全員が知っているだろう。

 

「魔法少女ステラ、さんじょーです」


 単体での戦力は最強。魔法皇国の切り札。そう呼ばれる少女は、無表情のままビシッと目の横でピースを作った。



*****


 のんびり更新していこうと思うので、思い出した時にでも読んでいただけると嬉しく思います。

 面白いと感じた方がいらっしゃった場合、何か反応があると泣いて喜びます。

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