第25話 旅立ち

「……ん。あれ、ここは?」


 目を覚ますと木造の天井が目に入った。


 確か俺はアリエスの唇を奪おうとした変質者たちと戦って、そして奴らをアリエスと愛の力で倒したはず……。

 ということは、きっと俺の横にはアリエスが心配そうにこっちを見ているはず。


 期待に胸を膨らませながら首を捻る。


 男らしい胸板。腕から生える剛毛。

 口元には髭。


「ザックじゃねかああああ!!」

「うおっ!? な、何だ!?」


 何故だ!?

 何故こいつなんだ……! 本命アリエス、次点で一応俺に助けてもらったからという理由でリラ、もしくは仲の良いシーナ。

 大穴で俺を責め立てたあの女。


 だが……ザ ッ ク だ け は な い ! !


 大穴どころじゃない。

 あり得ないのだ! そもそも選択肢にすら入っていない!

 王都で人気の闘技場で言えば出場選手じゃなく、空から降って来たモンスターが優勝するみたいなものだ。


「オ、オクト……! 馬鹿野郎! 心配かけさせやがっ――」

「させるかぁあああ!!」

「――ぶへっ!?」


 涙ぐみながら俺に飛びついてくるザックの身体を触手で拘束し、そのまま壁に押し付ける。


 あ、危なかった……!

 あと少しで、「目覚めたら涙ぐむ美女に抱きしめられる」という夢のようなシチュエーションをザックによって一生のトラウマに塗り替えられるところだった。


「お、おい! 何するんだよ!」

「お前こそ何してくれてんだ! こちとら、夢と希望に溢れて目を覚ましたのによ! なんでお前なんだ!!」

「なんでって、お前の看病を申し出た奴が他にいなかったからだよ。いくら何でも目覚めた時に誰もいないのは可哀そうだから俺が看病することになったんだぞ」

「バ、バカ言え! アリエスやシーナはどうした!? それに、リラだっているだろ! 仮にも命の恩人だぞ!!」

「それを自分で言うのがオクトらしいというかなんというか……」


 ザックはため息をつきやれやれと言った表情を浮かべる。


 くっ……! ムカつくぜ……。


「リラ含めたお前が救った冒険者パーティーの面子は、どの面下げて会えばいいか分からないって言ってた。でも、心の底から感謝してるってよ。特に、アンリはお前に酷いことを言ったのを泣きながら謝ってたぞ」

「それを直接言えよ!! 別に悪口とか気にしてないから、会いに来いってぇぇ……」


 マジで意味が分からん。

 お礼は直接伝えてこそだろ……! 変な気遣うなよ!!


「シーナさんは仕事だ。どっかの誰かさんが単独で行動したせいで後始末が面倒なことになってるらしい」

「誰だよそいつ!!」

「お前と俺だ」

「てめえ!!」

「お前もって言ったよな!?」


 くっ……!

 自業自得ということか……!


「そして、アリエスさんは……」

「そうだよ! アリエスだよ! 心優しいアリエスが何でいないんだ!?」

「……そこを見ろ」


 俺がそう言うとザックは俺が寝ていたベッドの枕元に視線を向けた。

 そこには手紙が一つ置いてあった。

 まさかと思い、ザックの身体を手放して手紙を手に取る。



『 オクトへ


 よくもボクを振り回してくれたね。

 セクハラはするし、女の子扱いしてくるし、人の気持ちなんて欠片も考えない。

 君はひどい男だ


 俺は静かに天を仰いだ。。


 ……あれ? 俺、アリエスに嫌われてた?

 いやいや、そんなはずはない。

 な、ないよね……?


 手紙にはまだ続きがある。

 これ以上の酷評はないと信じて続きを読む。


 でも、君との時間をボクはきっと忘れない。

 ボクのヒーローの名前を一生胸に刻み込む。


 綺麗だって言ってくれてありがとう。凄く嬉しかった。


 本当は直接お別れの言葉を伝えるべきだったかもしれないけど、ボクはここにいつまでも留まるわけにもいかない。

 だから、この手紙を残しておくね。


 もしも、次また会えたなら……その時は、ボクの我儘を聞いてくれると嬉しいな


 そこで手紙は終わっていた。

 

「お前は三日間寝込んでた。アリエスさんは一昨日この街を出たよ。勇者だからな、次の目的地へ向かったんだろう」

「そうか。なあ、アリエスは笑顔で街を去っていけてたか?」


 俺の問いかけにザックは少し目を見開いてから柔らかな笑みを浮かべた。


「ああ。誰かさんのおかげでな」

「なら、上出来だな」


 窓から温かな日差しが差し込む。

 少々眩しくはあるが、その眩しさが心地よい。


 アリエス。

 きっと辛く苦しい戦いがお前に降りかかるだろう。でも、お前の味方はいる。

 どうか、アリエスの未来に幸あらんことを……。



「いや、何でいい感じに終わらせようとしてるんですか」


 部屋の中に響いた凛とした声。

 この声は……!!


「シーナ!」

「あなたの寝ている部屋が騒がしいと報告があったので来てみれば……あなたは目覚めているし、おまけにアリエスさんとの関係も終わらせようとしていませんでしたか?」


 シーナがジト目を俺に向けてくる。

 この視線も随分と久しぶりに感じる。相変わらず、顔立ちが整っていてジト目も可愛い。


「終わらせようとじゃなくて、終わっちゃったんだよ。手紙もまた会えたらって感じだったし。しつこい男は嫌われるって、俺は学んだからな」

「……はぁ」


 至極真っ当なことを言ったつもりだが、何故かアリエスはバカを見るような目で俺を見つめてきたうえにあからさまなため息をついた。


「オクトさん。一つ、あなたが言っていた質問に答えましょう」

「質問? そんなのしたっけ?」

「言っていたではありませんか。『泣いている女の子にどれだけのことがしてやれるか?』って」


 ああ! そういえば、そんなことを言っていたなぁ。


「でも、アリエスは笑顔になったって言ってたし俺のしたことは正解だったんじゃないのか?」

「そうやって表面上のところしか見ていないから脳内触手畑とか、下半身と脳が繋がっている男とか言われるんですよ」

「俺そんなこと言われてんの!?」


 衝撃の二つ名を明かされ、少なからず動揺している俺を他所にシーナは更に言葉を続ける。


「教えてあげます。泣いている女性にあなたがしてあげられることは、傍にいることです」


 それは俺にとって予想外な一言だった。

 傍にいるだけ? なんか、プレゼントしたり、気の利いた言葉をかけたりするとかじゃなくて?


「勿論、+αになることはたくさんあるでしょう。ですが、何よりも嬉しいのは辛いときに傍にいてくれることです」

「……そうなのか?」

「はい。私がそうだったのですから、アリエスさんもそうです」


 やけに自信ありげにシーナはそう言った。


 傍にいること、か。

 まあ、この街でやり残したことがあるかって言われたら無いしなぁ。


「行けよ、オクト」

「ザック……」

「お前はこんなところで終わる器じゃねえ。それに、この街でお前がハーレムを作るのは絶対に無理だ」

「それはどういうことだ?」

「ふっ」


 ザックが「言わせんな」というように鼻で俺を笑った。


 こ、こいつ……!!

 だが、腹立たしいことにザックの言うことは事実だ。この街にいる女性の殆どが俺を警戒している。

 ……まあ、まだアリエスから告白の返事も聞いてないからな。


「やれやれ。どうやら運命ってやつは俺に楽をさせてくれないらしい」


 窓の外に目を向け、一人ごちる。


「かっこつけているところ悪いのですが、街を出る前にこちらの始末書に署名をお願いしますね」


 そんな俺の目の前に書類が積まれていく。


「え? なにこれ?」

「今回、悪魔の森で起きた一件は三大国が集まる会談でも話し合いがされるそうです。ですので、デーモン・テンタクル並びにイカルゲを名乗る不審な人物に対する証言をまとめてください」

「な、なんで俺がそんなことをしないといけないんだ?」

「現場で戦ったのがあなたとアリエスさん、そしてザックさんだけだからです」

「なら、ザックとアリエスの二人で十分だろ」

「ザックさんの話で、オクトさんが一人で戦っていた時間があることが分かったので聞いているのです」

「め、めんどくせぇ……」

「私も手伝いますので、今日中に仕上げますよ」

「はーい」


 その日は夜遅くまで書類に追われ続けた。



************



 翌朝、数日分の食料と全財産を持って俺は冒険者ギルドに向かった。

 今日も朝から冒険者ギルドには人が集まっている。

 俺が今日から旅に出るというのに、全然声をかけに来ない。薄情な奴らめ。


 そんなことを考えていると、俺の目の前にリラとアンリ、そしてアックスとマックスの四人組パーティーが現れた。


「オクト……」

「どうした? 告白か?」

「そ、そんなわけないでしょ!」


 アンリに直ぐ否定された。

 そんな食い気味に否定しなくてもいいのに。それにしても四人とも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。

 こんなにも素晴らしい快晴には到底似合わない。


「オ、オクト……この間は、その――」

「なあ、お前らって付き合ってんの?」


 口を開いて何かを伝えようとするアンリの言葉を遮る。


「は、はあ? 急に何言ってんだ?」


 俺の言葉にマックスが怪訝な顔を浮かべるが、アックスとアンリの頬はほのかに赤く染まっている。

 ちっ。

 少なくともこいつらの中にパーティーメンバーに恋愛感情を向けている奴がいることは間違いないらしい。


「ぺっ」

「うおっ!? 汚ねえな。何すんだよ」

「何でもねえよ。まあ、リラとアンリがフリーになったら教えてくれ。いつでも迎えに行くから」

「バ、バカ言え! 誰がお前なんかに!」

「だ、誰があんたのものなんかになるか!」


 真っ先に反応したのはアックスとアンリだった。


「なら、無茶すんなよ。命あってこその人生だからな。礼はいらねーよ。俺が女にモテたくてやったことだ」

「……なら、礼は言わない。だが、この恩は忘れない。いつか必ずお前を超えてこの恩を返す」


 マックスが強い眼差しで俺を見る。

 力のこもった眼差しだ。


「期待せずに待っとくわ」


 アックスたちの横を抜けて、受付窓口に向かう。

 そこではシーナが待っていた。

 そのシーナの前に金貨が詰まった袋を置く。


「……これは何ですか?」

「前に言ってただろ。俺がこの街を出るときはシーナを一生養えるくらいの金を持ってこいって。だから、これ」

「…………はぁぁぁ」


 俺の説明を聞いたシーナは額を抑えて深いため息をつく。


 え? 俺なにか間違えたか?


「いりません」

「え? でも、折角用意したんだぞ?」

「いりません」


 こうなるとシーナはてこでも動かない。

 意外と頑固なところがあるから困りものだ。


「ですが、預かるならいいですよ」

「預かる?」

「はい。オクトさんのお金は私がこの街で預かっておきます。言ってる意味が分かりますか?」


 なるほど!

 確かに俺がシーナにお金を渡していると、賄賂みたいで評判よくなさそうだもんな。

 そこで預けるという理由にしたということか。


「おう! バッチリだ! 体裁は大事だもんな」

「……あなたが何も理解していないことがよーく分かりました」


 今度こそ完璧だと思ったのだが、また間違えてしまったらしい。

 なら、シーナは結局何が言いたいのだろうか?

 そんなことを考えているとシーナが窓口から身体を少し乗り出して、俺の手を取った。


「待っています。私はこの街でずっとあなたの帰りを待っています。言ったじゃないですか。私もアリエスさんと同じだと。それとも、オクトさんは一度吊り上げた魚は一生放っておくタイプなんですか?」


 シーナの透き通るような蒼の瞳が俺の顔を写す。

 そこまで言われて気付かないほど、俺はバカではない。


「シーナ、結婚しよう」

「へ……!?」

「このお金を元手に小高い丘に家を建てよう。ああ、もうそれでいいじゃん。冷静に考えたらアリエスを追いかける旅って危険一杯だし、死んじゃうかもしれない。だったら、ここでシーナとのんびり暮らす生活の方が幸せだ!! な! シーナ!」


 我ながら名案だ。

 きっとシーナも大喜びで同意してくれる。そう思っていたが、シーナは凍てつくような冷たい視線を俺に向けていた。


「……最低過ぎて幻滅します」

「ええ!?」

「はぁ。もう、さっさと行ってください」

「いや、でも結婚……」

「私と結婚したいなら勇者の一人や二人落として、ついでに世界も救ってこいって言ってるんですよ」


 シーナと付き合う条件高すぎない?

 いや、だがシーナほどの美人ならそれくらいの条件でも仕方ないのかもしれない……!


「分かったぜ。それじゃ、ちょいと行ってくるわ」

「はい。ずっと待っていますから」


 シーナに手を振り、ギルドを後にする。

 天気は快晴。

 綺麗な蒼空に見守られながら、俺の旅が幕を開けた。



 …………ん? そういや、アリエスの行先ってどこだ?



**************


 ありがとうございました!

 一先ずここで勇者編は終わりとして一つの節目とさせていただきます。

 次は魔法少女編を始める予定ですが、再会には少々お時間を頂きたいと思っています。

 再会した際には、また読んでいただけると嬉しく思います。

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