第26話 もう1つの約束③



「ふぅ…。どうにか踏ん張れた。」




「香織ー。流石に不注意だったんじゃないー?」




「んー。否定できないけど、別に気を抜いてた訳じゃないよ。」




「まぁ、これから点返していこう!」




みんな少しだけ落ち込んではいたが、もうだいぶ切り替えている。




「照。ナイスプレーだったね。けど、その後打たれちゃってごめんね。」




「気にしないでください。ここまで花蓮相手に1失点ってのが出来過ぎでしたよ?点取りに行きましょう!」




「そうだね。次も期待してるからね!」




天見さんは西郷さんの頭をポンポンと叩き、ベンチの真ん中に座りこれからの事を考えていた。




「花蓮女学院高校、選手の交代をお知らせします。ライトの西住さんに代わりましてライト中里さん、ピッチャーの前橋さんに代わりまして、ライトの中里さんがピッチャーへ。8番ピッチャー中里さん、背番号18。」




遂にもう1人のエースピッチャーの中里さんがマウンドへ。



城西はかなり球数が増えている棚道さんの代わりは、3年生2人投手がいる。



実力的には少し差があるが、2年間でかなり成長しているし、全く通用しないということは無いだろう。




それと比べると花蓮は2番手でドラフト1位候補の、中里さんが出てくるのは反則だと言えるだろう。



消えるスライダー?を自称している。

何回も映像を確認したが、確かに普通のスライダーとは思えない鋭い曲がりをしていた。



映像で見ると勿論消える訳もなく、こればかりは実際に打席に立ってボールを見ないと分からない。




「ストライク!バッターアウト!!」




7番の川越さんが2球連続スライダーを空振りして、あっけなく三振。




「みんな、あのスライダーやばいよ。低めに来たらまず打てない。少しでも甘いコースに来たらガンガン打たないときついかも。」




川越さんは打撃がそこまで悪い訳では無い。


1.2番の2年外野手コンビはどちらも高打率の瞬足で相性がバッチリだ。


3番は1年にしてチーム最強打者の西郷さん。


4番がパワーヒッターでチャンスに強いエースの棚道さん。


そして、5番にバランスのいい打撃をする天見さん。



6.7番にはパンチ力があるけど、少し確実性に欠ける守備型の選手の西さんと川越さん。


8番.9番にはファーストとサードに今日は3年生の2人が抜擢されていた。


打撃力はイマイチだが、西さん達に負けないくらいの高い守備力を誇る。



城西は光がいた時は、雑誌での評価はCで光のワンマンチームという評価で、周りが1年だったからか最低評価を受けた。



今年の評価はB+で、バランスの良いチームという評価を受けている。




「ストライクバッターアウト!!スリーアウトチェンジ!」




中里さんのスライダーに三者連続三振。


焦ってスライダーじゃない厳しい球に手を出し、ファールを打たされて追い込まれた後にスライダーで仕留められる。




「中々やばいな。」




一応最終回の7回裏で9番からの攻撃。

ここを抑えられれば延長戦に突入するけど…。




「ボール。フォアボール。」




あっさりと9番を四球で歩かせてしまった。



この四球で129球目。

思ったよりは力のあるボールが来ているけど、球が大分高めに浮いてしまっている。




ブルペンでは同級生2人が投球練習をしている。


かなり厳しい状況ではあるが、もうこの回全力で投げてもらって延長戦で決着をつけるしかない。




「ボール!スリーボール!!」




『くそっ。この審判花蓮よりのジャッジし過ぎだろ!』




かなりいいボールは来ている。

ことごとく厳しい球はボールと判定され、バッテリーどちらもかなりイライラしてしまっている。




スリーボールから勝負するのは流石に厳しい。


また甘い球がど真ん中にいって打たれてしまっては元も子もない。




「ボール。フォアボール。」




アウトコースギリギリのボールを投げたが、あっさりと見逃された。





「タイムお願いします!」




ベンチから控えの投手の宮野さんが伝令にやってきた。




「監督からマウンドの棚道がバテてるから、諦めてストライク勝負しろってさ。」




「なぁ!!宮野センパイっ!ウチはまだまだバテてないっすよ!あのクソ主審の目がイカれてるだけっすわ!」




まだ威勢だけはメジャーリーガー級で元気良さそうにはしているが…。



「確かにこのままランナー増やし続けてもジリ貧だし、思い切って勝負する以外はないと思う。」




「棚道、マウンド譲りたくない気持ちは分かるけど、私たちもいるんだからこの回を乗り切らないともう次はないよ。」




「…ですよね。この回絶対に抑えるんで!!」




棚道さんはなにか諦めみたいなものと、負けられないという強い気持ちが混ざりながらも、目の中には並々ならぬ気合いが満ち溢れていた。




「ううおぉぉぉ!!」




マウンドから各ポジションに散らばった瞬間、マウンド上で野生の狼のような咆哮が聞こえたが、いつもの事なので気にせずにポジションに戻る。



ここで強行策に出てくれば楽だったが、しっかりとバントでランナーを送ってきた。



失敗させようと高めにストレート要求したが、初球から完璧なバントでワンアウト2.3塁の大ピンチが訪れた。



ここで更に気合いの入った棚道さんは、ここで129km/hの自己最速タイのストレートを出した。




3番は初球にスクイズを敢行してきたが、狙いすぎたのか3塁方向のファール。



ハッキリ言うとかなりヒヤッとしたが、スクイズはうちのファーストとサードに任せておけばホームで殺せる自信はあった。




この2人はバント処理の練習を監督に嫌という程やらされて、いつの間にかとてつもない処理スピードになっていた。



今も一応スクイズ警戒していたが、天見さんが思ったよりも早いチャージだった。





「どりやぁぁぁ!!!」




「ストライク!バッターアウト!!」





「うううおおおぉぉぉ!!」




完全に後の事を考えず、130球投げた投手とは思えないボールを投げ込んでくる。



観客もびっくりするくらいの咆哮で、これまで注意されたことがないのが不思議なくらいだ。



3番バッターを三球勝負で三振に打ち取った。




ツーアウトランナー2.3塁。




ここで4番打者がバッターボックスへ。

普通なら守りやすい場面を作るために、歩かせて満塁で5番と勝負でもいい。



もう1点入れられたら負けの場面で、あと1人ランナー出してもあんまり関係ないが、実際は満塁にすると守りやすくなるという利点と、もし四球を出した場合は押し出しでゲームセット。




歩かせても大丈夫な場面だったので、少し厳しめに勝負したが、相変わらず主審はストライクの手が上がらない。




「ボール。フォアボール。」




今日5つ目の四死球か?

精密機器のようなコントロールはないが、コントロールが悪い投手ではない。



この主審と天見さん、棚道さんとの相性があまりも悪すぎる。




「ここで決着にしたいね。」




天見さんにだけ聴こえるような声で話しかけてきた。



「ここで終わらせる訳にはいかない。」




会話というよりも2人の思いが口から出てきたという感じだ。



5番のマウンドから降りて、ライトのポジションに入っている前橋さんがバッターボックスへ。




今日まだヒット自体は打たれていないが、犠牲フライ1つとあわやホームランが1つ。



出来れば4番で終わらせておきたかったが、ここまできたら腹を括って勝負するしかない。





「絶対に負けねぇぞぉ!!!」





「これで終わりっ!」




カキィーン!!!




初球のアウトコースギリギリのストレートを流し打ちして、打球はライナー性の当たりでセカンドの頭上を越していく。




「頼む!!ライト捕って!!」




天見さんは2年前にもこんな光景があったことを思い出した。



あの時は自分がバッターで絶対に抜けたと思った打球だったが、ライトのファインプレーに阻まれたあの時の光景。




………………。





「美里ーー!!ナイスバッティング!!」




無情にもライトの横を抜けるサヨナラヒット。



飛び込んだライト、そのカバーに来たセンターも抜けた打球を見て追う力もなくなっていた。



3年生で固められた内野陣はサヨナラヒットを打って、ガッツポーズをしている前橋さんの事をじっと見ていた。



花蓮の選手たちは一斉にベンチから出てきて喜びを爆発させている。




野球というのは、いつも劇的な展開を用意してくれる訳では無い。


花蓮にとっては劇的な勝利かもしれない。

城西にとっては2年前とは状況は違うが、2回目のサヨナラ負け。




「ふっ…。そんなに甘くないか。」




天見さんは目の前で起こったサヨナラ負けをしっかりと受け止められていた。


あの時はあまりのことに情けなく項垂れて、1番試合で疲労していたはずの光に介護されてしまった。




喜ぶ花蓮のメンバーを横目で見て、ゆっくりとピッチャーマウンドまで歩いていく。





「棚道。お疲れ様。ここまでよく投げてくれたね。」




「うぅぅ………。」




片膝をついて、下を向いたまま涙を見せないようにして動こうとしない。



「ここまでよくやったよ。だから、顔上げて胸張ったらいいんだよ。」




「うぅ……。うえーーーん!く、くやじぃです…。まだまだ、わだしたぢは…負けてないんだぁぁあ!!!」




そう叫ぶと完全にその場に崩れてしまった。


疲労がピークだったんだろう、肉体的にも精神的にもタフなピッチングを繰り返してきた。




「棚道。悔しいのも分かる。ホームまでは連れていくけど、最後は自分の足で立たないとだめだよ。

戦った花蓮に最大の敬意を持って挨拶しよう。負けたからこそ、ちゃんと挨拶をしないとだめよ。じゃないと後悔しちゃうよ?私もそう言われたから。」




天見さんは必死に涙を堪えて、優しい笑顔で後輩のエースの腕を肩に回して、ホームまで連れていった。



その姿を見て、外野で呆然としている1年生と2年生を内野の3年生が連れてきた。



ホームに棚道さんを連れていく時に一塁を回って、挨拶の為にホームに集合しようとしていた前橋さんとすれ違った。




「………………。」




本来なら勝者が敗者にかける言葉などない。


あの時、1年生でまだそういう事を知らなかった前橋さんは負けた天見さんに声をかけた。



その言葉があったからこそ天見さん達は死に物狂いで練習し、ここまでやってきたといっても過言ではない。



だが、今はもう違う。



城西の3年生達は、高校最後の試合が終わり、それと同時に現役生活もここで終わるのだ。




「あの時みたいに声はかけてくれないんだね。」




「いい試合だった。本当に2年間待った甲斐があったよ…。」




「ふふっ。この借りは絶対にこの子達が返すから。」




そういうと隣にいる棚道さんの頭をポンポンと軽く叩いた。



ホームにつくと、天見さんの気持ちを汲んだのか自分の足でしっかりと立ち上がり、大粒の涙を零しながら真剣な表情で花蓮女学院を見つめていた。





「4-3で花蓮女学院の勝利!礼!」




「「ありがとうございました!!」」




天見さんの隣で、花蓮の唯一の2年のレギュラーと固い握手を交わしている。



2年前の天見さん達のように声を掛けあっている訳では無いが、もうその2人には明確なライバル関係が芽生えたように見えた。





「香織、本当にここまで来てくれてありがとう。必ず甲子園で優勝して、1番強かったのは城西だったって証明するから。」




「ふんっ!さっさと負けちゃえ!」




天見さんは最後の最後で意地悪なことを言っていた。


そう言い放つと、自然と涙が出て止まらなくなってしまった。



前橋さんから強く抱き締められて、少しの間そこだけ時間が止まったみたいで、観客から大きい拍手と声援が飛ぶ中、2人だけがホームベース上で残っていた。



3年生たちはここまでずっと厳しかった天見さんが、人目をはばからず泣いている姿を見てもらい泣きしてしまった。




「4-3で花蓮女学院の勝利です。劇的な花蓮の勝利でしたね。」




「そうですね。いい試合でしたね。お互いに死力を尽くした試合だといってもいいんじゃないですかね。」




光は目の前の後輩たちの姿を見て、自分が後輩と過ごした少ない時間でも、思いは続いているんだなと思っていた。



そして、またその思いが後輩達に受け継がれていくんだと確信していた。




「頑張れ。後輩達。」





こうして、天見さん達のリベンジ戦は敗北で終わった。



2年前の試合とは違い、お互いが勝負を避けることなく戦ったことで名勝負と言われる試合になった。



花蓮は前橋さんの言葉通り、中里さんと前橋さんのWエースを他の高校が打ち崩すことができなかった。



そのまま決勝まで勝ち上がり、そのまま舞鶴女学院を完封して2年ぶりに夏の甲子園を優勝した。




あの試合の後、天見さんと前橋さんは一緒にプレーすることも試合することもなかった。



ライバルとしての関係が終わり、2人は親友として付き合っていくことになった。




天見さんは大学に進学し、女子プロ野球を目指しつつも、本命は高校野球の監督を目指して日々頑張っていた。



前橋さんは3球団競合でドラフト1位で女子プロ野球の世界へ入っていった。




投手としてプロ入りした前橋さんだったが、1年目から肘の怪我により投手を断念して野手として再起をめざした。



それを助言したのは天見さんらしいが、本当のことは本人達にしかわからない。




棚道さん率いる城西の後輩たちは、更に強い思いで打倒花蓮女学院を掲げた。



女子野球の因縁のライバル校として、城西と花蓮は特別な巡り合わせになってしまった。


城西が甲子園に出た時は、毎回のように花蓮と白熱した試合を繰り返した。




あの後、春夏合わせて4度試合があったが城西は花蓮に1度も勝つことが出来なかった。




それでも6試合とも全て1点差ゲームで、毎回追い詰めても最後に勝っているのは花蓮であった。







そして、光のあの時決勝から8年後。




「龍くん、今週も選手たちの練習しっかりと見てあげてね。」




「はい。わかりました。」




天見さんは白星高校という高校の監督となり、尊敬する先輩の光の弟の東奈龍と一緒に、女子野球部を甲子園へと導くために日々奮闘していた。




「よしっ!今日も気合い入れていくよ!」




野球を続けていると、野球がどんどんその時代の野球へと変わっていく。



だが、野球への思いや願いは変わることなく脈々と受け継がれていく。



光の野球を受け継いだ、後輩の天見さんと弟の龍。



その受け継いだ野球は教え子たちに受け継がれ、それをまた誰かが下の世代に受け続いでいくのだ。




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野球少女は天才と呼ばれた 柚沙 @yusa-52

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