第20話 決勝戦-延長戦-




延長戦8回表。



9番からの攻撃。


タイブレークのルールで7番が二塁、8番が一塁でノーアウトランナー1.2塁で試合開始。



この回よっぽどのことがなければ1番の光に打席が回る。9番が出塁出来ればランナー満塁で絶対に光と勝負せざるを得ない。



これまで通りに敬遠した場合は押し出しで一点先制となる。



だが、それは花蓮にとってはほぼ負けを意味する。




城西は普通なら絶対にバントの場面。


バントが成功してもしなくてもどのみち光に打席が回ってきたら敬遠される。


そして、2番の天見さんに全てが託される。



バントしてもどうせ敬遠されるなら、9番バッターは出塁する為に必死に食らいつこうとしていた。



投手は7回にストレート気迫の投球で、同じ1年を完璧に抑え込んだ前橋美里さんが続投している。



タイブレークになったら流石に抑えの藤沢さんが登板してくるかと思ったが、そのまま続投してきた。



度胸満点のマウンド捌きから多分、ピンチに滅法強いんじゃないかと思われた。


そもそも心が弱い投手が、一点取られたらほぼ負けの確定のタイブレークにマウンドを任されるわけが無い。



状況的にはピンチを背負っているのは投手なのに、攻めてるはずの9番バッターの方が緊張で追い込まれていた。



「うしっ!!」



投げる時に声を荒らげ、体全身を使って気合いの入ったボールを投げ込んできている。



「うんうん。やっぱりいい球投げて来てるね。」



ネクストバッターズサークルでさっきよりも身近で前橋さんのストレートを見て、その球質に惚れ惚れしていた。




「ストライク!バッターアウト!」



5球全てストレートを投げて来て、3球はどうにかバットに掠ることが出来たが空振り三振してしまった。




「1番ピッチャー東奈光さん。」



絶対に勝負してこないと分かっていながらも、前橋さんのストレートを打ってみたいという気持ちがかなり大きかった。



いい選手との対戦したいという気持ちは隠しきれなかった。


試合の勝ち負けよりも、自分が相手と勝負したいという気持ちがどうしても大きくなる。




それまで気合十分だった前橋さんも光が打席に向かう姿を見ると、目に見えてしおらしくなっていた。



この様子からして、これから4回目の敬遠が待っているのを察した。





「ボール。フォアボール。」



審判も流石に光が気の毒になってきたのか、四球の宣告の声も小さくなっていた。




この敬遠で、花蓮女学院に対して観客から物凄い野次が飛び交っていた。


流石の光も驚いた様子で観客席をじっと見ていた。




あまりに野次が飛び、選手たちがプレーを出来る状態じゃなくなり、事態収拾の為に試合を一時中断する羽目になった。



昔、プロ野球の名選手が甲子園で5打席敬遠され、今回のような事態になったことがあったらしい。


光は甲子園の特番か何かで見た、その映像と同じ事が目の前で起こっていた。



これには大舞台に慣れている花蓮女学院のナインも、この野次の矛先が自分達に向かっているということに相当狼狽えている様子だった。




タイムがかかっているのでベンチに戻ってもいいはずだったが、花蓮のナインもどうしたらいいか分からず唖然としてその場に立ち尽くしている。




「前橋美里さーん。ちょっとこっちに来てー!」



光はマウンドで立ち尽くしている前橋さんに声をかけた。


その大きな声に反応して、ファーストベースまでダッシュで駆け寄ってきた。




「あ、あの!ウチなんか呼んでどうしましたか?」



いきなり呼ばれて、どんなことを言われるか分からずかなり身構えていた。



「あはは。怒ってる訳じゃないよ。前橋さんのマウンドのあの萎えたような顔みたら、敬遠したくてしたとは思えなかったし。」



「ウチだって、本当は勝負したかったんです!!けどチームの勝利のためにはどうしても…。」



「うんうん。その気持ちを忘れたらダメだよ。絶対に負けないって言う気持ちを無くしたらダメ。きっと前橋さんはとてもいいピッチャーになると思うから、今回のことは今後気にしなくても大丈夫。」



「あ、ありがとうございます。東奈さんに褒められるなんて…。ウチがいいピッチャーか…。」



「自分で言うのもあれだけど、ストレートだけで言えば私と同じレベルにはなれると思う。それ以上になるかはどうかは前橋さん次第だけどね。」



そう言うと前橋さんの右肩をポンポンと軽く叩き、満面の笑みを見せた。




「はい!ウチ頑張ります!ありがとうございますっ!」



元気よく力強い返事をし、深々とお礼をしてマウンドに走って戻って行った。




「東奈さん。うちの1年生にわざわざ声をかけてくれてありがとう。本来なら私が声をかけるべきだったんだけど…。」



サードから樫本さんが一応様子を見に来ており、話が終わるとすぐに話しかけてきた。




「私が個人的にあのピッチャーを気に入っちゃっただけだから、お礼なんて言われる筋合いはないからね。」



「それでもありがとう。そして、ごめんなさい。もし2回でも3回でも打席が回ってきても東奈さんとは勝負できない。もうタイブレークに入ってしまったから尚更危険を冒してまで勝負は…。」



「そんな事分かってる。けど、投手としての勝負なら樫本さんとの勝負で楽しめたから問題ないよ?打者として花蓮の投手全員と対決したかったけど、それが無理なのは残念だけどね。」




樫本さん個人としても、かなり同情するところがあった。



樫本さんも甲子園通算本塁打1位の凄いスラッガーとして全国にその名を轟かせている。


練習試合だと相手もどれだけ通用するか勝負してくるが、大会となるとやはり勝負を避けてくることが多いみたいだ。



試合には絶対に勝ちたい。

自分のバットで打って勝ちたい。

けど、勝負されない。



出塁することでチームには貢献出来る。



その葛藤に長い間悩まされた。


悩みに悩んで出した答えが、自分が世代ナンバー1打者になったということにして、折り合いを付けることにした。



最後の夏の甲子園出場が決まり、対戦校のデータを見ていた時に、樫本さんは東奈光という選手の予選成績をみて思わず間違いじゃないかと思った。



すぐに試合映像を見たが、一目で気づいた。


花蓮女学院の野球部は全国の天才が集まっているとよく言われているが、映像を見た時に彼女が本物の天才だと気づいてしまった。



彼女が本物の天才とすれば、私達は全員偽物だろう。



そして、彼女の打者としての実力を知ったチームは一切勝負しなくなる。



彼女がまだ投手としても超一流でまだよかったと、樫本さんは心の底から思っていた。




かなり時間が掛かったが、どうにか球場の喧騒が収まって試合開始となった。



昨日タイブレークで満塁のチャンスに、起死回生のセフティースクイズを決めた天見さんがバッターボックスに。



天見さんはキャッチャーとしてこれまで光の速球を受け続けてきて、スピードボールを打つのには自信があった。




そして、その初球のストレートを強振。





カキイィーン!






「アウトォ!」





芯を食った打球はサードライナーになり、それを樫本さんがガッチリとキャッチ。



そのままサードベースを踏みダブルプレーでチェンジとなってしまった。




「くっそぉ!」



決して褒められることではないが、悔しさでバットをその場に叩きつけた。



キャッチャーとして光を助ける為にどうしてもここで決めたかった。


芯を食ったいい打球だったが、結局ダブルプレーを取られてしまった。



「香織、凄く気持ちはわかるけどあんまり道具に当たっちゃだめ。まだまだこれから長くなるから頑張ろ!」




「は、はい…。」





8回裏。



タイブレークに突入して最初の打者が、花蓮最強打者がバッターボックスに入ってきた。




「4番サード樫本恭子さん。」



樫本さんはこれまで1番真剣な表情でバッターボックスに入った。



対照的だったのは、光はなにかを企んだようなニヤリと悪そうな笑顔を見せていた。



サイン交換はかなり時間かかった。

5度首を横に振って、6度目のサインに満足気に深々と首を縦に振った。




ノーアウトランナー1.2塁。


普通ならほぼ100%バントの場面だが、樫本さんは女子高校野球No.1打者。



勝負してくれるなら勝負させない理由はない。



ここでバントさせても結局次のバッターがスクイズ成功させないといけない。


犠牲フライはほぼほぼ不可能、城西は極端なスクイズシフトを組んでくることは想像に容易い。



そして、城西バッテリーが選択したボールは…。



ど真ん中のストライクゾーンギリギリの低めに、全力で投げた130キロ出ていないくらいのシンキングファストを投げた。





『ここまでうちのチームを打ち取ってきたツーシーム。けど、このボールじゃ私じゃ打ち取れない!』



初球、ここまで凡打の山を築いてきたシンキングファストをど真ん中じゃなく低めに投げた。



他の打者ならど真ん中でもよかったが、ストライクゾーンから樫本さんが思ったよりもさらにボール半個分下に落とし、スイングした時には低めのボールゾーンになるようにコントロールした。




ガキィーン!!



ボール球を打たせ、バットの芯から外させたがショートにかなり強烈な打球を飛ばされた。



それをショートは怖がらず、落ち着いて捕球した。


セカンドに送球して、そのままセカンドがファーストに送球してダブルプレー。



ファーストベースを駆け抜けた樫本さんはヘルメットを取って、天を見上げていた。




『誰も彼女がシンキングファストを投げてることに気づかなかったのか?

手を抜いたストレートとツーシームを、上手く投げ分けてストライクゾーンに投げ込んで来てると思っていた。

実際はそのどちらでもないシンキングファストを投げていた。

その情報があればこの一球で確実で決められたのに…。』



樫本さんはここまでこれだけ芯を食ったような打球を飛ばされながらも、1本もヒットが出なかった理由がわかった。




『私をシンキングファストでゲッツーに打ち取ることによって、ネタばらししてきたのか…。』



ツーアウト3塁はまだチャンスだが、本気を出した光に5番打者は手も足も出なかった。




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