林田ガイコツと悩み

高校生の田中 効用は教室の窓から見える外の世界を眺めていた。空に浮かぶ独特な形をしている雲を見つけただとか、近くに煙が立ち上っている様子もない。逃げたいのだ。彼の抱える悩みから。



「なにか見えんの?」


「えっ?」


俺の世界に入り込んできたのは、体育着登校をひとりすっぽかしていた林田 ガイコツだった。

既にこのクラスは一通り体力テストを終えていて、今は昼休みに入るまでの曖昧な時間を各々が好きなように過ごしている。どうやら、林田は自分だけが制服であることにもう慣れてしまっている様子だ。

というか返答しなければ。


「なんも見てないよ。ボーッとしてただけ」


「あ、そ……質問あるんだけどさ」


「……当てようか?」


俺に来る最初の質問は十中八九この話題だからだ。

「名前でしょ」


「わかった?」


林田は少し照れたような表情を浮かべて笑った。彼の骨がそう思わせる。


「逆に気にならない方が変だよ。自分で言うのもだけど」


「自己紹介の時はホントびっくりしたよ」


林田は続ける。


「だって名前が田中 効用ユーティリティなんだもん」


笑みがこぼれるという表現が、今の林田を説明するのに最も適切だろう。


「笑ってんじゃん」


これは触れざる負えない。


「ごめんごめん」


笑いの余韻に浸りながら、林田は俺に謝罪した。


「もう慣れてるよ」


もう慣れてしまったのだ。進学などで人間関係がされるたびに、自己紹介をするたびに、場の空気が一変する。ひんやりとした感覚が全身を伝う。だがそれも慣れてしまった。そんな自分に自分自身にガツンと言ってやりたい、そんな衝動に駆られる。


だが今年は2年生ということもあり、去年ほどのひんやりとした感覚はなかった。どちらかというと、実在してたんだ……という空気。去年度のうちに、この名前の噂はこの学校全体に浸透していたようだ。


「でも、凄いよな……」


林田は何かに関心しながら呟いた。


「なにが凄いのさ、名前が?」


「うん。だって、名前に『てぃりてぃ』って入ってるんだよ」


林田、それはもう


「いじってるじゃん」


「バレた?」


「こんなに俺の名前いじってくる奴初めてだよ」


「キラキラネームっていじられるためにあるんじゃないの?」


「俺のは他のとは違うんだよ」


「どう違うのさ」



所謂、キラキラネームってのは騎士ないとやら晴空はるく宝冠てぃあらだとか、こんなのだろ? そんでもって、大抵のキラキラネームには何となくだが、メッセージ性があるんだよ、頑張れば読み取れるような。その代わりに子供への配慮というか容赦がないが。でも俺のは違う。効用なんだよ。効用ユーティリティなんだよ。もはや概念とかの話なんだよ。名は体を表すなんて言うけど、俺はどうなればいいんだ?



俺は林田に熱弁した。その後、彼が発した言葉は


「田中……お前………一応、ほかにどんなキラキラネームがあるのかとか調べたんだな」


「っるさい」


そんな芯を食った言葉を放つな。


「でもそんなに悩むことでもないよ」


「へぁ?」


「田中の強みだよ、それは。他の人が持ちようのない」


でも、それって…

「考え方の問題じゃ……?」


「考え方の問題だよ、この世のすべての悩みは」


「なんか、骨身にしみたよ。その言葉」


これは、本音だった。すこし前向きになれた気がする。ただ、林田が引くほど笑っていた。感動しかけていた心が現実に引き戻される

骨身………骨身………。



骨?



え? ガイコツ?



えぇ……………。



ガイコツ……………ジョーク?




林田ガイコツは何処にでもいるガイコツであり、ガイコツジョークにめっぽう弱い男子高校生である。

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