転生したのにハロワだった

瀬文ななち

第1話 転生したのにハロワだった

「転生者職業安定所へようこそ!新しい転生者の方ですね!」



俺は何がなんだかわからなかった。



「たしか俺は......自分の部屋にいたはず......いつもどおり引きこもりぬくぬく生活を送っていたはずだが...」



「大丈夫ですか?転生者の方は直前に大変な目にあっていることが多いですから、記憶が混濁していらっしゃるのかと思います。しばらくしたら思い出せると思いますよ。えーっと、お名前は...」



受付の少女の天使のような癒やしボイスが、甘く耳に届く。


目の前の少女は、パラパラと書類をめくった。



その間に俺は目を走らせる。


うーんなんて可愛い女の子だ。声に似つかわしい可憐なパッチリおめめ。


どこか垢抜けない童顔と、不釣り合いなナァイスバディ。



薄ピンクのかわいらしい衣装がよっくお似合いだぜ。


まさに天使みたい、という形容詞がしっくりくる。



「あった、ユウヤさん、ですね!」



そうだ、俺の名前はユウヤ。

だんだん頭がはっきりとしてきた。



それでなんだっけ、思い出せ。


俺はいつものように部屋にいて、それで...



ウンウンと頭を抱える俺を、少女が心配そうに見つめている。



「どうですか?思い出せそ?」



魅惑のカワボに脳が刺激されたのか、俺の記憶は稲妻のように蘇り、




「っっっ!そうだ!!!」



俺はすべてを理解した。




「そうだった...いつまでも働かない俺に、ついにキレた親父が俺の部屋に車で突っ込んできて...」




俺の部屋の窓ガラスをぶち破り、あろうことか親父は車で突っ込んできた。




ドアは俺が内側からしか開かないようにガチガチに多重ロックで固めているし、窓から入るのが手っ取り早いのは間違いない。



だが、ただ窓をカチ割るだけでは済まなかった。




積もり積もった不満や鬱憤、そんな全てを載せて、オンボロ軽自動車がこんにちわ。




窓際にはベッド。そのすべてをぶち壊すようなフルスピードで、ダイナミック・エントリー。



マッドマッ○ス・怒りのデスロードばりのカチコミだった。



時間は夕方。俺は普段ならPCの前に座っている時間帯だった。親父もきっとそう思っていたんだろう。



自慢じゃないが、ニートなりに規則正しい生活を送っていた俺だ。

まさか今日に限って、俺がまだベッドでゴロゴロしているなんて、思いもしなかったんだろう。


おかげで俺の頭には車のボンネットが直撃。


頭からは、まるで数年ぶりに部屋に差し込む夕日のような、真っ赤な汁が流れ出て......それで......



「それで、死んで、転生したってわけ?」


「思い出されたみたいですね!よかったです!」



よかったです!ではない。


良くない。


良いわけあるか!



実の父親に轢かれて転生!?

もうちょっとまともな転生理由あるだろ!


歴代異世界転生者アニメの最もクズな主人公だって、もっとまともな死に方をしているっつーの!




「もうどうしようもありませんから、気にするだけソンってものですよ!せっかく転生したんですし、次の生活を楽しみましょうよ!」



なんてポジティブな子だ。眩しすぎる。

こっちはさっき死んだところだぞ。



死者に元気の押し売りはやめてくれ。むしろ一番遠い存在だろ。


俺だから良かったが、激昂する転生者もいるだろう。

俺はいいが、他の人は不快になるかもしれないから気をつけてくれな。



まあだが良かろう。許す。

相手は愛嬌よしのちょいロリ巨乳少女である。



底抜けに明るいこういう性格でもないと、転生者の案内なんて務まらんのかもしれんしな。




それに、そろそろ話を先に進めたいし。





さあてここまで回想で後回しにしてきたが、冒頭で聞こえたナニかに向き合わなくてはらなないだろう。



「それで、ここはどこっていってたっけ?」



「はい!よくぞ聞いてくれました!ここは転生者職業安定所です!私はエージェントのライラと申します!改めて、よろしくおねがいしますね!」



「転生者職業安定所...?」


大変嫌な響きである。ショクギョウアンテイ...?




「ええ!略して"職安"と呼ばれています!」


「ハロー○ーク!?」




略称まで一緒ときた。どこの世界も無職には職を与えたいらしい。




「転生者の方はこの世界でお仕事がないじゃありませんか?お仕事がないと生きていけませんし、こちらで適正を見極めて、最初のお仕事をご案内しているんです!この新しい世界にスムーズに就労できるように全力でサポートさせていただきますから、なんにも心配なさらないでくださいね!!」



元気いっぱい夢いっぱい。愛嬌抜群のところ大変申し訳無いのだが、こちとら無職でして...



言葉の節々から、働くのは当然であるという雰囲気を感じる。


そうかそうか、この世界は働くのが当たり前の世界なんだな。


猫も杓子も、みーんな汗水たらして働いているんだ。


まあ、前の世界もそうだったんだが。


働かなくても食うに困らないご都合ワールドじゃないってことは分かった。




まあだが、聞くだけなら無料だろう。


俺は、念の為、念の為だ、尋ねてみることにした。





「ちなみにですが、働かないという選択肢はないんですか?」



が、聞かないほうが良かったな。






???」






ビギィ!!!!!!






ナニかが凍りつく音がした。


空気か、それとも。




俺がゆーっくりと顔を上げると、


ライラさんは、今まで一度も見せていなかった氷の表情を浮かべていた。


まるでツンドラのような氷点下。




決して崩さなかったニコニコ笑顔は霧散し、


眉をハの字に上げ、


目をカッと見開いて俺を見た。





その変貌ぶりときたら、え、ひ○らしのなく頃もかくや。


ひぐ○し、異世界編か?



まさにゴミクズを見るような目である。



俺はヘ○ンズドアーのスタンド能力にでも目覚めたんだろうか。


ライラさんの顔に



「こいつ今、働かないって言った?????ありえないんだけど?????」


書いてあるのが読み取れる。





時間にして数秒、体感では数十分にも感じる氷結の間が通り過ぎた後、ライラさんは表情を戻すと、元の明るいトーンでこう言った。




、というのはつまり、無職を希望されるということでしょうか?」




怖い。


こうなると、笑顔が逆に怖い。




「は、はい......だめでしょうか」




ライラさんは、うーんと困ったような顔をした。



「一応その選択も不可能ではない...のですが......」




え、可能なのか?


と、ほんの一瞬期待が胸に宿ったが



「この世界に穀潰しクソニートを転生させるわけにはいかないので、申し訳ありませんが元の世界に送還することになりますね~」




強い強い。言葉が強い。


穀潰しクソニートって。




「一応確認ですが、戻るとどうなるんですか?」


「元の世界では死んでるので、死にますね~」


「ですよねぇ」




つまり俺に残されている道は、転生して働くか、死ぬかの2択しかないということ。


WORK or DIE。


究極の二択。


もちろん死にたくはない。消去法的にWORK就職を選ばざるを得ないが...うーん...。








「......働きたくない......」






死にたくないが、働きたくもない。




働くのはイヤだ。


死ぬのはもっとイヤだが、相対的に働くほうがマシなだけであり、イヤはイヤである。



そしてイヤなのはもちろんだが、今胸中を占めているのはむしろ、不安である。






俺は今年で33歳。


もう引きこもり歴は10年近い。


まともに人と話す機会だってほとんどなかったんだ。


そんな俺がいきなり社会復帰?現実的じゃない。





社会経験がまったくないわけじゃない。


元はと言えば俺だって働いていたさ。


大学を卒業して新卒入社。


だけど、思い出したくもないがあって、俺はもう働きたくないと思うようになっちまった。



そして気づけばヒキコモリ。



そして何が悲しいか、実の親父に轢かれてポックリなんて結末。





それに、新しい世界には飯を出してくれる母親もいないし、知り合いだって一人もいない。


もちろんネットもないだろう。俺を知っている人も、俺が知っている人も、本当に一人もいない世界なんだ。



2択のようにみえて1択。


道は一つ。


働くしかない、そう分かってはいる。けど、




「俺、やっていけるのかな...」



もう一つの選択肢を選んだほうが、もしかするとマシなんじゃ?


ここで終わらせたほうが良かった、なんて後悔する日がくるんじゃないか?



そんな考えが頭をよぎった。




そんな俺に



「大丈夫ですよ。ユウヤさん」



ライラさんは、にっこりと微笑んだ。



さっきまでの貼り付けた笑顔とは違う、最初にアッたときと同じ、心からの柔和な笑顔。



「ライラ...さん...」




「慣れるまでは、このライラがサポートしますから!」



えっへん!任せなさいと豊かな胸を張るライラさん。


さっきの辛辣な雰囲気はどこへやら。



全身から包み込むような慈愛が満ち溢れている。



ああ、この人は、勤労意欲のある人には、本当に優しい人なんだな。




親だって、俺がまた働くなんて、とっくに諦めてたのに。


この人は、まだ俺に働けと、お前なら大丈夫だって言ってくれるんだな。





「うーんでも......」


いくらライラさんが天使でも、結局俺の代わりにライラさんが働いてくれるわけじゃない。





「私がぴったりのお仕事を案内しますから!私を信じてください!」



「そう言われても...。就職先がミスマッチすることだってありますよね?人間関係だってあるし...やっぱり俺...」




俺からすると、生前と合わせて2社連続でハズレを引くことになる。


それだけは避けたい。


ライラさんはこの世界の超常的な存在なんだろうが、神だって100%天職を与えられるってわけじゃないだろう。




「ちゃんと向いてそうなところを紹介しますから、大丈夫です!それに、万一合わなかったら、再転職すればいいんです!」



「再転職...」



「そうですよ!あなたの元いた世界では違うみたいですけど、この世界では何度も転職するのも普通ですから!」



俺のいた世界だと、何度も転職する人はそういない。特に、短い期間で転職なんて最悪とされている。


いわゆるキャリアに傷がつくってやつだ。

そういうのはないってことか...。



実際、1社目をたった3ヶ月でやめてしまった俺には、グサグサと刺さる話だ。





「でも俺みたいな未経験の中年、雇い手も使いづらくないか?」



「その点はご心配なく!せっかく転生していただくんですから、働き盛りの18歳の肉体で受肉させます!!そのほうが、生涯労働年数も増えて、世界にもプラスですから!サービスです!」




な、なるほど。18歳か。


失われた15年。


思えば俺の人生が狂い始めたのは大学から。


過去に戻るとしたら18歳は理想的である。



しかも精神年齢は33歳のままってことだから、一応強くてニューゲーム状態といえる。





「どうですか?生前、人生やり直せたらって思ったりしたことありません?ありますよね?この異世界という新天地で、そのチャンスがやってきたんです!!手を伸ばせば始まるところに、新しい人生があるんですよ!」





もう一度、人生を?


やり直せる......のか...?






「無職だったなら、そりゃあお仕事は心配だと思いますよ?でも!お仕事なんて星の数ほどあるんですから、どれか一つくらいはユウヤさんがほんとに楽しいって思える天職がありますよ!ライラと一緒に、向いてるお仕事を探すくらいの気軽な気持ちでいいんです!失敗なんてないんですから!」




失敗なんてない...か。




なぜライラさんのような明るい性格の子がここに配属されているか、俺はだんだん分かってきた。




転生者はきっとみんな不安なんだ。そりゃそうだよな。




知らない世界に放り出されて、さあ仕事を、なんて微塵も不安がないほうがおかしい。




ヒキコモリだった俺は極端にそれが強いってだけ。




そんな不安な背中を押して、独り立ちさせる。その最初の一歩を進ませるのが、このライラって子の役割なんだ。



俺はもう一度ライラさんの顔を見た。



きっとうまくいく、素晴らしい未来が待ってることを1ミリも疑ってない。そんな底抜けに明るい笑顔がそこにはあった。



「ほら、ユウヤさん!」



ライラさんは、俺にすっと手を差し出した。





つまりナニが言いたいかって言うと、俺は...





「......そんなに言うなら、ちょっとだけ、がんばってみようかな」




ライラさんの手は、太陽のように暖かかった。



ライラさんは100%の笑顔を120%にニパっと輝かせ、



「その言葉を待ってました!どーせ一回死んじゃってるんですし、新しい人生だと思って、ライラと一緒に、頑張りましょ!」



つないだ手をブンブンと振り回した。








こうして俺は一度死に、異世界で働くことになった。

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転生したのにハロワだった 瀬文ななち @nanachi_sefumi

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