第19話金持ちの家の息子はバレンシアガのパーカーを大事そうに着る

 「なぁどうやったんだあれ?」

 「にゃぁーに。別に何もしてないにゃ。ただありのままにタマの意見を言っただけにゃ。」

 そう言って僕の弁当を無許可につつき続ける猫の目は次の食材えものに釘付けだった。

 僕もこいつにありのままを伝えれば弁当を奪還できるだろうか。

 ・・・・・・・・多分それは無理なんだろうなぁ。

 しかも僕はこいつに不覚にも借りを作ってしまった。

 今の僕にタマを責める資格はない。

 こうなったのには理由がある。

 それはこうして4で昼食をとる少し前のことである。


 時は巻き戻り、警備員との凄絶たる争い・・・・・・・・とまではいかないがアリの行進VS土を盛ってそれを遮るしょうもない小学生の争い程度のこと。

 場所はもちろん正門前。

 当初は腸捻転が起こりそうなほどの身内の恥と戦うつもりであったが例のグレイマンの持ち物に感化され一転、グレイマンを救う戦いへと昇華した。

 

 パーティーは僕、猫、そして黒髪ロング少女の3人。

 ・・・・・・・・これじゃあ始まりの地すらも越えられそうにないな。

 洞窟内でゴブリンに蹂躙されるのが目に見える。

 まぁゴブリンスレイヤーが駆けつけてくれれば事態は好転するのかもしれないが。

 五体満足でいられる保証はなさそうだ。

 閑話休題。

 「あ、あの・・・・・・・・警備員さん?」

 「・・・・・・・・はっ!な、なんだい?」

 しばらくの間物語の隅に追いやられ自分の出番を忘れていたようなそんなぽけぇーとしていた時に不意に話しかけられたような驚きを見せつつ僕の声に反応を見せる警備員。

 出番は公平に。もし仮にモブだとしても雑な扱いはよくないよね!

 「そのですね、できれば彼女の侵入を許可していただきたいんですが。」

 「それはできません。ここは以外立ち入り禁止ですから。」

 先ほどの動揺がまるで嘘のようにきっぱりと断る警備員。

 その説明はあまりにもマニュアル通りで、しかしそれは的を得ていた。

 そう、彼女は・・・・グレイマンはこの学校において全く関係のない生物である。

 そもそも弁当だって正門の前で受け取ればいい話で、別にグレイマンをわざわざ学校内へ入れる必要はない。

 万が一中身の見えない小包のみの侵入すらも危険だと捉えられ、受け渡しを拒まれたのなら中身を見せ危険がないことを証明すればいい。

 ・・・・・・・・・・・・でも。

 あいつは15歳だと言った。 

 それが本当かどうかはわからない。

 あいつのことは中身がすっごい美少女で世間知らずでドジでそれでも憎めないことしか知らない。

 だが、あいつはあの夜僕にこんなことを質問してきた。

 『学校・・・・・・・・楽しい?』

 僕は『ぼちぼちかな。』と答えた。

 その時はまだ入学初日だったから。

 しかしそれは僕の感想であって、もしかしたらあいつにとっては楽しいことなのかもしれない。

 なら・・・・・・・・それを証明するのならあいつに学校を、高校生を体験させればいいだけのこと。

 僕は今のこの瞬間が大いなるチャンスだと踏んでいた。

 おせっかいかもしれない。

 『うざい。』と言われ、今以上に気まずい関係になるかもしれない。

 あいつはあの時学校には行かないといった。

 理由まではわからないが。

 もちろんそのことだって覚えている。

 しかし、楽しいかどうかを聞くということは少なからず興味はあるということだろう。

 なら1度体験してほしかった。

 これは僕のわがままだとしても。

 「ど、どうかあいつにこの学校への侵入を許可してください!」

 「え!ち、みき・・・・・・・・と、っ!」

 僕は頭を下げた。

 ずるいやり方だというのは百も承知。

 勢いの波に警備員を巻き込み、無理やりこじ開けようとする。

 さらには人の良心につけ込むような手口。

 自分自身を錯綜してしまいそうになる。

 「み、幹人そこまでしなくてもいいよ。別にた、ただ忘れ物・・・・・・・・お弁当届けに来ただけだから。」

 訥々とか細い声が聞き慣れた声で聞こえる。

 視界に入るのは自分の靴とコンクリートの冷たい地面。

 誰の表情も見えない、それはもはや暗闇にいるのと同じだろう。

 あぁ、軽蔑されただろうな。

 猫にも黒髪少女にもあいつにも。

 せっかく仲良くなれると思ったのに。

 こんな無様な姿を吹聴されないことだけを願うしかない。

 

 無窮とも思える時間が流れ、場面が変わる。

 「・・・・・・・・関係者以外立ち入り禁止なので。すいません。そちらのお弁当はお渡ししますね。」

 僕の視界にあいつの手元にあった小包が入った。

 大人の融通の利かなさには何度も呆れさせられた。

 しかし今回は・・・・・・・・嫌気が差し、怒りが込み上げてきた。

 理不尽な怒りだというのは分かっている。

 でも・・・・でも・・・・言葉にならない怒りがふつふつとあふれ出してくる。

 「渡辺君。顔を上げなさい。」

 背後から冬の風のような冷たい声が聞こえた。

 僕はその声に応えるように振り向く。

 声の主はやはり黒髪ロング少女だった。

 バチっと目が合う。

 ・・・・・・・・僕は今どんな顔をしているのだろうか。 

 怒りに翻弄され冥府の魔王のような顔?

 いいや違う。

 そんな顔が出来ればどれだけ楽に生きてこられただろう。

 今の僕の顔は・・・・・・・・・・・・

 「なんで負け犬の顔してるのよ。そんな顔するなら『わんわん』以外話さないで頂戴。・・・・まったく。戦場を駆け巡る勇敢な渡辺君はどこへ行ったのやら。」

 呆れたといわんばかりにハァァァとため息をつき煩悶する僕をさらに奈落へ突き落そうとする。 

 でもそこには微かに優しさが感じられた。

 ・・・・・・・・ドМじゃないから!

 「あと、その渡辺君は僕じゃないから。そのくだり前にもやったでしょ。ネタ切ればれるからやめてくんない?」

 「あとってなによ。戦場以下略以外になにか否定しなきゃまずいことでもあるのかしら?」

 にやにやと口角をいやらしく上げる。

 察しはついているのだろうか。こわい。

 「まぁ、でもあれよ。私が言いたいのは渡辺君がそんな顔をするのはまだ早いってことよ。」

 「・・・・どういうことだ?」

 「そのうちゅうじん?を学校に入れたいんでしょ?」

 「あぁ。」

 「理由はわかんないし、別に興味もないけど・・・・・・・・今は状況なんでしょ?」

 「はぁ?」

 彼女の言いたいことが何1つ理解できなかった。

 ただ1つ僕の視覚から理解できるのは彼女の隣の猫が敵愾心むき出しで警備員の方へ歩いていることだけだった。

 「フフッ。あの警備員、これからは自宅を警備することになるかもね。」

 黒髪ロング少女はボソッとそう言い放ち嫣然としていた。

 「あのぉ警備員さん。」

 警備員の前に立つ猫。

 いつものバカっぽい空気は消え失せ、まるでトラのような獲物を刈る肉食動物のような眼をしていた。

 もはや彼女から人間に飼いならされたネコ科動物の面影はおろか、思い付きで語尾やら言葉の間につく『にゃ』が消え失せている。

 しかし今肌で感じるピリついた空気の中でそんなことをつっこむ勇気はなかった。

 「最後通告です。あの方を本当に通さないのですか?」

 彼女の口から出た言葉は下手出るわけでも、ましてや上から言うわけでもなくあくまで対等の立場で言っているようなそんな気がした。

 相手は警備員といえど大人。

 僕たち高校生にとっては限りなく目上の存在であり、これまでの義務教育そして一般的な生活を送っていればどう取り繕っても対等な立場では話し合えない。

 虚勢を張れば上から言うことはできるかもしれないが。

 僕はそんな異質な光景を瞠目するしかできなかった。

 そして僕はこの『最後通告』が本当の意味で最後通告になることを知ることになる。

 「申し訳ありませんが。」 

 彼の口からは丁寧な断りのみが紡ぎだされた。

 「そうですか。」

 彼女はそうつぶやき、おもむろにスマホを取り出し誰かと話し始めた。

 会話の内容は聞こえなかったが。

 

 数分が経ち、電話が終わる。

 僕たちはその光景を眺めていた。

 あるものは嬉々として、あるものはなにがなんだかといった表情、またあるものは明らかに不機嫌そうに、そしてまたあるものは・・・・・・・・わからない。

 「警備員さん。」

 「なんですか?何度も言いますが、ここは関係者以外立ち入り禁止です!これ以上はあなたたちに構っていられません。私はあなたたち学生の安全のために厳しく言っているんです!」

 警備員の語気が強まる。

 僕たちを強い目つきで一瞥し、すべてを上から叩き潰すように吐き捨てる。

 しかしそんな警備員に臆することなく猫は言い放つ。

 「あなたは今日黒猫に会ったみたいです。残念ですね。運が悪かったとしか言いようがありません。不吉ですね。」

 彼女が言い終わるのと同時に警備員のトランシーバーが電子音を鳴らした。


 そして冒頭に至る。

 

 

 

 

 

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