第18話ごめん・・・・・・・・ね?
儚い夢のように時が過ぎ、現在4限目終了の10分前。
過ぎてしまえば時間というものはどうにも懐かしく感じてしまうもので。
朝礼前の猫とのやり取りが遠い昔のように感じてしまう。
そう、ちょうど1話分くらいの・・・・・・・・・・・・
おっとこれ以上は深入りしない方がよさそうだ。
見えざる手の力に抑制されている気がして仕方がない。
英語の担当教諭が締めに入ろうとする。
時計の秒針がチクタクとせわしなく動くのとは対極的に隣の猫はスヤスヤと眠りに落ちている。
机に体を預け堂々と、先生の目など気にもせず。
1番後ろの席だからといってもその余裕は常人には生まれない。
まるで最初から自分は注意されないことを悟っているかのようだった。
僕はその姿を羨ましく思いつつ、机に肘をつき先生の言葉に耳を傾け続けた。
授業終了5分前。
教室は少しずつ喧騒に包まれ始める。
おそらくはこの後すぐに始まる昼休みという名の学生の自由が待ち構えているから。
それは全くといって有名無実ではなくその名を全国に轟かせるほど有名で、その実力は全学生さらには全大人に至るまでの折り紙付きであろう。
サッカー界で言えばメッシ、野球界で言えばオオタニサン、卓球界で言えばチョレイ、そして卍解。
そんなものが目の前に広がっているとなれば騒ぎたくなるのも分からなくはない。
事実、僕だってさっきから何度も時計とにらめっこをしているし、隣の猫に至っては『ぐーぐー』と腹の虫の鳴き声を自制できていない。
僕は浮足立つ気持ちを抑えるべく窓の外を遠くから眺める。
「・・・・・え?なにあれ?うちゅうじん?」
「ちょっ!今日ってハロウィンだっけ?てかなんか警備員と揉めてね?」
「きゃー。ちっちゃぁぁぁぁぁい!」
「ぐふっ。孕ませたい。」
窓の付近の席が盛り上がっているのが見えた。
今日は朝からどんよりするほどの曇り空。
近くにヘリコプターが飛んでいるわけでもない。
勿論、季節的に大雪が降るはずもない。
なら・・・・・・・・なんだあの歓声は?
犯罪者予備軍は惑星保護機構に任せるとして。
僕の耳は聞こえてはいけない単語をインプットしてしまっていた。
「・・・・・・・・うちゅうじん。」
僕は、締めに入るタイミングを間違えあたふたとする先生を横目に窓の方へ駆け寄った。
椅子を引く音に驚いた猫は何事だと言わんばかりに跳ね起き、時計を見て阿鼻叫喚していたが、無論それも無視。
僕は一目散に向かう。
前述したとおり僕の席は後ろ扉の側。
それはつまり窓側の席とは正反対であることを意味する。
僕の歩みは近くに消しゴムを落とした程度の注目度ではなく、茫洋とした広場に佇む大木のような存在感。
今僕が感じる視線のままに例えるのなら『全体前へならえ』の掛け声で僕がその場で妖怪体操第一をする様なもの。
そう言った行為に愉悦を感じるものも多々いるらしいが僕はノーマル。
人並みに恥ずかしいと思うし、本来ならこんな大それた行動はしない。
決して。
しかし僕はフレキシブルな男らしい。
そして状況が状況で、聞き覚えというか耳に染み付いた単語が本来聞こえてはいけない所で出会ったのだから仕方ない。
僕は周りの目を遮って窓の外に目をやった。
「どうか見知らぬうちゅうじんでありますように。」
僕の心の中での願いはやはりうちゅうの塵と化してしまった。
あいつは期待を裏切らないらしい。
・・・・・・・・・・・・悪い意味で。
僕は今一目散に廊下を駆け抜けている。
風をきり、リノリウムの道を踏み、心は羞恥心で覆いつくされながら。
そんな中でも上下に揺れる頭の中で必死に思慮を巡らす。
あのうちゅうじんは間違いなく僕が知るうちゅうじんだった。
全身を灰色の着ぐるみで覆った幼女は教室の高さから見るとまるで小人のようで。
いっそ僕にしか見えない小人ならどれだけよかったかとさえ思う。
それならあんなに騒がれることなく、今感じる羞恥心も嘘になるのに。
「はぁ・・・・・・・・」
この大きな息は走り疲れたから出たものなのか、それともグレイマンに呆れたから出たものなのか。
今この状況ではそんな詮無い事すらもまとまる気がしない。
ただとにかく真実をこの目で確かめたいだけ。
その衝動を糧に僕は修験者の如き形相で走り続ける。
僕のポリシーはやはり雲散霧消してしまったのだろうか。
ゴォーゴォーと耳元で風の音が鳴り響く。
その音だけが僕の心にノイズをもたらすかのようにかき乱す。
僕の視線の先には見覚えのあるうちゅうじん、もといグレイマン。
そいつの手には風呂敷に包まれた、これまた見覚えのある小包が。
・・・・・・・・あぁ。やはり僕は忘れ物をしていたらしい。
その小包の中身を僕は知っていた。
しかし、今はそれどころではない。
グレイマンがお縄にかかる寸前の状況だからだ。
「だぁかぁらぁ!その着ぐるみを脱いでくれれば許可すると言ってるじゃないですか!」
「何度も言わせるな。そもそもこれは着ぐるみなんて矮小なものではない。これは我が肉体であり先祖代々受け継がれてきた由緒正しい代物である。」
「なら、なんでその肉体とやらの背中にはチャックがついてるんですか?」
「・・・・こ・・・・このハゲェェェェェェェ!」
大きな声で警備員を跋扈するグレイマンとそれに大人の対応を繰り広げる警備員。
僕の目には正確にはっきりとその現場の状況が理解できた。
そして警備員が誰何することに関しても納得せざるを得ない。
こんなにもあきらかに禍根でしかない存在をわざわざ守るべき場所へ入れたくはない。
本来なら無視したい所ではあるが、こいつをこのまま野放しにすれば検挙されることは火を見るよりも明らかで、それに今日は僕の忘れ物を届けてくれたという恩もある。
だから・・・・・・・・
「幹人っ!・・・・・・・・あっ・・・・・・・・これはその・・・・・・・・今日はこれ届けに来た・・・・・・・・の?」
僕を見つけたグレイマンは一瞬パっと明るい表情を見せた気がしたが(なんせ本来の美少女顔が今は見えない)昨晩から続く気まずい関係を思い出したのか言葉が詰まっていた。
それに時々出る語尾の疑問符。
「・・・・・・・・フフッ。」
思わず笑みがこぼれてしまう。
そうだった。こいつはこういうやつだったのだ。
世間知らずでドジでマヌケで馬鹿ですぐにアニメの影響をもろに受けて。
そういうやつには手を差し伸べてやる。
分からないなら分かるまで教えてやる。
うちゅうじんに日本人の美徳パート2である助け合いの精神ってやつを見せてやろう。
「けいび・・・・・・・・・・・・」「後ろに歩く猫と歩く日本人形がいるよ!」
僕の言葉を制止し、グレイマンが叫ぶ。
顔が熱くなった。
警備員は僕の方を訝しむような目で見ている。
それもそうだろう。
この場で『けいび』と名のつく者は彼しかいないのだから。
ちょ・・・・・・・・こっち見ないで!
僕の心がそう叫びたがっていた。
・・・・・・・・・・・・猫と日本人形。
猫に関しては心当たりどころか確信めいたものがある。
日本人形は・・・・・・・・・・・・何故か理解してはいけない、まさに聖域のようだったので考えるのをやめた。
しかし・・・・・・・・・・・・どうしてこんなところにいるんだろう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日本人形って私の事じゃないわよね?」
背後から感じる寒気。
邪推だと思いたいと心の底から思う。
取り繕ったことが丸わかりなそのずれた明るい声のする方へ向く。
肩を回し、その勢いで首も回す。
・・・・・・・・・・・・僕はその勢いを落とさないまま元の位置へ首を戻した。
『閑話休題』と唱えればいつも通り何事もなく場面が変わるだろうか。
否、そんなことは無い。
今見た現実も、グレイマンの言動も無かったことにはならない。
この一瞬で憔悴しきった心と体を叩き、僕は現実と向き合うことにした。
「こんにちは、渡辺君。2度見なんてしちゃって・・・・・・・・そんなに私が美しかったの?」
「・・・・ハ・・・・・・・・ハハッ!」
僕には軽快な声で笑うことしか出来なかった。
「・・・・・・・・ねぇ。そんなことより。・・・・・・・・あの娘が言う『日本人形』って・・・・・・・・だ・れ・の・こ・とぉ?」
訥々と語る喜色満面の黒髪ロングの美少女は首を少し傾け僕の方へゆっくりと歩み始める。
そのシルクの様な髪の毛が首を傾けているせいで目や頬などにかかり、顔に陰影をつける。
そのせいもあってかまるで井戸から出てきたあいつが『きっと来る』を彷彿とさせた。
「本当に誰の事なんでしょうか。あいつ変な奴だからたまに突拍子もなくとんでもない事言うんですよねぇ。僕の目には超絶美人の黒髪ロング高校生と食欲の権化しか入っていません。」
所々声が上ずりながら、そして肩は緊張と恐怖で上がりながらも9割の本音を語る。
「・・・・・・・・っ!・・・・・・・・ちょ・・・・・・・・コホン。あ、あ、あああ、あたりまえじゃな」「ちょっと待つにゃ!」
カァァァっと何故か赤面しそれを隠すように無理やりいつものシニカルな表情を取り繕う黒髪ロング少女の発言を途中で遮る猫の大きな声。
一体何なんだ。せっかく収束しそうだったのに。
「『食欲の権化』って誰の事にゃ?」
「お前の事だが。」
僕の発言に黒髪以下略も首肯を繰り返す。
「朝から海鮮丼を掻きこむ奴なんてお前しかいないだろ。」
「お、おみゃえがあんな画像見せるから!朝食べるしかなくにゃったんだろうがにゃ!」
「なら焼けよ!魚は焼いてもうまいんだよ!生は臭いがきついんだよ!魚は、魚はもうこりごりだぁぁぁぁぁぁ!」
僕は頭を抱えた。
それと同時にグレイマンも頭を抱えていた。
グゥゥゥゥゥゥゥゥゥ。
「おい食欲!お前の腹は駄犬か?それとも獰猛犬か?いずれにしろ話が一向に進まないから一旦黙らせてくれ。」
「に・・・・・・・・にゃんだとぉ!これはタマじゃにゃい。あと今後タマの事を比喩するときは絶対にイヌでしにゃいで。絶対に。」
胸ぐらをつかむような勢いで語る猫が嘘を言っているようには思えなかった。
・・・・・・・・怖かった。のでこいつではない。
なら・・・・・・・・僕はもう1人の女性をちらり。
返ってきたのはニッコリ笑顔。
背後が崖かと勘違いしてしまうほどに怖気を感じた。
よって違う・・・・・・・・・・・・と思われる。
えーっと・・・・・・・・それじゃあ・・・・・・・・
僕たちの言い争いをぽかぁんとした表情で眺めていた警備員に視線を送る。
ブンブンと風を切るかのように手を振り返してきた。
それは『僕じゃない』という事を明確に伝えた。
・・・・・・・・はぁ。
やはり空気を読めないというか。期待を裏切らないというか。
もはや憤る気持ちも呆れる気持ちも超え、笑うことしか出来なかった。
「弁当、一緒に食おうぜ。」
「・・・・・・・・・・・・うん。」
あいつは重い頭をこくりと下げた。
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